染まる
女神……あぁ。
「キャンプファイヤー?」
「うん。猟犬候補生が殺してる間、みんなバーベキューの準備。でも私は着替え。荷物置き場で。バーベキュー、キャンプファイヤーの一部だから」
そういえば、もうそんな時間か。
「今夜の段取り、天花が考えたんだっけ。楽しみにしてるよ」
「任せて」
奥の荷物置き場に引っ込む天花。見送って、出張紅陽ロッカールームへ。
………………なんだろう。なにか、なぜか騒がしい。
先生も猟犬候補生も焦ったような顔。しかも、なぜか瀬戸さんまでいるし。猟犬候補生でもなければ、感染したわけでもなさそうなのに。
まぁいいか。瀬戸さんに訊こう。
「瀬戸。騒がしいけど、いったい何が」
「ユウ! どこ行ってたんだよっ」
焦ったような声。めずらしく真面目な表情でまくし立てる。
「え……昨日、タイムアップを迎えた道……? 天花と一緒にいたけど」
どこ、と言われても。
いちおう同伴者の名前を出すと、その場の空気が緩んだ気がした。けど、それも少しだけだ。まだ「張り詰めた空気」の部類に入るんだろう。
咳払い。
首に黒十字のチョーカーをつけた先生が近づいてくる。
「実は、だな……」
目は泳いで、声はふるえている。奥で別の先生が、気まずそうに顔をそらしていた。そんな先生仲間を背後に、近づいてきた先生は重く口を開いた。
「白道優人。君のロッカーの鍵が、その……開いていて、だな。………………
というか、ロッカーの金具がすべて壊れていたようで」
たどたどしい説明だ。とても先生という存在とは思えない。
けど、それでもその先生はボクをまっすぐ見てきた。あいかわらず、口元はふるえているけれど。
「結論から言うと、君が殺す予定の死刑囚は……脱走、した……」
時間が、止まったような気がした。
先生が何か言ってる。
誰かを殺さなきゃ、ボクが死ぬ。
ちがう、それ以上に。
「天花……!」
気づいたときには走りだしていた。
考えるのはあと、いや、走りながら考えろ。
天花さんは言った。女神になる時間だと。
つまり、着替えの最中。
そんなときに囚人に出くわしたら。
いくら天花さんでも。
避難してくれていればそれでいい。
着替えの最中だっていうなら、入口の外で守る。絶対に、通させない。
同刻、実行委員会用テント。
荷物置き場から衣装を運んできた天花は、服を脱いでいた。テントといってもキャンプ用のやつで、出入口はチャックで閉めてある。加えてテントには誰もいない。つまり、テントがそのまま天花の更衣室というわけだ。
脱いで終わり、というわけではもちろんない。
ここから、キャンプファイヤーの衣装に着替えていくのである。
赤が印象的な、アラビアン系の装束である。実行委員会の意見を取り入れたら、火の神というより踊り子のようなものになってしまった。
まず肌触りが悪い。どう考えても素肌に直接、というようなものじゃないのに、デザイン的に~と押し切られてしまった。露出が、とかという問題ではないけれど、とにかくごわごわする。ついでに、動くたびにゆれて痛い。ただでさえ激しい乱舞を予定しているというのに。
……いや、と天花は首を振る。
高嶺天花は特待生だ。
これしきのことで弱音を吐いてどうするというのか。
代表として、執闘科の顔として。
すべてを完璧にこなすのが、特待生の務めというもの。
あの屈辱的な生き残りを、この場を借りて払拭しなければ。
それに、実行委員会のみんなも期待してくれている。例えば、このテントを高嶺天花のためだけに空けておいてくれるほど。
深呼吸。
温かい色の光が、赤布に映える玉肌を艶やかに照らした。
そんな中、入口のほうに影。気配をうかがっているようで、天花は。
「着替え、終わった」
手慣れた動作で、けれど慎重に。
布が噛まれないよう、ファスナーを開ける。
そこにいたのは。
「天花っ! ……って」
荷物置き場。たしかに天花さんはここに来たはずだった。それも、ついさっき。見送ったばかりだから、間違いない。
