2章-2
リューネの案内で市場の通りへ足を踏み入れる。
吊り橋を渡った先には、様々な露店が軒を連ねていた。
雲の花の蜜から作ったという飴に、風を閉じ込めてあるという小瓶。虹色の珍しい布は雨上がりの虹の光を織り込んであるという。
「すごいわ。珍しい物がいっぱいね」
人間の国でも祭りは行ったことがないカテリアーナだが、おそらくこんな不思議な物は売っていないだろう。
「ねえ、フィル。見て!」
カテリアーナはガラス細工のように透き通った鈴蘭を手に取る。花は風に揺れると、鈴のような澄んだ音を奏でた。
「すごくきれいだわ」
「それは風鈴花という。ハーピィたちが好んで育てている」
「そうなの。心が洗われるような音ね」
うっとりと風鈴花に耳をすませるカテリアーナを見て、店主の老ハーピィは目を細めた。
「気に入ったのなら、お嬢さんにあげよう」
「え?」
「人間のお客さんは珍しいからね。それにお嬢さんの笑顔を見ていたら、商売抜きで贈りたくなったんだよ」
「そんな! タダではいただけませんので、買います!」
「いいんだよ」
老ハーピィはにっこりと微笑み、花を差し出した。
「歓迎するよ。人間のお嬢さん」
カテリアーナは大切そうに花を受け取ると、満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。とてもうれしいです!」
その笑顔につられるように、周囲の露天の店主たちも次々と声をかけてきた。
「果実酒を飲んでいかないかい?」
「焼きたての木の実のパイはいかが?」
「織り物はどうかしら?」
あっという間に両手いっぱいになったお土産を抱えて、カテリアーナは苦笑する。
「こんなにいただいてしまってどうしよう?」
「それだけ歓迎されているということだ」
穏やかなフィンラスの横顔を見て、カテリアーナは目を伏せた。
「不思議だわ」
「何がだ?」
「ラストリアでは、九割方の人はわたくしを見ると嫌な顔しかしなかったわ。でも、妖精の国に来てからは違うから……」
エルファーレン王国に嫁ぐ時、何年ぶりかに公の場に出たカテリアーナに周囲の視線は冷たかった。誰もが『妖精の取り替え子』と蔑んでいたのだ。
「初めて会ったばかりの、しかも人間にこんなにも優しくしてくれるのね」
その声には戸惑いが混じっていた。嬉しいが、でも信じられない。そんな複雑な響きだった。
「妖精族は種族にはこだわらないからな。人間であろうとも……」
「そうなの?」
「カティは心が優しいからな。心音がきれいな者が妖精族は好きなんだ」
カテリアーナは目を丸くした。
「そんなことが分かるの?」
「妖精族は嘘や悪意に敏感なんだ」
フィンラスは度々猫のノワールとして、カテリアーナのもとを訪れていた。彼女の祖母クローディアを始め、カテリアーナに仕える者たちは皆心がきれいだったのだ。
だからクローディアが生きているうちは、例えそこが人間の国であろうと、フィンラスには居心地が良かった。
ところがクローディアが亡くなり、カテリアーナが塔に閉じ込めれてからは、ラストリア王宮はまるで悪意の塊のようだった。息が詰まりそうだと何度も思ったのだ。それでも、フィンラスはカテリアーナに会いたかった。彼女を助けたかった。
ラストリア王国からカテリアーナとの縁談が来た時、迷いなく受けた。これで彼女を助けることができる。幼い頃から見守ってきた愛おしい存在を。
「フィル?」
「いや。カティが喜んでくれたのならば、何よりだと思ってな」
そう。カテリアーナが幸せであれば、それでいいのだ。
その時、どこかで鳥の鳴き声が響いた。
「……伝令?」
一羽の白い鳥がリューネの肩に舞い降り、何かを囁くように鳴く。そして、再び空へと飛び去っていった。
「リューネ、どうしたの?」
カテリアーナが尋ねると、リューネは困ったように微笑む。
「市場の外れのほうで揉め事があったみたいです。でも大したことではありません」
そう答えてくれたが、その笑顔はどこかぎこちないものだった。
「風が変わったな」とフィンラスが空を見上げる。
先ほどまで心地よかった風が、どこか重く感じる、
「……リューネ」
「はい」
「少し離れたところに護衛たちがいる。すまぬが呼んできてもらえるか?」
「承知しました」
リューネは羽根を広げると、空へ舞い上がった。
フィンラスはカテリアーナを自分の近くへ引き寄せる。
「フィル?」
「俺から離れるな」
「どうして?」
「……嫌な予感がする」
妖精王であるフィンラスの勘は外れたことがない。
しかしカテリアーナは、そんなフィンラスとは裏腹に首を傾げるだけだった。
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