1章-2
エリンシアは花が綻ぶように微笑む。
「ようこそ。アルデミオン王国へ。長旅でお疲れではありませんか?」
「いえ……わたくしは……。それよりフィル…フィンラス様を休ませていただけないでしょうか?」
傷が塞がったとはいえ、フィンラスの顔色は青白い。立っているだけでも辛そうなのは、誰の目にも明らかだった。
カテリアーナは心配そうにフィンラスへと目を向ける。
「わたくしのことは後で構いません。まずはフィンラス様を……」
「カティ。俺は大丈夫だ」
「大丈夫ではないわ!」
ぴしゃりとカテリアーナに言い切られ、フィンラスは言葉を失う。
「塞がったとはいえ、ひどい傷だったのよ。すぐに動いていいわけがないわ」
カテリアーナは薬学に精通している。アストレイアスの魔法で傷が塞がれてはいるが、負ったダメージまで回復しているわけではない。それはフィンラスの様子を見れば分かる。
真剣な眼差しで自分を見つめるカテリアーナに、フィンラスは困ったように眉尻を下げた。
「……しかし、其方を放って休むわけにはいかない」
「心配はいらぬ」
穏やかな声音が二人の間に割って入る。アストレイアスだ。
彼はフィンラスの隣へ歩み寄ると、ぽんと肩を軽く叩く。
「こいつの面倒は私が見よう」
「……アストレイアス」
「世界樹の麓に魔力が回復する温泉がある」
アストレイアスは穏やかに微笑みながら続ける。
「傷を塞いだとはいえ、魔力が戻ったわけではないであろう? 何。世界樹の加護を受けた温泉に浸かれば瞬く間に回復する」
フィンラスは小さく息を吐く。
「……分かった。世話になる」
「今さら遠慮する仲でもあるまい」
そのやり取りを見ていたカテリアーナは、自然と肩の力が抜けた。
「安心しなさい。カテリアーナ」
優しく微笑みかけるアストレイアスには、先ほどエリンシアに向けたのと同じ父親の温もりを感じた。
「フィンラスは必ず元気になる」
不思議な説得力があった。理由は分からないが、アストレイアスに任せれば、大丈夫なような気がしたのだ。
カテリアーナは素直にこくんと頷く。
「……はい」
彼女の返事を聞いたアストレイアスは満足そうに微笑み、今度はエリンシアに視線を移す。
「エリンシア」
「はい。お父様」
「カテリアーナ姫に王宮の中を案内して差し上げなさい」
「承知いたしました」
エリンシアは柔らかく微笑むと、カテリアーナに手を差し伸べる。
だが、カテリアーナはすぐに動かなかった。もう一度フィンラスの方へ目を向ける。
フィンラスはカテリアーナの視線に気づくと、優しく微笑んだ。
「そんなに心配そうな顔をするな」
「でも……」
「すぐに元気になる」
安心させるようにフィンラスが頷くので、カテリアーナはようやく微笑みを浮かべる。
「約束よ」
「ああ。約束だ」
二人のやり取りを見守っていたエリンシアは、思わず口元を綻ばせる。
「仲の良いお二人ですね」
ぼそりと呟くエリンシアにアストレイアスは苦笑する。
「ああ。そうだな」
だが、アストレイアスはフィンラスを案じるカテリアーナに妻の姿を重ねる。
(自分のことよりも相手を優先させるか。カテリアーナも恐ろしい目に遭ったというのに……)
その優しさは亡き妻によく似ている。懐かしさに胸が締めつけられ、アストレイアスは苦痛に似た表情を浮かべた。
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