2章-3
市場を抜けると、街はさらに高い場所へと続いていた。
巨木と巨木を繋ぐ太い枝の上に白い石畳が敷かれ、脇には花々が咲き誇り、風にそよそよと揺れている。
「ここは『風見の回廊』という」
「街が一望できるのね。すごいわ!」
「王宮へ向かう道の中でも一番景色が良い」
先ほどカテリアーナたちが歩いてきた道が遥か彼方に見える。
さほど離れていないところに、護衛たちの姿が見えた。不穏な動きを察知したフィンラスが、警戒して呼び寄せたのだ。
「広いけれど、ここも吊り橋になっているのね」
「カティ、あまり端へ寄るな」
「どうなっているのか、少し見るだけよ」
「全く好奇心の塊だな。其方は……」
諦めるようにフィンラスがため息を吐いた瞬間だった。
――カツン。
どこかで小石を蹴ったような音がした。
フィンラスの耳がぴくりと動く。妖精猫である彼の鋭い聴覚が、風に紛れた僅かな物音を捉えた。
「……何者だ?」
低く呟いた次の瞬間。
近くを歩いていた一人のハーピィが、突然体勢を崩した。
「きゃっ!」
彼女が手にしていた荷物が宙を舞う。荷物の中身は果物だ。果物はゴロゴロと転がり、通行人たちが驚いて声を上げた。
「危ない!」
人々の視線は一斉にそちらへ向く。
それはほんの一瞬の隙だった。
黒い外套を纏った人影が、橋の支柱の陰から音もなく現れる。顔は仮面で隠されていた。
迷いのない足取りでカテリアーナの背後へ近づき――
ドンッ!
強く彼女の背中を突き飛ばした。
「え?」
足から床の感触が消えて、そして視界が傾いた。
体が浮かぶ感覚とともに、空が横目に流れる。
遥か遠くに見えていた森が眼前に広がった。
「きゃあああああっ!」
カテリアーナの悲鳴が空に吸い込まれていく。
「カティ!」
フィンラスは反射的に駆け出し、腕を伸ばすが届かない。
迷う暇などなく、彼はそのまま橋の欄干を蹴り、空中へと身を躍らせる。
「フィル!」
「カテリアーナ様!」
王宮から駆けつけてきたカルスとエルシーが同時に二人の名を叫ぶが、彼らの姿はぐんぐん遠ざかっていく。
「エルシー! 女王陛下へ知らせに行ってくれ! 私は陛下たちを追う!」
「は、はい!」
エルシーがケットシーの姿に変わり王宮へ駆け出すのを見ると、カルスは鳥に姿を変え翼を広げる。
周囲のハーピィたちも互いに頷き合い、飛び立とうとした。
だが、黒衣の男が小さな水晶を投げる。水晶がパリンと乾いた音をたて割れると、辺り一面が黒く濃い霧に包まれる。
「視界が!?」
カルスを始めとするハーピィたちの翼が重くなり、飛び立つことができない。
変化が解けたカルスは舌打ちをする。
「くそっ! 魔封じの霧か!?」
◇◇◇
一方。
落下するカテリアーナは必死に目を開けていた。風圧で息をすることができない。体が言うことを聞かない。今にも気を失ってしまいそうだ。怖い。
だが、彼女の視界がフィンラスの姿を捉える。
「フィル!」
自分を追ってきたであろう彼は、カテリアーナ目がけて一直線に向かってきた。
「どうして!?」
涙がにじむ。なぜ来たのかという思いと、来てくれたうれしさがないまぜになる。
「捕まえた!」
力強い腕が彼女を抱き寄せる。
フィンラスは体勢を変え、片腕でカテリアーナを抱えると、もう片方の手を空へ向ける。
「風よ!」
淡い光を放った魔法陣が空中に浮かび、落下速度が僅かに緩む。
しかし、あまりにも高度がありすぎた。
完全に速度を落とすには、地面が間近に迫りすぎている。
フィンラスは静かに目を閉じると、決意した。
「……カティ、俺にしっかり掴まっていろ」
カテリアーナを腕に抱きこみ、反転して自分の背中を地面に向ける。
「嫌よ!」
フィンラスの体をしっかりと掴みながらもカテリアーナは叫ぶ。
「そんなことはしないでちょうだい!」
「君だけは守る」
「貴方が傷つくのは嫌!」
「大丈夫だ」というようにフィンラスは優しく微笑む。
その笑顔を見た瞬間、カテリアーナは激しく首を振ったが、フィンラスに頭ごと抱えこまれる。
「嫌! フィル!」
叫びは風にかき消される。
地面はすぐそこまで迫っていた。
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