残された血筋と生き残る義務
「起きろ、カゲヤ。タケルとムツミのところで朝食をとる」
(こんな朝から命令か)
大吾が部屋を出た瞬間に、カインはベッドで体を起こした。
(もう起きていた。ただまだお前と閉じ込められたくなかっただけだ。ミズキリへ行って帰るまで……あと何日もある……)
部屋で服と剣を整えながら時間を潰してから出ると、シラミネが大吾に別れを告げているところだった。
「西の方で魔物が増えています。気をつけて」
「分かっている」
「検問所の兵士の数も増えているようです。アマイア森で何かが起きているという話です」
「ん、前回も聞いた」
(前回?そうか、俺がカゲヤの体で目を覚ました時、大吾はミズキリへ出ていた。だから亀裂が複数あると疑っているのか)
「シラミネ、気をつけろ。うちの村の近くで亀裂が起きた」
「どれくらい近くですか」
「数時間のところだ。トカゲビトのダンジョンだった。ホネガラの残骸も見つかった」
「なるほど。スイリンの森があると、新しく出てきたダンジョンを探すのは大変でしょう。こちらは平原のおかげで見つけやすい」
「森のおかげで俺たちの村は見つかりにくい。油断するな」
「その通りです。三日後にミズキリへ出ます。斥候を一人か二人、王国に要請します」
「それがいい」
二人が沈黙した。カインは眺めていた。
「では、これ以上時間を取らせません、アサヒ。俺だけに知らせに来たわけでもないでしょう」
「ん。またな、シラミネ」
「マナがお前を守るように」
「マナがお前を守るように。行くぞ、カゲヤ」
「はい」
(やっと)
カインが大吾の後について出ようとすると、シラミネが引き止めた。
「息子のいい友人でいてください。マナがお前を守るように、アサヒさん」
「同じ……マナがお前を守るように」
シラミネ頭領は笑みを浮かべてドアを閉めた。二人は別の小屋へまっすぐ向かった。質素というよりは、目を引く造りだった。
近づくと、茶色の髪のネサリの女性が小屋から出てきた。
「萌えるマナを、アサヒ頭領。会いたかったです」
「ムツミ、そう呼ばなくていい」
「いいえ。アサヒ家の当主に敬意を持って話さないと。せめてここの外では、ね?」
「ん」
「あっ!カゲヤ!久しぶりね」
「ああ……はい、本当に久しぶりです」
「お父さんと同じくらい背が高くなって。ちゃんと食べているでしょう」
「ムツミ、まず中に招かないか」
カインが振り返ると、ドアの枠に立つネサリの男がいた。明らかに狩人の体格だった。
「そうね、そうね。どうぞ、もう食事の準備ができています」
「ん。萌えるマナを、タケル」
「萌えるマナを、アサヒ頭領」
大吾がカゲヤにも入るよう目で合図した。全員が中に入り、ムツミがドアを閉めた。
「どうぞ、大吾さん。昨日いらっしゃるのを見て、好きなウサギを準備しないとと思って」
「ん。ありがとう」
「ムツミはお会いできてとても喜んでいました。この時間ずっと会えなかったのが辛かったと言っていました」
「長い数週間だった」
「そうでしょう。まあ、今は難しいことは考えないで」
「そう!久しぶりだから話すことがたくさんある」
「食べたら出発する、ムツミ。夜までにミズガイに着かないといけない」
「ミズキリ手前の最後の寄り場ですね」
タケルが言った。
「なら急いで聞かないと」
「話の邪魔をしすぎるな。せっかく準備したウサギが冷める」
ムツミは台所へ急いだ。食事のことをすっかり忘れていた。
「すぐ終わるから。座ってて」
タケルと大吾が話す間、ムツミは笑顔で食事を盛りつけ始めた。大吾の分は滑稽なほど大盛りだった。
一声唸ってから食べ始めた。ネサリ独特のそのトーンの経験が浅すぎて、喜びなのか諦めなのかカインには判断できなかった。
食事の間、ムツミはカゲヤと大吾を交互に見続けた。
「ん。聞けばいい、ムツミ」
「あっ!……何から聞けばいいか」
「娘の様子を聞かせていただけますか」
「そう、それです、大吾さん」
スプーンを口に運びながら、カインが横目で大吾を見た。
(昨日眠ってしまって聞き逃したことが聞けるかもしれない)
「ん。元気だ」
「あっ!よかった」
(大吾!)