なのに、人影一つ見当たらない。
「移動した……?」
だとしたら、この胸騒ぎはなに。心臓が脈打つ。何かを警告するかのように、頭の奥で赤が点滅している。
「とにかく、天花を探さないと……!」
目の前の生徒の報告に、その教師は目を見張る。
「高嶺天花と、白道優人が……? 本当か、聖」
「だーかーらー、さっきからそう言ってるじゃないですか。高嶺天花が避難指示に気づかなかったかもしれないから、白道優人が探しに出てるって!」
赤い目を半分にし、瀬戸は教師から視線を逸らさない。
「だ、だが……、実行委員会テントにも知らせは出して」
教師の言葉が止まる。彼は片耳のインカムに聴覚を全振りしているらしかった。
「……はい、A組の生徒なら一人……え、他に二人? ……はい……はい……」
顔からみるみるうちに血の気が引いていく。
「そう、ですね……、そちらは確かに……じゃあそれはそのように……ええ、分かりました。ではお願いします」
めどが立ったらしい様子だ。だが。
瀬戸は空を見上げる。淡く姿を見せはじめた月の傾き、星の位置。
「……さてと、どう転ぶかね」
天花の視線の先。そこに佇んでいたのは一人の男だった。質素な服を着て、訝し気に天花を見ている。テントの外は薄暗い。けれど背後からの明かりで顔は分かる。何を言いたいのか、天花には読み取れない。だが、これだけは確かだった。
少なくとも、東京校の関係者ではない。この顔を、学園で見たことがないからだ。
なら、近くの人だろうか。でもここは、つい最近までテロ組織の拠点だった街で。つい最近、組織は黒十字の大人が壊滅させたはずで。そのときにテロリストは全員殺したか、拘束したはずで。黒十字の仕事に漏れがあるとは考えにくい。
だとしたら。
「……迷子、ですか?」
一般人だろう。足の向くまま夜の散歩をしていた、とか仕事で慣れない道を歩くことになった、とか。いくらでも想像できる。
「風邪、ひきますよ。お入りください」
男は一瞬、目を見開いた。口も半開き。だがすぐに我に返ったらしい。
「あ、ああ……、すまないね」
軽く一礼して、天花の背中に続いてテントに入り、そっと握った拳を高速で繰り出そうとした時、天花が振り向いた。
拳を迎えに行くかのように、あるいはワルツでも踊るかのように。踊り子の体は動き始める。
速く、もっと早く。
早く、天花さんを見つけないと!
荷物置き場にはいなかった。バーベキュー会場にも。宿泊用テントも無人っぽかったし、一体どこに。早く、早くしないと。
走りすぎたせいか、心臓が嫌に波打つ。でも止まれない。街頭はない。明かりは消されて、だんだん暗くなってきてるのが分かる。ボクはまだいい。感染者で、暗くてもある程度は見えるから。でも、天花さんは非感染者。暗い場所なんて。それに、どこかに囚人が潜んでいるかもしれないのに
そうだ、囚人。早く見つけないと。天花さんとかち合ってしまったら。そんなの、駄目だ。早く見つけて、捕まえて、いや、違う。
殺さないと。
そう、殺すんだ。早くこの手で。逃げた囚人を。逃げた。逃げた。逃げられた。何で? 警備は万全、危険なんてないはずだったのに。なんで、逃げ
逃がした?
違う、そんなはずない。そんなこと、するはずない。黒十字学園は、殺戮病対策組織・黒十字の人材育成機関も兼ねているんだから。そんな、そんな真っ黒いこと、するはずが
〝白道優人。君に与えた新しい名前だ。君はこの九カ月間、猟犬候補生・白道優人として生きてきた〟
そうだ、ボクが「白道優人」でいなきゃいけないのは。
〝死亡届は提出済みだ〟
————全部、黒十字のせいだ。
殺戮病対策組織。そう銘打って、感染の有無に関わらず執闘医は登用されているけれど。
やってることは、ただの……ただの、殺生病感染者の管理じゃないか。唯一の「治療行為」とかいって、殺生病感染者を焼き殺す。
「………………引率の先生、何人いたっけ」
生徒一人守れない教師なんて。




