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戦のあと

言葉がでない。


 スマホの中で三つの質問がおどる。


 どのような根拠から、どのような作戦が分析できたか。 

 同じ拠点を活用するとき、自分ならどのような作戦を立てるか。

 自分ならどう攻略するか。


「目の前のものだけがすべてじゃない。全体を観察する……それが攻略方法かな」



 他にも、鍵が塞がれた部屋。

 開いているけれど、ドアの部屋側にいくつもの点がつけられた部屋。

 それぞれ、何カ所も。


 鍵穴をふさぐものをながめて、さわって、瀬戸さんは口笛を吹いた。なにげにうまい。

「プラスチックで、半田ごてか? 作戦の意味は……裏をかく、だろうな。中に人がいるかは猟犬候補生で筒抜けだろうけど、タブレットを置くだけなら充分だし」


 ドアの点に見とれていたのはつぐみさんだ。

「これ、まさか心臓の高さ? しかも、なんかカラフル。手が込んでるのね」

 なんて感想を述べてはいるけど。

「天花の作戦なら、もっと理由があるんじゃないかな」

 ドアの点が心臓なら、この数だけ脱落させたってことになるけど。

「カラフルなのは区別……前回ドアの前にいた人のと、間違えないようにするためだと思う。でも、よく気づいたね心臓の高さなんて。言われるまで分からなかった」


 入力していた瀬戸さんが顔を上げる。

「にしても、さすがだな天さまは。この試験のこと、考察し尽くしてたってことだろ」

「そうね」

 しみじみと同意したのはつぐみさん。

「思えばこんな壁、執闘医の光線銃なら穴くらい開けるわよ。だって、人体すら炭にするんだもの。それを模した信号銃なら、これくらい透過するわよね」


 他の人の姿は見えない。

 話す声も歩く音も、ぜんぶ広く響いて消える。昨日の大乱闘が嘘みたいだ。


 大乱闘といえば。


「昨日の裏切り騒ぎって、結局だれが」

「天さまだろ」

 あっけない返事だ。

「例えばツグ、お前D組の非感染者生徒とか全員分かるか?」

「それは……無理ね。そもそも接点ないもの、紅陰寮の子ならともかく」

 

 だろ? と瀬戸さんは妙に自慢げだ。

「とにかくそういうことだよ。お前ら見たんだろ、天さまの『世を忍ぶ仮の姿』っての。あれで近づかれたら、どうよ」


 たしかに、天花さんだとは気づかないけど。


 ………………きっと、それが天花さんの強さなんだろうな。

 いくらでも自分を変えられる、そんな強さ。




 お昼ご飯をはさんだら、今度はチームミーティング。

 昨日の戦果のまとめと、ちょっとした打ち合わせだ。このあとのプログラム、『PDCAプレゼンテーション』のための。

 司会はもちろん瀬戸さん。


「まずはPlan、つまり計画だな。司令塔の俺、タブレットの護衛にユウとツグ。あとはほとんど三クラスの拠点に行かせて、天さまのところへは偵察だけ……この計画はハマってたよな」

 たしかに、今考えればそれがきっとベストだった。最初から特別班狙いだったら、まず間違いなく乱戦に巻き込まれてた。まわりのクラスメイトも、口々に同意している。


「次にDo、つまり行動。偵察、襲撃の細かい記録は各自で整理な。拠点組のほうは暇だったから、護衛ふたりを外に出したけど。でも結局、誰も来なかったぞ」

 ざわついているのは、ほとんど誰も来なかったっていうパワーワードのせいだった。あとは偵察と襲撃の班が行動記録をつくっているから、その作業の声。チャットやら通話記録やらで、なるべく正確にたどっているみたいだ。

 ボクとつぐみさんは、天花さんに圧倒されていただけなのに。


 落ち着いた頃合いを見計らって、また瀬戸さんはもう一段階進める。

「そしてCheck、つまり評価。これについてはB組襲撃班が……って話だったよな」

 何人かが沈んだ顔になる。それでも、代表っぽい人が少しずつ教えてくれた。

 B組の拠点制圧は、最初は順調だったそう。

 けれど途中で、B組が脱落したのだという。

 なにが起きたのか。混乱するB組襲撃班の面々を、ひとりの生徒が襲った。

 