「もう少し聞かせてもらえますか、アサヒ頭領」
(そう!ちゃんと聞いてくれる人だ)
「少しずつ進んでいる。ただまだ難しい」
「なるほど、まだ問題が続いているのね」
「ん」
(それは聞くとは言わない)
「もう決めていることを実行しますか、大吾さん」
「もう少し待つ。変わりがなければシラミネと話す」
「残念だけど、義務を果たすためにそうするしかないなら仕方ない」
「俺にできることも限られている」
「謝らないで、大吾さん」
(あれが謝りだったのか)
「シラミネさんには申し訳ないけど、娘がここに戻ってくる方がいい。それに、あなたに家族の決断の責任を取らせるわけにはいかない。ノゾミは今やシラミネになったのだから」
「ん」
「あなたは私たちのためにもう十分してくれた」
微笑んでから、ムツミは大吾がほとんど食べ終えているのに気づいた。
「あっ!聞き逃すところだった。聖花道はどうだった、カゲヤ」
「俺は……その……ずっと忙しくしていた」
「妻よ、そうやって気軽に聞くことじゃない」
「あっ……そうね。ごめんなさい、大吾さん」
「ん、気にするな」
(また聖花道。カゲヤの傷はあそこにいた時に起きたんじゃないかと、ますます思えてくる。アルカ・ノヴァの技を使っていてさらにややこしくしている)
「では、いとこさんとの関係はどう?」
ムツミがカゲヤへ柔らかな微笑みを向けた。その瞬間、大吾の視線が自分のうなじに刺さるのを感じた。
「少し……色々なことでプレッシャーがかかっています」
「そうよね、あなたも大変でしょう。小さい頃はよく一緒に遊んでいたものね。そうだ、カゲヤのムスビガリはいつになりそうですか、大吾さん」
「ん、近くなってきた」
(待って……え!?)
「条件はもう決めていますか」
「旅の間に考える、タケル」
「それは聞かないでよ、あなた。俺の従兄弟のことを考えたら、カゲヤのムスビガリはとんでもなく大変になるわよ」
「ん。そろそろ出発する」
「え?もう?まだ聞きたいことがあるのに」
「ミズキリに行くと言っただろう、妻よ」
「あっ……そうだった。では馬車まで送らせて」
「行くか、カゲヤ」
(待って、もうその大盛りを食べ終えたのか。俺は色んなことが出てきすぎて急いで食べられなかった)
カインが残りを素早く食べた。
「はい、準備できました」
「行くぞ」
「マナがお前たちを守るように」
「マナがお前を守るように、タケル」
三人が小屋から出て荷車へ向かった。着くと、昨日と同じ二人のネサリが出迎えた。
「萌えるマナを、アサヒ頭領。荷車には誰も近づいていません。では俺たちはこれで。よい旅を。マナがお前たちを守るように」
「ん」
二人になると、ムツミが大吾に近づいた。
「いつでも油断しないのね、アサヒ頭領」
大吾が荷車に乗り込み、操縦棒にマナを流し始めた。
「いつでも」
「カゲヤも気をつけて。もっと頻繁に来なくちゃ駄目よ」
「ああ……はい」
「マナがお前たちを守るように」
「ん、マナがお前を守るように」
荷車がゆっくりと村を出た。ムツミが笑顔で手をゆっくり振っていた。
カインは大吾の隣に座った。昨日通った道が今度は離れていく景色になった。
(昨日これで半日かかった。しかもこのペースで)
横目で大吾を見た。
(ムスビガリのことを言われないよう、無視しよう)
さりげなく太陽の位置を確認した。
(ちょうどいい、前方にある。東へ向かっている)
何時間も黙ったまま走り続けた。再び検問所に着くと、兵士たちが大吾に挨拶して様子を聞いた。
短い会話の後、大吾は荷車をミズキリの方向へ右に向けた。
カインは地面に視線を落としていた。
(二十……二十一……)
(茂みが一つ……二つ……)
「カゲヤ、周囲に気を配っていない」
