忘れえぬ刃
小さな屋根の影が真下に落ちていた。太陽が真上にあることを確認して、大吾は時刻に満足した。
カインはあの大きな背中の後を追いながら、舌を上顎に押しつけ続けていた。顔の不快感はまだ消えていなかった。
(できることなら、あと串を三本食べてはっきりさせたいところだ、カゲヤ)
そこまで集中していたせいで、大吾が止まった時に危うくぶつかりそうになった。
(っ!)
「アサヒ狩人、またお会いできて光栄です。どのようなご用件で」
声の方へ向くと、二人の兵士が敬礼をしていた。
「脈打つマナを……営内に用がある」
「脈打つマナを。どうぞお通りください」
「ん」
大吾は軽く首を動かしてから門をくぐった。
(はい、今行きます)
進みながら、カインは辺りを眺めた。大吾を見る兵士が何人もいた。
(あの体格のせいだと思っていたい。せめて一瞬でも)
大吾の後について奥にある部屋に入った。中には大きな木製の机があった。ミズキリの建物と同じ色をしていた。
手彫りの装飾がいくつか施されていたが、後ろに座るネサリの制服のそれには及ばなかった。
カインが最初に目を向けたのは、その真剣な眼差しだった。経験を刻んだ肌が周囲を囲んでいた。次に、両唇を分断する傷跡。白髪を数え始めた頃に、男が口を開いた。
「俺の部屋で何をしている」
「ん……お前の仕事がなっていない理由を確かめに来た」
カインの瞼がゆっくりと開いた。
……
嗄れた笑いがそのネサリから漏れた。
「ジョ——ジョ……そんな冗談を聞いたのはいつぶりだ」
(あれが冗談だったのか!?)
「俺もあんな飾りだらけの制服を見ていないのと同じくらいの時間だ」
男が立ち上がり、両手を前に出して指を組み、三角を作った。
「脈打つマナを、朝比大吾」
「脈打つマナを、戦鎧霧生」
大吾が同じ動作を同じ規律で返した。
「よし……それで、何しに来た」
「もう言った、戦鎧」
「氏族名を使っているか」
「ん。仕事をしろ、霧生」
(待って……冗談じゃなかったのか)
「ジョ——ジョ。そのために秘書がいる、大吾」
「漣はお前のことをよく分かっている」
「それが強みだ」
大吾が喉で笑った。カインには聞き覚えのある音だった。
「俺には強みにならない、戦鎧将軍」
隙のない立ち居振る舞いのネサリが机まで歩いてきた。書類の束を置いてから大吾の方を向いた。
「またお会いできて光栄です、朝比様」
「ん、漣」
二人が同じ手の挨拶を交わした。
(大吾を知っている人間がまた出てくるのをやめてもらえないか)
漣は両手を後ろで組んだ。鍛えられた姿勢だった。
「ご来訪は、街道やダンジョンでの魔物活動の増加に関連したものとお察しします」
「そうだ」
「戦鎧将軍、我々の報告書がすでに示唆していた通り、この状況の拡大が南へ広がり始め、朝霧の森やご当地の村にまで及んでいます」
(話すのが速い……)
霧生が短く顎を撫でた。
「この区域での制御が追いついていない。部隊を動かす必要があ……」
「すでに部隊の動員と配置先を分析した複数の書類と戦略をまとめました。確認していただき、それぞれの結果への対応を二度、策定する必要があります」
「小夜子……少し考える時間をくれ」
「御意、戦鎧将軍」
漣はそのまま動かず、ほぼ瞬きもせずに机を見ていた。
「ん、何も変わっていない」
「……」
制服のネサリが座り直し、背もたれに寄りかかってため息をついてから肘を机についた。
「よし……何が起きているか話してくれ、大吾」
「ん、カゲヤ、説明しろ」
(本気で言っているか)
霧生がカゲヤをじっくりと見た。
「お前をこんなに小さかった頃から見ていないな」
(お前もか!)
