決着、そして
外は曇り空で、風は少し冷たい。道端で白いたんぽぽが、ふんわりと綿毛を散らしていた。
まだ天花さんの拠点とは程遠い。それでもつばぜり合いの音が響くのは、きっと道のあちこちで誰かが戦っているからだろう。拠点だけが戦場じゃない。
つぐみさんが紙を広げた。
「マップは写しておいたわ。いちおう、人の少ないところから回りたいんだけど」
そこまで、考えてなかった。ちょっと考えれば、必要だって気づけたのに。
「…………それなら迂回して、そっちから行こう。近道のほうから足音が聞こえる。けっこう多いかも」
任せっきり、なんて。
そんなの。
迂回した道にも人はいた。それなりに多い。
けど、みんなボクたちにしかけてこない。
気づいてはいるんだろう。ただ、乱戦状態だから余裕がないっていうだけで。だから一本道なのにボクらも見逃されてるんだ。
と。
「いた……」
呆然とつぐみさんがつぶやいた。
「え? いたって、誰が」
尋ねるボクの横で、つぐみさんは抜刀。その視線を追って、やっと気づいた。
ひとりの非感染者生徒。
女の子だって分かるのは、黒い長髪を束ねていたからだ。視界に入っていたのに、ついさっきまで気づかなかったくらい存在感がない。
そんな人に向けるつぐみさんの切っ先は細かくふるえて、でもそれも静まっていく。
「見つけたわよ」
走る。
全力疾走、とまではいかないけれど素早い。最低限の足運びだけで乱戦のすきまをぬって叫ぶ。
「高嶺天花!」
切っ先が吸い寄せられて、なのに届かない。ふわり、かわされたからだ。少し眉を持ち上げてつぐみに向けるのは銃口。
引き金が引かれた。
なのに、つぐみさんの訓練服は白くなってない。
銃口が狙う場所に刀身。ちょうど心臓のあたりだ。
あちこちの乱戦が止んでいく気配。様子見の視線の中心で、高嶺天花と呼ばれた人は銃口を引き続ける。
「人違いですよ」
低く濁った声だ。天花さんの高く透き通った声とは比べ物にならない。
なのに、つぐみさんは不可視の攻撃をはじきながら突きつける。
「しらばっくれても無駄よ! さっきからの攻撃、ぜんぶ急所狙いじゃないっ」
そんな芸当、ふつうの人には。
けれど。
特待生なら、やりかねない。
誰かがぽつりとつぶやいた。
「…………おい、まさか本当に……?」
「…………だ、だったら」
呼応するように信号刀を構えたのは誰だっただろう。
「全員でかかれば、倒せるんじゃ」
そこから先はワンサイドゲームだった。
誰からともなく斬りかかる。
訓練服が白く染まる。
ただし、斬りかかった方が。
彼女はただ、ふたつの作業をしているだけだ。
銃口を合わせる。
引き金を引く。
それだけで、いともたやすく辺りを白く染め上げていく。
誰かの間合いに入っても、攻撃は流れるようにかわされる。
姿が消えた、と思ったら抜刀状態で現れる。
誰かが叫ぶ。
「銃だっ! 非感染」
言い終わる前に鳩尾に突き。
数の暴力、なんて無意味だ。
路地に大人数っていう条件は同じ。違うのは人数差で、こっちのほうが圧倒的に多い。
なのにお互い斬りあわないよう動くから、ぜんぜん統率が取れてない。
前後左右を囲めても、前後左右に彼女は一撃必殺の軌跡を刻む。
とても単純で分かりやすいワンサイドゲーム。彼女を狙う剣には、猟犬候補生のものも少なくないのに。
気づいたらいない。だからだれも狙撃できない。人の間を、彼女はただすり抜けていく。脱落させるのだってその片手間だ。
横から気配。
響いた音と、確かな手ごたえ。
この手が、信号刀を抜いていた。彼女の一撃を防いでいた。
「…………っ」
こんな、ことが。
自覚するより先に体が動くなんて。
それでも、防いだ。
どよめく声。
「すごい、止めた!」
大半はそんな声だ。
そんなざわめきに、おののく声が混ざる。
「そういえば、たしか……特待生って、入学早々に犯罪感染者をのしてなかった!?」
「……あったな、そんな話。傘一本で気絶させた、なんて。噂だと思ってたけど、まさか」
「け、けどさ。それと互角に渡り合ってるあいつもすごくね?」
「さすが、白い悪魔……」
………………好き勝手、言ってくれる。
