2章-5
青年は再びフィンラスに手をかざし、傷の手当てを始める。
(治癒魔法というのかしら? 魔法はやっぱり不思議な力ね)
青年の手から溢れ出る緑の光を見ながら、カテリアーナはまだ自分が名乗っていないことに気づく。
「あ、あの……わたくしはカテリアーナと申します」
「……フィンラスの妃となる人間族の姫か」
「はい」
フィンラスから目を離さず、青年は一つ息を吐く。
「私はアストレイアス。ハイエルフの王だ」
「ハイエルフ……」
ハイエルフの国アルデミオン王国は一番最後に訪問する予定の国だ。その国の王を目の前にして、カテリアーナは驚きはしたが、不思議とやはりという気もした。
「アストレイアス様。彼を……フィンラス様を助けていただきありがとうございました」
「……礼には及ばぬ」
アストレイアスはかざしている手を離した。
「命に別状はないが、この傷はすぐには治らぬな」
「……そんな」
カテリアーナの顔から血の気がひいていく。
「わたくしのせいで……」
「それは違う」
自分を責めるカテリアーナの言葉をアストレイアスは否定する。穏やかではあるが、はっきりとした口調で……。
「君のせいではない」
「ですが……」
「彼は自ら選んで、君を守ったのだ」
眠るフィンラスの顔を見ながらカテリアーナは落下している時のことを思い出す。
自分を抱き寄せて、躊躇なく地面へ背を向けた。あの時の穏やかな笑顔に胸が締めつけられる。
「どうしてなの?」
子供の頃に出会っているとはいえ、ラストリアから押しつけられた政略結婚の相手だ。命を懸けるほどの価値が自分にあるとは思えなかった。
「フィンラスはそういう男だ」
アストレイアスはカテリアーナを静かに見つめた。
「え?」
「誰かを守るためであれば、自分が傷つくことを厭わない」
どこか昔を懐かしむような口調でアストレイアスは苦笑する。
「君主としては失格だがな」
国を守るのは君主の務めだが、一人一人を守れるわけではない。そんなことをしていたら、命がいくつあっても足りない。とアストレイアスはフィンラスを諫めたこともある。だが、フィンラスは聞かなかった。
「彼とお知り合いなのですか?」
「ああ。彼がまだ国王になる前からの付き合いだ」
「……そうなのですか?」
「君が生まれるずっと前からだ」
その言葉にアストレイアスはわずかに息を呑む。
――君が生まれる前。
自然に出た表現に自分でも戸惑った。
まるでその瞬間を知っているようだと。
カテリアーナはアストレイアスの僅かな動揺に気づかず、小さく笑う。
「フィンラス様が子供の頃のことですか?」
「そうだな」
「はなたれ子猫だったのですか?」
以前、パールがフィンラスの子供の頃をそう表現していたのを思い出す。
「猫の姿で木に登っては落ちて、鳴いていたな」
子猫のフィンラスが木の上でにゃあにゃあ鳴いている姿を思い浮かべたカテリアーナは、あまりにも微笑ましくてつい笑ってしまった。
カテリアーナの笑顔につられてアストレイアスも笑う。
「おい……」
突然、抗議の声がしたのでフィンラスに視線を向けると、薄く目を開けていた。
「それは……一度だけだ」
「目が覚めたか」
安堵したようにアストレイアスは息を吐く。そして口の端を吊りあげる。
「一度ではなかったと思うが?」
「……一度だけだ」
かすれ気味な声で言い返すフィンラスに、アストレイアスは声をあげて笑う。
そんなアストレイアスを見たカテリアーナは目を丸くする。微笑むことはあっても、声をあげて笑うとは思わなかったのだ。ハイエルフは感情の乏しい種族だと聞いていた。だが、目の前にいるハイエルフの王は感情豊かに見える。
そして、フィンラスが目を開けたことにほっとすると目が熱くなったが、ぐっと堪えた。
「フィル、良かった」
「其方は無事なのか?」
こんな時でもカテリアーナの心配をするフィンラスに胸が張り裂けそうになる。
「けが一つ負っていないわ」
「そうか。ならば問題ないな」
「問題あるわよ!」
思わず大きな声を出すカテリアーナにフィンラスはビクリと肩を揺らす。
「血だらけだったのよ!」
「カティが無事であればそれでいい」
「よくないわよ!」
堪えていた涙がついに目から溢れて止まらなくなってしまう。
「貴方がいなくなってしまうかと思って、気が気じゃなかったわ!」
そのまま泣き出してしまったカテリアーナを抱きしめたかったが、体が動かなかった。代わりにアストレイアスがカテリアーナの肩を抱く。
(なるほど。この二人は互いに想い合っているということか)
アストレイアスの口元が緩む。そして、静かにフィンラスへこう告げた。
「フィンラス。ここは危険だ。ひとまず私とともにアルデミオンへ来い」
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




