2章-6
アストレイアスの提案にフィンラスは体を起こそうとするが、背中に激痛が走った。
「っ……」
「無理をするな」
上体を起こしかけたフィンラスの肩にアストレイアスは手を置く。
「傷は塞いだが、お前ほどの魔力を持つ者が負った傷だ。完全に癒すには世界樹の力が必要になる」
「大げさだな」
「大げさではない」
苦笑するフィンラスにアストレイアスの声色がわずかに厳しくなる。
「あと一歩遅ければ、お前は命を落としていた」
その一言で空気が張り詰める。
カテリアーナはぎゅっと唇を噛む。やはり自分のせいだったのだと思い詰めた。
彼女の様子に気づいたアストレイアスは、視線だけを向けて穏やかに首を振る。
責任を感じる必要はないと……。
「だが……」
フィンラスは森の上の遥か上空を見上げる。
「カリュオンには供の者たちがいる」
カリュオン王宮にはカルスやエルシーたち、エルファーレンから伴ってきた者たちを残してきたままだ。今も落下したフィンラスやカテリアーナを捜しているに違いない。
「心配はいらない。使いは出してある。今頃、事情を伝えに向かっているはずだ」
フィンラスの心配は杞憂だったようだ。
「……仕事が早いな」
「当たり前だ」
二人は顔を見合わせ、にやりと笑う。
そのやり取りから長年の信頼関係があるのだと感じられた。
「それに……」
アストレイアスは真剣な表情に戻る。
「今回の襲撃は偶然というわけではないのだろう?」
「ああ。前から狙われていた」
フィンラスの瞳がカテリアーナへ向けられる。
「狙われたのは俺ではなく、カティだ」
「わ、わたくしが?」
びくりと肩を震わせるカテリアーナにフィンラスは頷く。
「橋の上で混乱を起こし、その隙にカティを突き落とした。市場に向かう辺りからずっとつけ狙っていたんだ。計画的にな」
「そんな……でも……」
カテリアーナは戸惑った。
「わたくしを狙う理由なんて……」
ないと言いかけて、言葉を飲み込んだ。
ラストリア王国では嫌われ者だった。誰かに命を狙われるほど価値のある人間ではない。そう思っていた。
「理由はまだ分からない。だが、このままカリュオンへ帰ってもまた命を狙われるかもしれない」
アストレイアスは頷きながら、静かに言った。
「だからこそ、安全な場所へ行くべきだ」
フィンラスは迷っていた。本来であれば自国へ戻るべきなのだろう。しかし、今の自分では満足に動くことすらできない。再び襲われれば、今度はカテリアーナを守れないかもしれないのだ。
「……分かった。すまないが世話になろう」
「遠慮はいらぬ」
アストレイアスは柔らかく微笑む。
「私の国とエルファーレンは古くからの盟友だ。もちろん君も一緒だ」
ごく自然にカテリアーナもハイエルフの国へと誘われ、目を瞬かせる。
「わたくしも……ですか?」
「置いてゆくわけにはいかないであろう」
当然のようにアストレイアスは答える。
「カティを置いてゆくのであれば、俺は行かないぞ」
フィンラスはフンと鼻を鳴らす。
「当たり前だ。お前だけを連れていっても仕方ないであろう」
呆れたような顔でアストレイアスは同じく鼻を鳴らす。
「ですが、ご迷惑ではないでしょうか?」
狙われているのがカテリアーナだというのであれば、ハイエルフの国にも襲撃者が来るのではないかと考えたのだ。
「迷惑などではない。それに元々我が国に訪問する予定であったのだ。少し早まったと思えば良い」
優しいアストレイアスが胸にじんわりと染みた。妖精は人間族に嫌われていたが、こんなにも優しい種族だと人間たちは知っているのだろうか?
「……ありがとうございます」
素直に礼を言いながら頭を下げるカテリアーナを見て、アストレイアスは胸が痛くなる。
この少女にはもっと笑っていてほしい。遠慮はいらないからもっと甘えてほしい。それこそ娘のように……。
どうしてそう思うのかは分からない。だが、はっきりしているのは、この少女を守りたいという想いだった。
木の葉を踏む音がしたかと思うと、数頭の白鹿が姿を現す。
白鹿たちはアストレイアスの前で静かに膝を折った。
「迎えがきたようだ」
アストレイアスは白鹿を撫でると、フィンラスたちに視線を移す。
「さあ、アルデミオンへ向かおう」
世界樹に守られているというハイエルフの国。
人間族はもちろん、妖精族でさえ容易には立ち入ることのできない秘境へと――。
ここまでお読みいただきありがとうございました(* ^▽^ *)
次回からは第四部となります。
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