 気がついたらそこにいて、いつのまにか全滅してた。


 要は、先を越されたのだという。


 間違いない。

「天花だ」

「天花ね」


 それでも、よく話を聞いてみたらC組とD組は脱落させることができたらしい。天花さん率いる特別班も、あと五秒あればってところまで追いつめたとか。

 それなりの効果は残せたのかな。

 クラス全体としては。


 すっかりまとめ役が板についた瀬戸さんが、ひとつ咳払い。

「最後にAction、つまり改善。これはまぁ、ちっとばかし慎重すぎたってことで」



 結局、それが今回の敗因なんだろう。



 全チームのプレゼンが終わったのは、その日の夕方のことだった。



 夕方、といっても陽が長くなったから、まだ太陽は沈みそうにない。囚人のロッカーの用意が整うまで、ほんの少しの休み時間。


 なんとなく、歩く。

 白道優人なら、もっとうまくやっていたかも。

 これをチャンスとして、もっとみんなと馴染めてたかも。


 やっぱり、ここに居場所なんて。

 それに、昨日も人を。

 ………………生きてていい、なんて思わないのに。



 ひとりで歩いていたからかもしれない。


 耳に、何かの音が飛び込んできた。だれかが動き回っている音だ。鈴っぽい音はない。つまり、猟犬候補生じゃないってこと。



 どうせ、行く当てなんてない。

 

 



 音の中心は、あの路地だった。最後に天花さんと戦った場所。

 そこで天花さんが踊っていた。

 真っ赤な夕日に照らし出されて。


 踊っていた、というか。



 腕を振り下ろす。

 切り返す。

 横に薙ぐ。

 突き出す。

 足捌き。

 旋回。

 袈裟に切る。



 まるで、見えない誰かたちと戦っているような。

 なのに、舞っているかのように綺麗で。


 気がつけば、進み出ていた。

 目が合う。

 舞が止む。


「慶」

 高く澄んだ声だ。

 優人、じゃなくて。

 ボクの名前を。


「天花」

 ほとんど、息みたいになってたと思う。それでも天花さんは笑顔で近づいてきた。あれだけ動いてたのに、息ひとつ乱れてない。

「慶、どうしてここに?」

「なんとなく。天花は……訓練?」

 剣を持ってるような動きだった。

 たまに、ホルスターから抜いた銃で撃ってもいた。


 小さく、天花さんはうなずいた。

「悔しかったから」

 悔しい、と言いながら顔には微笑み。あの、人形のような。

「悔しいって……、最後まで残ってたのに? あんなに圧倒してたのに」


 だけど天花さんは唇を噛む。微笑んだまま。


「あんなの、特待生の勝利じゃない。他のだれも届かないような偉業を、呼吸するようにやってのける。それが、特待生。………………間違っても、綻びがあっちゃいけない。運が良くて結果を残せた、なんて。そんなの、本当の実力じゃない」


 きっと誰もが言うだろう。

 あと一秒プログラムが長ければ、きっと彼女は脱落していた。

 天を味方につけた、運がよかったと。


 けど、高嶺天花はそれをよしとしない。


 当たり前だ。だって。

 だって、こんなにもストイックなんだから。


「…………正直、あの場にいた全員が運とか偶然のせいにしたと思う。それくらい、ギリギリの勝負だった。ボクらが全滅していても、なにもおかしくなんてなかった」

 伝えなきゃいけないことだ。

 たとえ、涙をにじませるほど天花さんにとって残酷なことだったとしても。


「でも」

 だからこそ、伝えたい。

 さっきよりずっと力強い言葉で。

「勝負を分けた一秒は、天花が強かったからこそ生まれたものだよ。天花が諦めていたら、あの立ち回りができなかったら、きっと脱落していた」

 さっきの舞が頭をよぎる。

 踊っているような動きなのに、きっと真似したら明日は筋肉痛で動けない。殺生病感染者のボクでもそんな痛みを想像してしまうほどなんだ。


 ボクの知らない痛みを抱えて、それでもボクの前で微笑んでいる。


 誰よりも強い人。

 負ける姿なんて想像できない。


 でも、その強さは。

 きっと生まれつきの才能じゃなくて。


「あなたの努力が、あなたをつなぎとめたんだ。絶対に運なんかじゃない。少なくとも、ボクはそう思う」


 沈黙。

 天花さんの顔から微笑みが消えた。


 虚を突かれた、そんな顔だ。目は見開かれ、呼吸の音さえ一瞬止まった。


 そして、彼女の両目から。


 透明なしずくが、はらりと落ちた。


 泣かせて、しまった。

「っご、ごめん。悪気なんかなくて、変な意味じゃなくて」

 慌てるボクに、天花さんは何度かまばたきして――――そこで、ようやく自分が泣いていることに気づいたらしかった。不思議そうに涙をぬぐい、ボクを見てふわりと笑う。


 今までとは違う笑い方。

 雪と長い寒さの果て、色づいていた蕾が花開く――――そんな笑顔だ。頬は桜色を淡く浮かべ、黒い瞳には白い光。


 前に、どこかで――――




 そのとき、歌声が響いた。

 どこか機械的な歌声だ。


 ポケットからスマホを出して、天花さんが画面をなぞる。歌は止まって、黒い瞳がボクを見た。

「行かなきゃ。女神になる時間」




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