彼女が最強たる所以
クラスメイトのみなさんが散っていく。
ひとつ、瀬戸さんが息をついた。そのままテントに寝転がる。
「ちょっと休憩っと。お前らも、今のうちに休んどけー」
テントとはいえ、五人くらいがくつろげるくらいの広さしかない。だからアパートの一室に余裕で置けた。それが全部屋、いくつも。
「休むって……、こんな状況で?」
この一カ月くらいで、白道優人の体にもだいぶ慣れてきた。もううっかり何かを触れ壊すこともないし、五感も扱いきれる。最初から慣らされていたとはいえ、意識して使えると勝手に刺激が入ってくるのとじゃ大違いだ。
耳をすませるボクとは対照的に、つぐみさんはドアと窓とを交互に見ている。
「いつ来るかも分からないのに、休めるわけないじゃない」
「だからだよ」
瀬戸さんはゆったりと目を閉じて、すっかりくつろぎモードだ。クラスの指揮を買って出たとは思えない。
「最初はどこも様子見だ。なら司令部は、今のうちに休んでおくのが正解ってもんだろ。最悪、半日がかりの長丁場になるんだからさ。各小隊には待ちの姿勢でって伝えてあるし、そもそもこの部屋は三階なんだから。実質、入口はそこのドアだけだよ」
そのドアの向こう。
いたるところで、乱戦。
引き金が引かれる。
黒い戦闘服が白く染まる。実弾銃ならば弾丸が埋め込まれていたであろう場所に。
だが、腕や脚をかすめたくらいで脱落をくらいはしない。
勝負を決めるのは信号刀だ。鍔迫り合いの音が各地で響く。
心臓の位置を撃たれた人がいた。
やった、と信号銃片手に声を上げた生徒がいた。
次の瞬間には背後から、袈裟斬りの軌跡を入れられた。
あるビルに入っていく集団がいた。
「おい、見ろよこれ。鍵穴が」
「うわ、塞がれてるな。立てこもりか?」
顔を見合せる二人に、先頭を歩いていた猟犬候補生が足を止めた。
「いや、中に人はいないぞ。呼吸が聞こえない」
首元で黒十字の紋章がゆれる。
その横をすれ違うのは一人の非感染者生徒だ。黒髪を無造作にしばって、いつでも抜刀できるよう身構えている。訓練服のはしには
話に夢中になっている三人は無反応。
各クラスから誰が引き抜かれたのかは共有済みだ。特別班のメンバーの中で、非感染者の女子は高嶺天花ただひとり。さっきすれ違ったのは、別のクラスの誰かだろう。
音高く、抜刀の音。
立て続けに刃をふるう動き。
血は流れない。
ただ、急所への一撃に訓練服が白く染まった。
「お前、裏切っ」
唯一反応できたのは猟犬候補生ただひとり。だが、振り下ろした信号刀はあえなく受け流される。
鳩尾を一突き。斜め四十五度、本物の刃なら数多くの内臓を突き刺している角度だ。
当然のように訓練服が白く染まる。
同じ建物、別の場所。
鍵穴が塞がれてないドアの前に、集団。
中には人の気配。内側からドアを叩くような音。かすかだが、猟犬候補生に聞こえないほどのものではない。
集団を代表して、ひとりがドアノブに手を伸ばす。
瞬間、その訓練服が白く染まる。
だけではない。
他の仲間も次々に。
ドアが開いたのは、その場の全員が脱落したときだった。
ドアの内側にはカラーペンの跡。猟犬候補生がひとり、ドアの近くでペンのキャップを閉じる。
信号銃片手に非感染者の男子が脱落者をながめて、ほくそ笑む。
「あの人の言ったとおりだな」
人体を焼き焦がす弾丸が、ドアを貫けないはずがない。
このプログラムが実践的な改変なら、その辺を加味してないはずがないと。
ならば猟犬候補生の耳で心臓の鼓動をマークして、そこへ信号を撃ち込めばいい。
さらに同刻、別の階。
別の集団がドアを開けた。
部屋の奥にはテント。
テントを守るよう、部屋中にピアノ線が張り巡らされている。
明らかな罠。
だが中には人の気配。
