表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/31

参謀たちの思惑

それでも人を殺したくはないけれど。

 なのに、この手は誰かを殺して止まないけれど。


 それが日常。




 日常といえば。

 

 黒十字学園の体育は、基本的にパルクールと武術だ。武術は格闘技と剣術。なんでも、犯罪感染者と戦うためにどれも必要なのだという。


 先生が声を張り上げた。

「お前ら、訓練だからって手を抜くなよ! 学生とはいえ護身とか、そうでなくても臨戦学校みたく行事で使うことには変わりないんだからっ」


 日記には、ここまで熱心な先生だなんて書かれてなかったのに。


 少し離れたところじゃ天花さんが、ひらりひらりとコースを制覇している。ためらいも躊躇もいっさいない。痛くならないのかと心配になるほどだ。


 それにしても。


 臨戦学校。

 よく林間学校に例えられるやつ、って天花さんが言ってた。

 二泊三日の課外学習。

 よくあるオリエンテーリングに、執闘科ならではの要素を組み合わせたっていうプログラムをこなしたり。

 飯盒炊飯に、現地調達した食材やら携行食料やらを組み合わせたり。

 実際の作戦行動で使われる拠点テントに、二泊することで慣れ親しんだり。

 そんな感じのものなのだと。




 そう、思っていたのに。





「知っての通り、今日から三日間は臨戦学校だ」

 出発前、集まった生徒を見わたしたのは学長だった。

「君たちは伝統として受け継がれている臨戦学校プログラムを受け、臨床の空気と体の使い方を学ぶ——はずだった」


 はずだった? 

 その不穏な語尾に、周りでざわつく声が聞こえた。実行委員長として前に立っている天花さんすら、瞳をふるわせていた。それでも微笑みが崩れなかったのは、さすがと言うべきか。


 ある程度ざわつかせ、学長は咳払いをひとつ。

「私の発案だ。先の偽猟犬事件を踏まえ、より実情に合わせた内容への変更が決まった。この変更は、実行委員会のメンバーにも知らせていない」

 嘘、ではないらしい。前に並ぶ実行委員会のみなさんも、顔を見合せたり目を見開いたり。本当に何も知らされてないのだと。


「新しいプログラムは——『執闘バトルロイヤル』。内容は制圧だ。基本的にクラス対抗」


 



 バスの中はお通夜状態だ。

 外からの音はまったく聞こえない。なんでこんな空気なのかといえば。

 だれかがポツリとこぼす。

「…………まさか、特待生は別チームだなんて」

「公平を喫するため、とか言ってたけどさ……」


 チームは計五つ。

 各クラスと、各クラスから選ばれた四人。ただし、四人のうち一人は特待生・高嶺天花。

 つまり、自チーム以外すべて敵という状況で。

 他四チームが二〇人以上・仲間は全員クラスメイトという条件に対し。

 天花さんはたった四人・仲間は全員バラバラのクラスという構成を押しつけられたってことだ。


 なのに、誰も天花さんのことを心配していない。

 むしろ。


「特待生抜きで勝てると思うか?」

「いやぁ……?」

 このクラスの心配ばかり。中には学長に逆ギレしてる人だって。ここには学長なんていないのに。


 まだ始まってすらないのに諦めモード。そんな中、瀬戸さんがにやりと笑う。

「有利なことならあるぜ」

 能天気。そんな彼に「呑気なこと言うな」的なツッコミが殺到したのは当然としか言いようがない。けど、瀬戸さんは余裕そうな顔を崩さなかった。


「他クラスのやつらだって、多分ナメてるだろ俺らのこと。特待生がいなきゃなにもできない雑魚チームってな。だから、そこがつけいる隙だ。ぎゃふんと言わせてやろうぜ」


 こんなときなのに、赤い瞳は力強い。細くなっていく瞳孔に、ひとり、またひとりと猟犬候補生が顔を上げていく。口々に奮い立つ声。

 

 もう、お通夜なんて空気じゃない。


 確実に勝てる一手を考える、そんな空気だ。


 ルールはバトルロイヤル。クラスメイト(天花さん以外の)以外はみんな敵。

 拠点は簡易テントで、そのどこかにタブレットを置く。

 チーム全員が脱落するか、タブレットのGPSが途切れるかでチーム敗退。

 脱落方法はシンプルだ。行動不能レベルまでダメージがたまること。

 GPSは、ランダムな番号で区分けされている。

 

 拠点の位置が重要ってわけか。

 だから、その議論で今も白熱している。


「エリア内のどこにバスが止まるかはランダムなんだよね。じゃあ、ふわっとしたことから考える?」

「なら屋上は? いちばん高いところの」

「いや、拠点運びで準備時間が終わるって。スタートまでにテントが完成してないと失格だろ?」

「じゃあ地下とか。下水道とか使って」

「GPSが届かない」

「となると、やっぱ室内か」

「テントっていっても、そこまでおおきくないよね」


 ……このプログラムの勝ち筋は。

 

 いくら銃があるっていっても、高等部一年じゃ扱いきれる人ななんて数少ない。このチームにも何人かいるけど、そのほとんどが動かず集中して撃たないと狙ったところに当たらない人だという。

