表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/30

天使と悪魔と

 力のない音がした。二等分、というわけではない。ただ歪に、さっきまで人だったものが左右に崩れ落ちた。

そして、割れた先で。


「白道、くん」


 金色の瞳が、細かくふるえていた。奥にはもう一人。ボロボロの衣装のまま、音もなく立ち上がる。

 目が、合った。


「本当はそこまでする必要ないのに、ぼくはいつもそうやって殺してきた。」


 この口がなぞるのは過去の言葉。帚木慶(ボク)は知らない、でも白道優人白道優人(ぼく)の記憶に、確かに刻まれていた問い。


「そんな『白い悪魔』と、きみは仲良くなりたいっていうの?」


 光源があるとはいえ、テント内は「明るい」と断言できる明るさじゃない。わずかに薄暗い光の下、彼女は。


「やっぱり、お友達になってほしい」


 微笑んだまま、そう言った。

 そして何事もなかったかのように、いつも通りに歩み寄ってく。


「その手が血濡れたのは、誰かを守るため。『白い悪魔』なんかじゃない」


 高く澄んだ声と共に。恐怖なんて、どこにも見当たらない。

「帚木慶も、白道優人も。どっちも優しい、一人の人間」


 そう言いながら手入れの行き届いた手を、血濡れた手に伸ばしていく——そのとき。

「はい、そこまで!」


 勢いよく、けれど被った血が背後の女子にかからないように。割り込んでくる声。

「天花、離れて。変態男の体液なんて、ばっちいでしょ。白道くんは外、女の子が着替える時間よ!」

 

 あれよあれよという間に連れ出されたのはテントの外。雲はどこかに流れ、星明かりが夜を照らしていた。テントからの衣擦れと、二人分の足音。その他には何も聞こえない。

 と、足音が止まる。

「………………白道くん、あなたは」

 彼女の声はふるえていた。声だけじゃない。自分の体を、囚人の血に染まる体を抱き抱え、背中を震わせていた。


 恐怖。警戒。でも、多分それ以上に。


 限界、なんだ。

 そろそろ、つぐみが人を殺してから二十四時間が経過しおえる。

 

 固い物が割れるような音。

 激痛、なんて言葉じゃたりないくらいのはずだ。

 


「失礼」

 ふるえる背中に手を回す。同時に、膝の裏にも。


 抱え上げた体は思った以上にひんやりとしている。それはきっと、外側だから。巡る血の温度は皮膚に、ボディースーツに、遮られているから。あの囚人の血液も、背中側には届いてないらしい。


「え、ちょ……、歩けるわよっ」

「いや、こっちの方が早いから。それに……、まだなんでしょ」

 沈黙が訪れる。声はない。でも、委ねられた体が何よりの返事だった。

 感染者の筋力は感染前の五倍——その脚力が、地面を蹴る。

 

 ————見えた。避難テント。

 切っ先が一斉にこちらを向く。高周波ブレードの熱気が、空気を焦がしていく。


「止まれ! その生徒を」

「下ろしますよ——つぐみ、歩ける?」

 腕の中、小さな頷き。ふわり、地面に降り立たせる。

「先生方、彼女はまだ『死刑囚』を殺していません——まずはそちらの誘導をしては?」

 つぐみは無傷だ。ただ、血に染まっているだけで。教師陣が顔を歪める。

「………………いいだろう」


 天花の回収、返り血の処理、着替え。

 再びつぐみに会えたのは、一時間ほど後のことだった。

 感染者用避難テントの中、なぜか猟犬候補生全員の前で。


「さて——」

 学長が口を開く。それだけで、空気は張り詰める。学長は、この中で唯一の非感染者だというのに。


「君たちがここでそうしている理由、分かるか」



 クス、と誰かが笑う。嘲る声。冷ややかに見つめる教師陣は、その嘲笑を止めもしない。隣に立つつぐみは、足を震わせているらしかった。無理もない。聴覚制御装置を外して数時間もしない内に、これだけの悪意に晒されているのだから。


 どうとでも言えばいい——白道優人のことは。


 けれど、この中にはつぐみへの侮蔑も混ざっている。


 きっと「白い悪魔」が一度流し見れば、すべて静まり返るだろう。例えば、高等部入学式の日のように。なのに学長の視線が、態度が、口調が、それを許さない。

 どこまでも無機質に、無感情に。


「白道優人」


 名前が呼ばれる。


「君は闇落ちを起こし、暴走状態に陥った。殺人衝動は明確であり、殺処分相当だと判定する」

 囁き合う声。異口同音に告げていた。いつかこうなると思ってた、と。

 否定、できない。


「で、ですがっ!」

 隣のつぐみの声が裏返る。

「白道くんは正気になって」


「星垂つぐみ。君も意見できる立場ではない。何しろ、殺処分命令を無視したのだからね。これは重罪だ——反逆とみなし、殺処分を科すのが妥当だろう」


 今度は冷笑。聞こえる悪意は「ざまあみろ」。つぐみがふるえているのは、きっと。


「——学長もお人が悪い」

 僕の声が冷静だったからか、あるいは闇落ち戻りの「白い悪魔」が反論したというのが意外だったからか。学長の眉が上がる。けど静かに聞く構えだ。


 ならば、こちらも主張をぶつけるまで。


「先生方の中には、感染者の方もいらっしゃいました。何が起きていたのか、把握なさっていなかったはずがないでしょう。一体、何を企んでおいでです?」


 学長は唇を吊り上げる。

「君こそ人聞きの悪い。私はただ、黒十字学園東京校の学長という立場から正論を述べているだけさ。そもそも、黒十字学園は殺戮病対策組織・黒十字の人材育成機関でもある。そして、黒十字の理念は」


「弱き人々を守るために」

 瀬戸の声だ。「ですよね、理事ちょー」などと、どこまでも軽い調子で視線を流す。


 学長は頷いて、「ここからは講評の時間だ」と僕とつぐみを順番に見た。

「白道優人と星垂つぐみは、それぞれが理念を体現した。だが」


 僕を。つぐみを。そして、陰口しか言えなかった猟犬候補生の群れを。見渡した。そして告げる。


「どうやら黒十字の理念を理解していた猟犬候補生は、この分校・この学年では二人だけだったらしい」


 静まるテント。群れる猟犬候補生は、誰もが顔を逸らしていた。教師陣の表情は読めない。この断定が学長の独断か、それとも教師陣の総意か————答えは、どこにもない。


「ところで」

 沈黙を割り、学長が瀬戸を見る。

「聖瀬戸。なぜ君がここに? 非感染者の避難テントはあっちだろう」

「あー、ちょっと気になって。見張ってた先生に頼んでみたら、なんかあっさり通してくれましたよ。でもすぐ出ていくんで、そんな怒んないでくださいって」


 言葉どおり、瀬戸は出口へと向かっていく。まるで台風の目だ。


 ふと、いつかの言葉がよぎる。 

『逃げたいとか裏切りたいとか。そういうのがあるなら俺は見逃すぜ。』


 ――あのときは逃げたいと思ってたかもしれない。

 さっきまでは裏切る気満々だった。


 でも、今は。

「瀬戸」

 

 伝えよう。

「僕はここで生きるよ。辛くても、悲しくても――それでも、誰かに同じ思いをしてほしくないから」

 決意と本音の誓いを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