「……よく言われます」
「ジョ——ジョ。では話せ、国境で何が起きている」
(村はミズキリの国境にある……つまり全ての村が王国の一部か。これから言うことが間違っていないといいが)
「ダンジョンを一つ見つけました。証拠から、亀裂が起きてからかなり時間が経っていると判断しました。一つだけではないと疑っています。内部に他の魔物の残骸がありました」
「亀裂と判断した理由は」
「ん、主な根拠は野生動物が移動していたことだ」
「食料として狩られたからか。それとも縄張り争いか」
「その両方。ただ最大の原因はマナの解放だ」
(「説明しろ、カゲヤ」……そう言っておきながら俺抜きで進めていく)
「大吾、ダンジョンが複数解放されていると思っているか」
「思っていない。確信している」
「それは厄介だな」
「理由を言え、霧生」
「複雑だ、理由が複数あっ……」
「アマイア森でのマナとダンジョンの活動増加は、変異種と汚染種の出現によるものです」
漣がまばたきせずに報告した。
「ん、何がそれを引き起こしている」
漣が霧生の方へ、姿勢を一ミリも崩さずに体ごと向いた。
「続けろ、小夜子」
彼女は再び向き直った。同様に、立ち居振る舞いは微動だにしない。
「朝比様、これからお伝えする情報は、まだ確認できていない内容の漏洩を防ぐため、ご内密にお願いします」
「ん」
「ありがとうございます」
(俺でも分かった。あれは「はい」だ)
「お前も黙っていろ、カゲヤ」
「分かった」
二人の軍人がうなずいた。
「報告を開始します」
漣が息を吸った瞬間、霧生と同じ寒気がカインにも走った。
「数ヶ月前からマナを腐敗させる種の出現により、ダンジョンの変化が起き始めました。頻度が増しただけでなく、解放までの限界時間も短縮されています」
複数の書類から一枚を素早く見つけ、素早く読んでから報告を再開した。
「アマイア森の北部に現れた生き物は、アマイア砦への侵入を繰り返し試みていた同一の種と確認されています」
「セツエンからアマイア森を突破したのか。それは今まで起きていない」
「おっしゃる通りです、朝比様。セツエンを越えられただけでなく、森も突破しました。あの生態系の性質上、到達時には相当弱体化しており、排除は容易でした」
霧生が口を開いたが、漣が続けた。
「シュウマツ軍事都市と複数回連絡を取り、情報の正確性を確認しました。同一の種である点に疑いはありません。ただし発生源については依然として推測の域を出ません」
「何を疑っている」
「ガイリャクシャが作った魔物だ」
霧生が真剣な声で言った。
(何……だと)
カインが一歩後ろへ引いた。小さく、無意識に。
大吾はそれに気づいたが、指摘しないことにした。
「ん。そのテリトリーから来ているなら……残月の住民の仕業か」
「そう推測しています、朝比様。王国内での活動を許可されているヴォイド・ストライダーは例外なく監視されています。ゲートを越える者たちの仕業とは考えにくい」
「断定はできない、大吾。ライゼンもこの件を彼らの協力を得て調査しているが、まだ……」
「複数の調査結果は、ガイリャクシャがそのような生き物を創れないことを示しています。しかし発生源は無視できません」
「ん、その魔物の特徴は」
「分析できていません。排除されると存在が消え、空気に溶けます。外見は一般的な魔物と似ていますが、マナ量と力が著しく高い。ただ一つ、見間違えようのない特徴があります。銀色のマナを発しています」
カインの目が一気に開いた。
(銀色!)
しかし同時に、恐怖がほぼ恐慌に近い形で込み上げてきた。
(駄目だ、今は駄目だ、カゲヤ。気づかれるし、そんな経験はしたくない。寝るか何かしててくれ)
「なるほど。それがダンジョンを閉じられていない理由か、霧生」
「それだけじゃない。アーデント司令官への連絡を試みたが、返答がない。ヴォイド・ストライダーの派遣も止まった」
「受け入れを拒否……」
「違います、朝比様。入城を禁じたわけではありません。彼らの有用性はダンジョン閉鎖において認めています。我々がリソースを民衆の安全に集中させる間、その役割は有効です」
「ん。問題の全体像は見えた」
「いくつかの作業で協力が必要です。しかし現状がそれを制限しています。神和への遠征も実施できていません」
「だからこそお前の到着を活かしたかった。力を貸してほしい」
「この生活を選んだのは村のためだ、霧生」
「その通りだ。すまない、大吾」
「ん。自分の領域でのダンジョン閉鎖なら支援できる」
「助かる」
落ち着いてから、カインはようやく会話に戻ることができた。
「漣、遠征の必要性は分かる。神和を信用していない」
彼女がわずかに微笑んだ。
「理解されましたか、朝比様。ヴォイド・ストライダーの派遣が止まった理由が不明である以上、隠れた意図がないとは言えません」
(待ってくれ。言っていることを追うだけでも精一杯なのに、あの速さでは)
「彼らの助けが必要という現実が気に入らない。ガイリャクシャはこちらの数が減った原因の一つだ」
二人の軍人が少し黙った。その表情には、言葉にしたくない理解があった。
「ん……使者から何の情報が」
「お前がもう使者を送ったと予想しているとは。持ち帰れなか……」
「我々の人員が集めた情報は有効ではありませんでした、朝比様。情報をお伝えします」
