冒険者は顔を上げる。
熱い。
炎がアリの化け物を燃やしていく。
化け物以外でここにいるのは私とアシバの2人だけ。
だからこの炎の正体が何の確証も証拠もないけれど、わかった気がした。
この炎はアシバの仕業だ。
どうやっているのか全くわからないけれど、彼はまるで魔法のように炎を操っている。
魔法なんてお母さんが読み聞かせてくれた物語でしか存在しない架空のもの。だけど今、目の前で怪物達を燃やしている炎はまさに魔法だ。
「やっぱり多いな。」
だけど化け物達は炎にひるむことなく襲いかかってくる。襲いかかるたびに燃やされていくのを見ているにもかかわらずアリの化け物達は立ち向かってくる。こいつらは死ぬのが怖くないのだろうか。
でも、前に町を襲ってきた暴牛も自分の命を省みずに暴れていた。見た目は全く別物のはずなのに命を捨てる勢いで暴れるところは似ている。
あの時の暴牛とこの化け物とは何か関係があるのだろうか。
「ナナ、一歩後ろに下がって。」
なぜ、とは思ったけど言われた通りにするとさっきまで私が立っていた場所に黒い腕が勢いよく突き出た。アリの化け物が穴を掘り進んでここまできたのか。穴から這い出ようとしたアリの化け物だがそいつも一瞬で燃えてしまう。
あそこにとどまっていたらどうなっていたのだろうか。背中に冷や汗が伝う。
「しょうがない。」
彼は突然私に抱きつく。身長差はかなりあるはずなのに彼はそれを気にすることはなく正面から両腕で私の腰をガッチリと掴む。
「えっ!ア、アシバ!一体何を。」
「一緒に来て。その方が安全だから。」
いきなり彼と密着したせいで私は慌てふためく。彼とこんなに近いと心臓に悪い。ここまで距離がないのは初めてだ。動揺のあまり足下がないように感じる。
「…あれ?」
違う。
てっきりそう錯覚してしまったのかと思ったけれど、本当に足下の地面がない。
「ええええええっ!!」
「舌噛むから口閉じて。」
落ちていく。
上を見れば光がどんどん遠ざかっていく。下を見れば一寸の先も見えない真っ暗闇。隣を見ればアシバがいる。だけど彼の姿は暗闇でだんだんと見えなくなっていく。
暗いのは怖い。
だから私は彼の服を強く握った。
大丈夫、大丈夫。
自分にそう言い聞かせながら私達は落ちていく。
◆◇◆◇◆◇◆
あぁ、やっぱりここは暗い。自分の手元さえ見えない。
怖い怖い怖い!暗闇は嫌いだ。
時々見える炎のおかげで一瞬見える化け物も怖いけど、彼の姿が見えない方が怖い。
ここに着くなり彼は「そこから動かないで。」と言ったとたん何処かへ行ってしまった。そしてすぐに化け物の悲鳴が聞こえた。
「ギィィィィィィ!!」
「アアアアアァァァァ!!」
「キィッ!!」
目を強く閉じる。怪物達の断末魔も嫌で耳を塞ぐ。一瞬上に何かが通り過ぎた気がして、思わずしゃがみこむ。
彼の声は聞こえない。聞こえるのは怪物どもの悲鳴だけだ。暗くて何も見えないけど、洞窟にいた怪物達と似た声だからここにも怪物達がいるんだ。
ここは怪物の巣だとアシバは言っていた。だから化け物はたくさんいる。だけど地下にまだこんなにいるとは考えもしなかった。こんな真っ暗な地下に行くと思いもしなかった。
姿だけでなく生態さえアリにそっくりなのか。首から下は人間みたいな体のくせに。
早く終われ早く終われ早く終われ。
アシバが化け物を倒してくれているのはわかっている。私が足手まといだということもとっくに知っている。
分かってはいるけどここにいるのは嫌だ。
暗いとあの時のことを思い出す。
あぁ、嫌だ。思い出したくない!
何か別のことを考えて気を紛らわせよう。
そういえばここに落ちてからどのくらいだったのだろう。長く感じたけど、時間はそんなにたっていないかもしれない。
「あれ?」
気づけば、怪物達の声がやんでいた。
耳を塞いでいた手を退けて音を聞く。さっきまでは耳を塞いでいても怪物達の断末魔が聞こえていたのに、今は静かだ。
それで余計に不安になった。
アシバは無事なのだろうか。
不意に、肩の上に何かが乗った。
「ひっ!」
心臓が跳ね上がり、驚いた拍子に体勢を崩したせいで尻餅をついてしまう。
まさか、あのアリの化け物?いや、違う。その割には柔らかく、優しい感じだった。暗くて何もわからないけど、肩に置かれたものは手だったのだろうか。
「…アシバなの?」
何とか噛まずに言えた。
すると返事を返すように目の前に火が現れた。
1つ、また1つと火は増えていき、私の周りが明るくなっていく。
「生きてる?」
声がした方を見る。
明かりのおかげで彼の姿がよく見えた。
彼だ。無事だったんだ。
「…うん。生きてる。」
彼の顔を見るのが久しぶりのように感じる。
彼はかがんで私の手をとる。触れてくれた手は、すごく冷たかった。
「上に戻るから行こう。立てる?」
「うん。」
これ以上ここには留まりたくない。
私は立ち上がり、上を見る。
上には穴が見える。穴からは光が見えるから外につながっているのが分かる。きっと私達はあそこから落ちたんだ。
「でも、どうやって戻るの?」
ここからだと穴は小さく見えるけど、遠いからそう見えるだけだ。彼は上に戻るといったけど、どうするつもりなんだろう。
「こうする。」
彼は言うと同時に私の腰に抱きつく。
「えっ!?ちょ、ちょっと待ってアシバ!」
穴に落ちる前もこんな風に密着されたけど、あの時と同じように鼓動が早くなる。
…あれ?
何で彼は私に抱きついているんだろう?
あの時は落ちていく私を守るために取った行動だと思っている。実際こんな深いところに落ちたにも関わらず怪我ひとつない。
じゃあ今は何で私に抱きついているの?
…まさか。
「わぁぁぁぁぁぁぁ!!」
考えるよりも先に、私の体は飛ぶ。
彼に抱きつかれたまま私達は上へと飛んでいく。
思わず彼の頭にすがりつく。こうでもしないと落ちそうで怖い。彼がしっかりと私の腰を抱えているから落ちはしないかもしれないけど、怖いものは怖い!
落ちる時とはまた違った恐怖から私は目を強くつぶった。