もっと言えば、何か固い物を置いて刀を抜くような音。どちらも潜められてはいるが、隠しきれてない。
もしかしたら。
そんな思いがそれぞれの頭をよぎる。
いっせいに、非感染者生徒が銃口をテントに向けた。不可視の銃弾が部屋中を舞う。
ピアノ線くらい、信号はものともしない。
「…………っ」
テントの中から息を詰める音。
だが、生徒たちは油断しない。
「相手は特待生のチームだ、油断するなっ」
テントを注視し、猟犬候補生が抜刀。全員、そろりそろりと足をすすめ
誰かの足がピアノ線を踏んだ。
部屋中のピアノ線にまぎれ、床に張り巡らされていたものだ。
瞬間、上からシーツ。
ばさりと彼らをおおう。
テントは開き、中から軍手をはめた猟犬候補生が躍り出た。ピアノ線をかいくぐり、シーツに到達。シーツ越しにすべての人影をたたいて、解放。
全員の脱落を確認し、ほっとしたように肩をおろす。
「あ、撤収してくれます? トラップ、仕掛け直さなきゃなので」
原状復帰、完了。
タブレット片手に、その猟犬候補生はふと見上げる。
「すごいな、特待生って。どうやったらこんな作戦思いつくんだろう」
「壊滅?」
電話ごしの報告に瀬戸さんが眉をひそめた。そのまま何か考えるような仕草で細かいことを聞いている。耳が、もれてくる内容を事細かに拾ってしまう。
『ああ、なんか特待生の拠点で他クラス同士が戦ってる。裏切り、とかって話で』
だったら声にまぎれて聞こえるのは、戦っている音だろう。重なり合ってるけど、足音と声なんだってことは分かる。
「天さまの姿は?」
『それが、どこにもいないんだよ。しかも廊下で自然に脱落してるやつもいるし』
「狙撃だろ」
『いや、狙撃ポイントになりそうな場所はなかったぜ。そもそも猟犬候補生が気づくって』
電話の相手も歩いてるんだろう。とくに大きい足音が聞こえ続けてる。けど背景の音なんて足音か、まわりの声くらいしかないみたいだ。声だって遠くで重なって、なにを言ってるのかさっぱりだし。
『でも不気味な拠点だよ。部屋に掃射して踏みこんだやつらが、軒並み脱落になってたしさ。どんな手品を使ったんだか』
手品、か。
なんとなく、瀬戸さんの信号銃に目がいく。
鏡でも使ってはねかえした?
いや、でもこれって「より実情に合わせた内容」での訓練のはず。なら、実際の武器の特性を反映させたものじゃないと意味がない。
実戦で執闘医が使うのは、信号銃じゃなくて光線銃だ。傷口を焼き切らないと、血が飛び散って関係ない人が感染するかもしれないから。
人体を焦がすほどの熱が、鏡なんかではねかえるの? 溶けちゃうんじゃ……水でも使わないと……
ピチョン。
水がたれる音がした。
水道のほうから。
……っ
「水の、盾」
そんな仮説が浮かびあがる。
「本物の光線銃でも、例えば満杯の水槽とかを盾にされると、乱反射して防がれるんじゃない? それをこの信号銃も律儀に再現できるとしたら」
本物なら、たぶん水槽が壊れて大惨事だ。盾にしたところで、どのみち目くらましになって動けなくなる。
けど、これはただの信号銃。たぶん、水槽を壊すような威力はない。
それを、天花さんが見越していたというのなら。
となりでつぐみさんが、カーテンのほうを見て目を鋭くした。
「そういうトラップを、いくつも仕込んでるってことね。……そういえば空花さんが言ってたわ、『天花は人を嵌める天才だ』って」
そういって出口の方へと歩いていく。
「おい、ツグ?」
少し驚いたような瀬戸さんに、つぐみさんはひらりと片手を振った。
「そういうことなら、私の目が役に立つはずよ。私なら見れば分かる……意地でも見抜くわ」
きっと止めても無駄なんだろう。頑ななつぐみさんに、瀬戸さんは「だったら」となぜかボクの方を見た。
「ユウを連れていけ。ツグの目にユウの頭が合わさりゃ、見破れないものはないだろ」




