1章-1
巨大な白鹿が森を駆ける。
大きな体躯にも関わらず、動きは俊敏で木々の間を縫うようにして進む。
白鹿の背には三人が騎乗している。カテリアーナとフィンラス、そしてアストレイアスだ。
深い森を抜けるにつれ、空気が変わっていく。
吹き抜ける風は澄み切っており、甘い花の香りがする。木漏れ日の中、無数の精霊たちが踊るように舞い、木に止まった鳥たちがきれいな声で歌っていた。
「何てきれいなのかしら……」
カテリアーナはその光景を見て思わず息を吞んだ。
これほど生命に満ち溢れた森を見たことがない。
「この森を抜ければ、アルデミオン王国だ」
先頭を行くアストレイアスが振り向き、アルデミオン王国への到着を告げる。
やがて森が途切れ、視界が開ける。その先に広がっていた光景に、カテリアーナは言葉を失う。
「あ……」
巨大な一本の樹。いや、樹という言葉で表現していいものか。
恐ろしく太い幹を持った木の枝は雲を突き抜け、葉は黄金色に輝いている。木の天辺は空の遥か彼方まで伸びているようで、肉眼で見ることはできない。
まるで世界そのものを支える柱のようだった。
「あれが世界樹だ。相変らず壮観だな」
フィンラスが小さく呟く。
「……世界樹」
目の前の壮大な景色にカテリアーナは圧倒される。
世界樹を中心に白い建物が幾重にも立ち並んでいた。城壁は存在しない。森そのものがこの国を守っているのだ。
森にも結界があり、ハイエルフの他にはアストレイアスが許可した者しか立ち入ることができないという。
木々と一体になった白亜の宮殿。自然とともに生きる国。それがハイエルフの国であるアルデミオン王国だった。
アストレイアスが騎乗する白鹿が宮殿前に近づくと、衛兵たちが一斉に跪く。
「陛下、おかえりなさいませ」
「ああ。今戻った。彼らは客人だ」
アストレイアスがそう告げると、衛兵たちの視線が一斉にカテリアーナへ向く。フィンラスは幾度かこの国を訪れたことがあるので顔見知りだが、カテリアーナは彼らにとっては初見だ。
彼らの表情は驚き、あるいは好奇心と言ったものだが、敵意はない。
ほっとカテリアーナは息を吐き、少しだけ肩の力を抜く。
挨拶をしようと思った時ーー。
「お父様!」
鈴を転がすようような澄んだ声が響いた。
宮殿に続く階段を一人の少女が駆け下りてくる。
年の頃は十六、七歳くらいだろうか。長い金色の髪に青い瞳。優雅な立ち居振る舞いだ。
少女の姿を見た瞬間、カテリアーナは驚愕し、思わず目を見開いた。
(……似ている)
少女の顔立ちは、カテリアーナの母であるラストリアの王妃ラグネヴィアに驚くほど似ているのだ。実の娘だというのに、冷たい眼差しを向け続けた女性に瓜二つと言ってもいいほどに似ている。
だが、少女の瞳には温かな優しさが宿っている。
(お母様も優しい眼差しをしていれば、きっとこんな感じなのね)
母の優しさはカテリアーナに向けられることはなかったが……。
少女は息を切らせながらアストレイアスの前で立ち止まる。
「ご無事で安心いたしました」
「心配をかけたようだな」
アストレイアスは自然な笑みを浮かべる。その笑顔は父親が娘に向けるものそのものだった。
カテリアーナの胸にちくりと痛みが走る。
(本当に娘なのね)
ラストリア国王はカテリアーナに笑顔を見せたことは一度もなかった。
少女はアストレイアスの腕に軽く触れる。
「お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫だ」
「良かったです」
安心したように微笑む少女を見ていると、二人が親子として長い年月を過ごしてきたことが伝わってきた。
アストレイアスはカテリアーナたちの方へ振り返る。
「紹介しよう」
アストレイアスが穏やかな視線を向けると、少女は一歩前に出る。
「私の娘だ」
美しいカーテシーで少女はカテリアーナたちへ一礼した。
「お初にお目にかかります。アルデミオン王国第一王女エリンシアと申します」
エリンシアの柔らかな笑顔に見惚れていたカテリアーナだが、慌ててカーテシーをする。
「わたくしはラストリア王国第二王女カテリアーナと申します」
エリンシアは顔をあげたカテリアーナに既視感を覚える。
(この方とは初対面のはずなのに、どこかで会ったような気がする)
一方、カテリアーナもエリンシアと同じようにどこかで会ったような不思議な感覚に捕らわれていた。
母と似た容姿をしているからではない。彼女に対しては嫌悪感は湧かず、むしろ親しみを感じていた。
理由は分からないが……。
二人は同時に思った。
(この方ともっと話してみたい)
この時、運命は静かに二人の王女を引き合わせたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




