小さな光
囚人の脱走。「白い悪魔」の闇落ち。つぐみの命令違反。言い渡された殺処分と即時撤回。色々なことが起こりすぎた。バーベキューからキャンプファイヤーのパートが消えることは、誰の目にも明らかだった。
実際、キャンプファイヤーは中止。ただのバーベキューだ。
まぁ、それでも盛り上がりはした。
だったのだが。
「炎は消えてしまった。与えられていた熱も、導いてくれる輝きも、今はもうない」
満天の星空の下、高く澄んだ声が響き渡る。
バーベキュー会場には、炎なんて影も形もない。食べつくされて、すべて片付け終わった後だ。明かりといえば星と月、それに祭壇に立つ天花を背後から照らす、橙色の光源だけだった。
先ほどまでとはまた違う、新しい衣装。白い衣を纏い、天花は右手を横に伸ばす。
「でも、消えたならまた灯せばいい」
一歩、左へ。
後光の正体は一本のキャンドル。小さく、でも確かにまばゆい橙色が揺れている。そのキャンドルを燭台ごと持ち上げ、天花は祭壇から降り立つ。
「灯した火を今、共に分かち合おう」
民族調の音楽の中、ゆったりと歩みを進めていく。その姿は、さながら
「……女神」
誰かの呟きが聞こえた。でも、それ以外に彼女を言い表せる言葉があるだろうか。
一つ、また一つ。キャンドルの火が増えていく。天花が、この場にいる人たちに火を分けている。
手元のキャンドルを見つめ、瀬戸が呟いた。
「にしても、なんでキャンプファイヤーのプランBなんて考えてあるんだよ……。しかも準備万端で、滞りなく進んでるし。なぁユウ」
「まぁ……。天花だからね」
我ながら返事になってないと思う。でも、それしか言葉が出てこない。
だって、誰が予想できただろうか。
時間にして、たった数十分程度。それくらいの時間でできるキャンドルサービスの台本と、必要なもの一式。すべて天花が用意していたなんて。しかも、キャンプファイヤーの準備はもちろん完璧にしたうえで。
遠くで天花が、別クラスの感染者を名前で呼んだらしい。驚くその人に、天花はそっと視線を合わせているようだった。風が声を運んでくる。
「さっきのバトルロイヤルで、そう呼ばれているのを聞いたから」
そうやってまた、火が灯る。
まだ火のつかないキャンドルを握りしめ、つぐみは空を見上げている。右に左に、瞳が動いているのだろうか。何となく隣に寄って、星を眺めてみる。
————星、か。
「お、どうしたよお二人さん」
「なんだ、きみか」
視線を流す僕に、瀬戸がキャンドルを軽く振る。
「って、やめなよ」
「いーじゃねーか、まだ火はつけてないんだし」
なんて軽く応じてはいるものの、彼の手は止まっている。
「で? なんか見えんのか?」
やろうと思えば肩すら組める距離。けど瀬戸はそれをしない。ただ、問いかけてきた。
「別に……、星があるだけだよ。この角度からじゃ月も見えない」
「そうね」
つぐみは夜空を仰いだままだった。どこか心ここにあらずという感じ。まるで魂が星の間か、そうでなければ記憶の海を泳いでいるかのように。いや、実際そうなのかもしれない。人は死んだら星になる、最初にそう唱えたのは誰だったのだろう。もしかして、つぐみが探しているのは。
軽い衣擦れの音がした。いつの間にか、天花はとなりにいた。それが不思議と落ち着いて、やけに心地いい。
「優人、つぐみ、瀬戸。火、あげる」
白い布地には金の刺繍。複雑な紋様が胸元に、スカートの裾に、細かくあしらわれている。キャンドルの火に、上品な輝きを浮かべていた。
「お、サンキューな」
こういう時真っ先に動くのは瀬戸。きっとこれからもそうなのだろう。続いて僕と、つぐみのキャンドルにも火が灯る。
揺らめく火を見つめ、つぐみがためらいがちに口を開いた。
「ねぇ……、他の人のところって」
「ここで最後。学年全員と、引率の先生方。学長も含めて全員終わった」
そっか、とつぐみはどこかほっとした笑いを見せる。はは、と瀬戸の乾いた笑い。僕も、相手が天花でなければ疑っていたところだ。
にしても、学長か。
「……なんだ、ユウ。また考え事か?」
「あぁ……。結局、なんで学長も引率に来たのかなと思って」
沈黙。天花の手元で火が揺れる。
「最初は来る予定、なかった。っていうか、前日に初めて知った」
なんて言ってはいるけれど、天花は臨戦学校の実行委員長。なのに知らされてなかったということは。
代表したのはつぐみだった。
「……バトルロイヤルは、学長の発案よね。それだけサプライズ意識が強かったのかしら」
「さあ、どーだかな」
瀬戸の赤い目が明後日の方を向く。
「ひょっとしたら、別の目的があったかもしれないぜ? ま、言ってみただけだけど」
「いや、きみが言ったらなぜか冗談には聞こえないんだけど」
それは、瀬戸の勘が妙に鋭いからだろうか。それとも、細かいところによく気づくから?
————勘が鋭くて細かいところによく気づくといえば。
「そうだ、この場を借りて報告したいんだけど」
この変化に、三人は気づいていただろうか。
この変化を、一番ふさわしく伝えるには。
「去年の七夕の日、僕は記憶のない状態で学園にきた」
ひとり目を見開くのはつぐみだ。
そういえば、まだ彼女には伝えそびれていたんだっけ。
でも、何も言わない。話をさえぎろうとしない。ただ、待ち続けている。
だから。
「白道優人っていうのは感染してからの戸籍で、感染前の僕は別の名前――帚木慶、だった。戸籍を変えたのは、狙われるのを防ぐためだって。感染の経緯に、なにか巨大な悪がありそうだったから」
今の自分の言葉で、伝えていく。
「でも一カ月前、四葩製薬の不祥事を知った。そのとき帚木慶の記憶はもどって――でも、白道優人の記憶はなくなった」
つまり、蛍のことも守人のことも。
ずっと忘れて生きていた、と。
つぐみも、それが分からないほど鈍感じゃないはずだ。
でも、怒る様子なんてない。
ここまでが、彼女だけに向けた言葉だ。
そしてここからは三人へ。
そして、僕が何者なのかを定義づけるために。
「今の僕には両方の記憶がある。もちろん、人並み程度には忘れていることもあるけどね。書類としては白道優人で、だけど僕は帚木慶でもある。もちろん、白道優人でもあるよ」
瞬間————時間は引き伸ばされていく。
天花が、笑顔になった。あの「完璧な」微笑みとはまるで違う。でも、見るだけで体の奥が温かくなっていく。
つぐみが、息を飲んだ。瞳の端には雫。星と火と月に、朝露に似た輝きを返している。
瀬戸が、小さく唇を吊り上げた。
「じゃ、こっからがお前の本音ってことだな。お前は結局、どっちの自認でいくんだ?」
そんな返事を残しながら。特に驚いている様子もない。予想通り、ということか。けれど。
「めずしいね、きみが読み違えるなんて————帚木慶も今までの白道優人も、どっちも僕だ」
そう。どっちも僕であることに変わりはない。
帚木慶。自己肯定感が恐ろしく低い、弱気な少年も。
白道優人。「白い悪魔」と恐れられる、感情を封じた男子も。
いつしか火は消え、僕たちは星の下から宿泊テントの中へ。その間にも時は巡り、夜色の空は朝焼けに染め上げられていった。明るい色に星は溶け、月は舞台袖へと消えていく。次の主役は太陽。そして空は青へと染まりなおした。