「地面を確認していた」
「ふざけるな」
「分かりました」
(三つ……)
「他に言うことはないのか」
「もう少し速く進めませんか」
「なぜ今になってムスビガリを調べている」
(だからそれを避けていたんだ)
「シラミネのためです」
「人の問題に首を突っ込む前に自分のことに集中しろ」
(もう演じることに疲れてきた。ただカゲヤがムスビガリに全く関心がなかったことは使えるかもしれない)
「シラミネの父親が戻らせたくない理由はなんですか。選抜の時に何が起きているかは、もう気づいているでしょう」
「ん。他の家族の義務に口出しできない」
「でも三人が口出しできる。実に効率的な仕組みだ」
「また子どものような口を利く」
「では説明してください」
(もうすでに知っているはずという前提のゲームに、うんざりしてきた)
「お前の言葉が思うより影響を与えている。自分がうちの後継だということを忘れていた」
「シラミネとそれがどう関係するんですか」
「息子が、お前がアサヒの名前に負担を感じていると話した。それで向こうの見方が変わった。ノゾミにも影響が出た」
カインが荷車を強く掴んだ。
(なぜ急に直接的に話してくる)
しかし自分の中にあるのは、怒りより哀しみに近い何かだった。
「俺が……何かを言って……?」
「昨日シゲルが全部話してくれた。もう演じなくていい」
「それは……シラミネが村にいてアサヒの名前を望まなかったのは……俺が何か言ったせいで?」
「それだけじゃない。他の者にそういうことを言うな。うちの名前が望まれないものに見えるわけにはいかない」
(カゲヤ……お前はこのことを知っておくべきだった)
「ん。これ以上待てない。これ以上ややこしくなる前にムスビガリをしろ」
その言葉がカインに想定外の揺らぎをもたらした。
「待ってくれ。なぜそれほど大事なのかを先に知らないと」
「義務を果たす時が来た」
「俺を見てくれ。自分がまだ変わっている最中なのに、誰かを育てられると思うか」
唸りとともに、大吾が地平線を見据えた。
「若い者たちは長い間、平和に生きてきた」
(二十年の平和だ。その話をするな)
「それでは何も分からない」
「全てを言っているはずだ。お前はまだ家名のためだけだと思っている」
「他に何の意味があるんですか」
カインは皮肉な笑みで返した。自分の中にあるものを制御しながら、それが何なのか分からないまま。
「大人への通過儀礼だったものが、生き残るための義務に変わった」
「もう戦争はない」
「それでも俺たちは数が少ない、カゲヤ」
大吾のトーンがカインを固めた。膨らみかけていた感情まで、霧散させるほどに。
「お前の話じゃない。全員が背負う義務だ。後回しにさせてやってきた。成長するために聖花道へ行かせた」
二つの村の姿が頭に浮かんだ。少ない小屋。ムツミの温かさ。コハルの温かさ。ホタルの温かさ。
(カゲヤ……これだけのものがあったのに。なぜ拒じた)
「多分……縛られたくなかっただけかもしれない」
「シゲルから同じ言葉を聞いた」
(くそ……大吾の言う通りだ。黙っておくべきだったな、カゲヤ。怖くても、これだけのものがあったのに)
カインは指輪のない指を押さえた。
(でも……俺はある意味で学んだ。別のやり方で)
「ならムスビガリの条件を考える。来る者はアサヒの名を持ち、後継を産む」
(問題を起こさないためには受け入れるべきかもしれない……)
「ムスビガリで俺も条件を出せますか」
「それはお前の権利だ」
「分かりました」
カインが向き直った。大吾に背を向けて、道が少しずつ高くなっていくのを見た。奥の巨大な山が隠れていく。
手を上げて右目を覆った。
「俺の条件は、戦いで俺に勝てること」