霧生が目を閉じて口から息を吐いた。
「紫雲のギルド、鹿会は、いかなる王国からの依頼も受け付けていない。我々の者が入城して確認したところ、少なくとも七人のヴォイド・ストライダーが建物から出ていない」
漣がまた書類を次々に驚異的な速さで読んでいった。
「未確認だが、紫雲が彼らを匿っているようだ。ライゼンは何も確認していないが、何かが起きてそのガイリャクシャたちの動きを制限していると推測できる」
(紫雲に人間がいる……全員について聞ける……)
「遠征を送る意味はない。銀の魔物の脅威に追われ、冷静な判断ができていない」
「では何を推奨する、大吾」
「我が国に完全に集中する。神和が攻めてくると考えれば、魔物が人口を削るかもしれない」
霧生が漣を見た。
「意見を聞かせろ、小夜子」
「御意、戦鎧将軍。ダンジョン閉鎖のためにヴォイド・ストライダーを確保し、その間にアマイア森を魔物がどう突破しているかを解明して封じ込め策を取ることが有効かと。その結論は朝比様の観察から導きました」
「よし!」
沈黙の後、全員がカゲヤを見た。
「俺は……その……聖花道で学んだ。彼らの……動き方を少し、遠くからだが見た」
「ん」
「ジョ——ジョ。息子は俺たちより元気があるな、大吾」
「多すぎるくらい」
「ギルドへ俺が行って情報を集めることができます」
全員がまたカゲヤを見た。ただし今度の視線の重さは違った。
霧生が立ち上がり、大吾の目を見た。
「全てを話していないな」
「話す必要はない」
(余計なことを言った気がする)
「話すべきだ、大吾。息子の歴史でもある」
「ん……」
一分後、霧生が歩き始めた。漣が続いた。
「出て行かなくていい。あの場にいただろう」
「大吾さん、迷惑では……」
「朝比様はご存知でしょう。我々の存在は、これから共有されることの証明であるだけでなく、我々が過去に縛られていないことの証明でもあります。ただし、然るべき重さをもって決断するための情報として、内密に」
大吾が喉で出した音は、カインが聞いたことのないものだった。
「お前が生まれる前のことだ。我々はガイリャクシャと戦争をしていた。人が死んだ」
大吾が黙った。それだけが言うべきことだというように。
……
(……なるほど。軍人だったのか。いろんなことの説明がつく)
……
(……それだけか)
横目で二人の軍人を見た。焦りも苛立ちも、その表情にはなかった。
「それを聞いてどう思う、カゲヤ」
「多くのことが説明できます」
「ん」
……
大吾がカゲヤへ完全に向き直った。
「うちの名前に重みがある理由は分かるか」
カインはあの途方もない力を思い返した。ダンジョンへの道を確かめる時の動き方。グループを率いる手際。属性への制御。
「怖かったから」
「ん」
「目に見える力があったということだ、大吾」
霧生が少し微笑んでから黙った。
「俺だけじゃない。父も並外れていた」
(想像するだけで怖い)
「では……お二人がアサヒの名を作ったということですか」
「朝比様とそのお父上は、ガイリャクシャのミズキリへの進軍を何年も食い止めた中核でした」
(なぜ呼び方が違うのか、これで分かった)
「つまりアサヒには侵攻を止めた重みがある」
「それだけじゃない、カゲヤ。義務だった。それを果たした」
「もう二十年以上前です。軽く見るつもりはないが、今はヴォイド・ストライダーが俺たちと一緒に働いている」
「ん。その通りだ。ただアサヒとして、彼らとただ関わるわけにはいかない」
「向こうが怖がっているのか」
「歴史がある」
(コルヴィンの授業をちゃんと聞いておけばよかった……後悔はしていないが、メモは取るべきだった)
「分かった。家名は出さない」
「それだけを理解してほしいわけじゃない」
「では」
「俺たちも、相手の名前を忘れていないということだ」
「アーデント司令官のように」
霧生が少し割り込んだ。
「彼女は並外れていたが、彼女とライゼンが戦争を終わらせた。忘れられない名前には、もっと個人的な重さがある」
大吾が手を上げて、霧生が黙った。
「尊重しながらも恨む名がある、カゲヤ。そのうちの一つが、戦争中、俺たちが領土を取り戻すのを阻んだ者だ」
カインの中で不快感が大きくなっていった。
「戦争が残した傷はどの氏族にもある。ん……俺は一晩でアサヒの頭になった」
大吾の目に悲しみも憎しみもなかった。そこにあったのは、受け入れと、カインには分かるある感情——恨みだった。
「大剣、一人のガイリャクシャ。ドーンフォールン」
カインが一歩後ろへ引こうとして、空気が足りなかった。
「……何……」
大吾がカゲヤを見てから、息をついて続けた。
「父と俺は人を率いて村を取り戻そうとした。何人かのガイリャクシャが守っていた。うまくいきそうだと思った時、その男が現れた。俺は父と引き離され、父はその刃に倒れた」
「ん……」
「戦争だった。両方が傷ついた。しかし向こうが攻めてきた。二十年以上前のことだ。だがネテリアは簡単に忘れない」
(これは……違う……セス……父……お父さん)
カゲヤが白くなっていくのを見て、大吾が近づいた。
「昔のことだ。そんな顔をするな」
カインは大吾の目を見ようとした。できなかった。
「……ああ……分かってる……ずっと前のことだ」