 この試合形式なら、人を狙ってる間に猟犬候補生に気づかれる。そうなったら、あは信号刀で致命傷アウトだ。銃も刀も殺傷力はないけど、信号が訓練服に仮想ダメージを刻む。それが、実戦なら動けないレベルまで貯まったら脱落あつかい。

だから狙撃はたいした脅威じゃないとしても。


「拠点より、人をどう動かすかの方が重要……」

 議論にかき消された。

 きっと届いてすらないんだろう。制御装置の外れた近くの猟犬候補生ですら、ボクの声なんて聞こえてないみたいに振る舞っている。

 つぐみさんと目が合ったのも、どうせただの偶然だ。だって、聴覚制御装置をつけたままなんだから。しかも距離は離れている。聞こえてるわけがない。



 結局、廃アパートに決まった。


 全室カーテンをひくべき、というのはつぐみさんのアイデアだ。

「遠距離狙撃で心臓を撃ち抜く、とか。天花ならできかねないわ」

 日記じゃ嫌われていたはずで、さっきの話し合いでも蚊帳の外だった。それでも一理あると思ったんだろう。だから部屋は薄暗い。


 タブレットと周辺機器が置かれた机は、もともとこの部屋にあったものだ。最低限のインフラは整っているらしく、水道から水がたれる音がした。


「ユウとツグはタブレットの護衛な。俺は司令塔ってことで指示飛ばすから」

 すっかり主導権をにぎった瀬戸さんに誰かが手を挙げた。名前までは分からないけど、リストバンドが青いから非感染者生徒だってことは分かる。

「なんでその二人が護衛なのさ。あと、瀬戸はサボりたいだけだろっ」

 後半は冗談交じりの口調。

 分かってるんだ。この人も。

 瀬戸さんがいなきゃ、こんなにまとまらなかったって。


 笑いが巻き起こるなか、瀬戸さんが軽く肩をすくめた。

「ユウは『白い悪魔』だぞ。要はあれだ、心理的威圧。それとツグは目がいいらしいから、会敵にいち早く気づける。最後に、俺以外のやつに司令塔ができると思うか?」


 要は適材適所なのだと。


 そんなとき、瀬戸さんの手元でスマホが鳴った。メッセージの着信音。

 少し目をひそめながら画面に目を走らせて、

「ちゅうもーく」

 と呼びかけてきた。

「なんか、となりのクラスのやつから連絡がきたんだけど」

 かかげるのはスマホ。一同を見渡して、瀬戸さんは画面を向けてくる。

「同盟を組まないか、だってさ」


 全クラス合同戦線。

 お互い、何番のGPSが自分のクラスかを教えあう。これにより、天花率いる特別班のGPSを特定。

 特別班のGPSが建物内ならその中、屋外なら半径十メートル以内はお互い不可侵とする。ただし、不可侵というだけなので協力もしない。当然、不可侵領域の外ではライバル関係である。

 打倒・特別班をどのチームが成し遂げても恨みっこなし。

 特別班が脱落したら、この同盟は解除されるものとする。


「俺的にはアリだと思うんだよなー。つっても」


 あくどい笑みを浮かべ、瀬戸さんはまた続ける。

「序盤に天さまの拠点へいくのは小隊ひとつ、猟犬候補生で固めて偵察するだけでいい。その他は他クラスの拠点制圧を優先しろ。漁夫の利を狙うってやつだ」




 

 同刻、とあるビルにて。


 一人の生徒が椅子に腰かけていた。訓練服で体型が隠れているせいか、中性的なシルエットだ。濡羽色の髪を一つに束ねている。揺れるリストバンドは青、非感染者だ。

 放り出されているのは年季の入った軍手。それに、煙のあがる半田ごて。そして油性のカラーペン。


 周りには三人の生徒。二人は猟犬候補生、それぞれ耳を澄ましていた——が、それぞれ顔を上げる。その様子に、あやとりの手が止まる。


「盗聴ご苦労さん、どうだった」

 一言でいうなら濁流。低く濁った声に、一人が声を潜めた。


「予想通りでした——全クラスが、打倒・特待生の同盟を組んだみたいです」

 その言葉に、小さな笑い声。背もたれに寄りかかり、ひとしきり笑い——


「あ、あの、てn……ソラ、さん?」

 報告した生徒が恐る恐る「名前」を呼ぶ。真っ黒な瞳がその生徒を映した。


「あー、悪い。あまりにもアンタの予想通りだったから、つい」


 指が蠢く。それ自体が意志を持っているかのように迷わずに。「高嶺天花」とはまた違う余裕の笑みを浮かべ、その生徒は低い声で続ける。


「ずいぶんと多いエキストラ……、けど」

ピアノ線を掬っては手放して——右手の人差し指と中指にまとわりついて、手のひらにだらりと垂れ下がった。そのうちの一本を左手でつまみ、引っ張る。音もなくピアノ線は指から解けていく。


 その時、季節外れの桜が咲いた。口元には桜の微笑み。姿勢は牡丹のように正される。

「その方がメインキャラクターも映えるよね」

 同じ声帯から溢れたのは、高く澄んだ甘い声だった。


 


 時間、開始。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