なぜか、反応できる。
でもそれだけだ。
防げるってだけで、攻撃のいとまがない。
しかも、彼女は。
うしろと横から斬りかかってくる人の処理までまぜているんだ。
実力の差は歴然。
音と声のすきまから、つぐみさんの乾いた笑いがもれる。
「やっぱ、天花でしょ? こんなに強いし、それに」
どんな顔をしてるかまでは分からない。
そんな余裕、ない。
けど、確信をもった言い方だってことは分かる。
「さっきの低い声、空花さんにそっくりだったもの」
その言葉に。
彼女が一瞬、固まる。
初めての隙。
今。
ボクだけじゃない。
何本もの信号刀が、彼女の訓練服に
ピピピピッ
命中し
「執闘バトルロイヤル、終~了~!」
た。
たしかに、すべての攻撃が彼女に当たった。
だって、服はあんなに白い。時間切れでも、判定機能までは止まってないんだ。
実際の武器なら、今ごろ彼女の命はない。
そんなの、誰が見ても明らかだった。
けど、それと同じくらい。あるいはそれ以上に。
時間切れだったってことが分かる。
沈黙のなか、彼女はどこからか二つのゴムを取り出した。ていねいに髪を結んで、人形のように微笑んだ。姿勢は正されていた。
「私は天花」
分かりきった答えを発表して、彼女……天花さんはつぐみさんを見た。
「声は、ただの演技。私と正反対の人をまねただけ」
有無を言わせぬ目つきだった。
「…………そうか、大変だったんだな」
労って、瀬戸さんはにやりと笑った。
「けどま、俺らも全戦したと思うぞ。それに、強いやつから学べることはあるだろうしな」
その意味が分かったのは翌日だった。
二日目のプログラムは『相互評価交流』。
昨日の執闘バトルロイヤル。あれを、丸一日かけて相互評価しあう。
「他チームの拠点をまわっての分析……やっぱ最後だと、いろいろ動かされてるか」
はがれかかったピアノ線をつまみながら、ぼやく。
ただの独り言だ。でも、その独り言に瀬戸さんはふりかえった。
「でも最初に来てたら、それこそゆっくり見られなかっただろ」
「それは……そうだけど」
各自、自由に戦場跡を分析すること。それが午前中のプログラムだ。題して『臨床フィールドワーク』。
ここを最後に、と誘ってきた張本人は瀬戸だ。
「こういうのは、質が高いのをじっくり見るのが正解なんだよ。なーツグ」
「そうね。あと聖くん、右足近くのピアノ線に気をつけて。うっかり踏んだら」
観察していたつぐみさんが、静かに天井を指さした。
「あのシーツが落ちてきて大惨事よ。まぁ逆に言えば、それ以外のトラップはないみたいだけど」
言われて、その存在に気づく。
かなりのしわだ。ここから見えるだけでもあんなに、なんて。いったいどれくらいの人を包み込んだんだろう。
床も、このあたりだけ妙に埃がない。多くの人が立ち入ったのだとしても、それでもよく見れば分かるくらいには。
「ピアノ線が多いのは、本命のトラップを隠すためか。じゃあこの配置は視線誘導かな」
木の葉を隠すなら森の中。
ちょっと上を見れば分かる仕掛け。だからこそのピアノ線とテントってことか。
そして、テントがあるってことは。
ピアノ線に触らないよう、注意しながらテントへと進む。
中には水槽。水は半分くらいだけど、きっと昨日はもっとあった。
「水の盾……まさか、本当に」
きっとここが、タブレットのあった場所。守っていたのは猟犬候補生かな。
ドアが開かれたとき、侵入者の目を奪うのは「ピアノ線に守られたテント」だ。何かある、そう判断が下るのが自然。
踏みこんだらシーツ。もしその前に狙撃があっても、水槽の影に隠れてしまえばいい。信号は乱反射して、絶対に届かない。
そしてシーツに包まれて、混乱しているところを襲う。シーツの上から突いたり斬ったり、やりたい放題だろう。猟犬候補生なら、シーツの中の人数と分布くらい音で分かる。
どれだけ練習したんだろう。ピアノ線をかいくぐるのを。
どれだけシュミレーションしたんだろう。シーツが落ちる位置、トラップとなるピアノ線の位置を割り出すために。
それに、水で信号を防げるなんて。
理論が分かっても、それが実際かどうかは別の話なのに。




