冒険者は離れない。
「ああああああああああああああ!」
「ひ、ひいぃぃ。」
男の悲鳴に連鎖するように、他の男達からも悲鳴が上がる。恐怖のあまり腰を抜かしてしまうものもある。
無理もない。あんな化け物を目にしたら誰だって恐怖を抱く。オルトドールの1番後ろにいた男に至っては腕の一部を食われたんだ。
あぁ、あんなに血が出ている。
「痛い痛い痛い痛いたい痛い!」
あの時、もし彼が助けてくれなかったら私もあぁなっていたんだ。
あぁ、よかった。
…いけない。こんな時に何を考えているんだ。
「大丈夫か!」
オルトドールは負傷した男と腰を抜かしている男の2人を抱えその場から後退をしていた。負傷している男は腕を食われたこと以外は何もされなかったため簡単に救いだされた。
「あぁ、仲間じゃないんだ。」
それと入れ替わるようにさっきまで隣にいたはずのアシバが化け物の前に立っていた。
化け物はアシバを襲おうと手を振り上げ、燃えた。
燃えたのだ。
何の予兆もなく化け物はいきなり燃えてしまった。
化け物は炎に焼かれしばらくの間のたうち回っていたが、やがて動かなくなってしまった。
やがて炎が消え、後に残ったのは黒い灰のようなものだけ。
この場を恐怖で支配していた化け物は簡単に燃え尽きてしまった。
「…なんなんだあの化け物は!一体どこからやってきたんだ。」
目の前の出来事に呆然と見ていた私達の中でいの1番に声を出したのはオルトドールだ。
声がした方を見れば狼狽しているオルトドールとその横にいる男との2人がいる。先ほどの化け物に腕を食われた男だ。よく見れば簡単な応急処置が施されている。オルトドールがやったのだろうか?
「違うよ。こいつらはもともとここに潜んでいた。ここにやってきたのはあんた達だよ。」
振り返る彼の表情からは怯えや恐怖は一切ない。それどころかこの状況になれている気がする。
アリの化け物が現れたことも、それが突然燃えたことも知っているような口ぶりだ。
「お前、何か知っているのか!教えろ、あれは何なんだ。」
「まぁ、別に教えてもいいけど信じないと思うし、そんな時間はないよ。」
彼が指をさした穴の方を見ると、そこには何もない。
だけど音が聞こえてくる。
カツカツカツカツカツ、と注意深く聞かなければ聞こえないほど小さな音がだんだんとこっちに近づいてくる。
「ここにはあれがうじゃうじゃいるから早く逃げたほうがいいよ。」
喉奥から掠れた音が聞こえた気がした。
でもそんな事に気をかけるほどの余裕は私にはない。
穴からあの化け物が何匹も出てきたんだ。よく見れば他の穴からも化け物が出てきている。
視界が少しぶれている。地面が揺れているのだろうか。
いや、違う。
恐怖で体が震えているんだ。あの恐ろしい化け物がこんなにいるとは思ってもいなかった。1匹だけならここまで恐怖を感じなかったけど、囲まれたこの状況では冷静になるのは無理だ。泣き叫んでいないだけまだましだ。
「ぐぁっ!」
短い悲鳴が聞こえた。
オルトドールの声だ。
今度は何だと声がした方を見るとオルトドールが腕から血を流している。その一方で負傷している男が立ち上がっている。
「お、おい。どうしたんだよお前。何やってんだよ、お前!」
「あー。」
仲間の声で振り返った男の表情には生気がない。目は虚ろで口は半開きでそのせいでよだれが垂れている。
「何だよ。なぁ、おいこっちにくるな!やめ、ぎゃああああああああ!」
男は負傷しているにもかかわらず仲間の男を押し倒し、肩のあたりを噛み付いた。
噛み付かれている男が痛みのあまり暴れるせいであたりに血が飛び散る。
あぁ、何なんだこれは。
周りには化け物。人間である男は発狂して仲間を襲う始末。
ここで、こんな形で私の人生は終わってしまうの?
化け物に食われて死ぬの?
縋る思いで彼の方を見る。
いつも無表情の彼も流石にこの異常な状況には何かしらの反応を見せてくれるかもしれない。
だけど彼は絶望的な状況にもかかわらず表情を少しも崩さない。
「アシバ、どうしよう。」
化け物はじりじりとこちらの方へと近づいてくる。
そして、燃えた。
さっきの化け物の時と同じように突然炎が現れた。今度は牽制するかのように化け物達の眼前で燃えている。
あそこには何の火種もないはずなのに勢いよく燃えている。
彼は炎に目をくれる事なく、躊躇なく発狂している男を蹴り上げた。
「がっ!」
「生きてる?」
「いてぇ、いてぇよ」
新たな負傷者は生きている。意識もはっきりとしているようだ。
彼は負傷している男は見てはいるが、ただ見ているだけだ。
励ましの言葉をかけず、手当てをする様子はない。
本当に見ているだけだ。
「…あいつらに噛まれると感染するのか。」
しばらく見ていた彼は動き出す。
正気の男の方へ近寄り屈むと親指を噛み切った。何をしているのかとよく見ていると彼は流れ出る血を数滴ほど男の傷口へと垂らす。
すると、不思議なことが起こった。
男の出血は止まり、傷が少しずつ治っていく。男も自分に起きた事に驚いているのか目を見開いている。
傷口は塞がったのか男は勢いよく起き上がり傷があった場所に手をやる。
「ない。治ってる。」
彼は男に声をかける事なく今度は先ほど蹴り飛ばした発狂している方の男の方へと歩み寄る。
そして、同じようにオルトドールが施した応急処置を施した腕に血を数滴かける。
すると男は発狂していたのが嘘のように落ち着き、気絶してしまった。見えにくいがあの男も傷口が塞がったのかもしれない。
そして、負傷しているオルトドールにも血を数滴かければ当たり前のように傷口がなくなっていく。
「お前、一体何者なんだ。」
「いいから早く逃げなよ。あれ、あんまり長く保たないから。」
炎を飛び越えようともがいているアリの化け物を目にしたオルトドールはすぐさま行動を開始した。
「動けるものは走れ!こいつは俺が背負っていく。」
宣言した通り、オルトドールが気絶した男を抱き上げるとすぐさま出口の方へと走り、外へ出ていく。他の男達もそれに続いて外へと逃げていく。
「ナナも早く。」
「うん!」
私も急いで外へ続く穴に目指して走っていく。
「ん?」
地面から振動を感じた。
地震かと思った瞬間、地中から何かが飛び出してきた。
「ひっ!」
恐怖で足がすくみ、止まってしまった。
アリの化け物が現れた。
まさか、穴を掘ってここまでやってきたのか。
化け物は私を捕まえるためなのか手を上げたが、目の前でまた燃えてしまった。
近くにいたからはっきりと見ていたがなぜ燃えたのか見当もつかない。
「ナナ、こっちに来て。」
言われた通り彼の方へと走る。
彼の後ろに立ち出口があった方を見ると空けられた地面の穴からアリの化け物が続々と出てくる。
…出口が塞がれてしまった。もう逃げられない。
「ナナ。」
名前を呼ばれた。
声をかけてくれた彼を見ると目が合う。
「なるべく僕から離れないで。」
状況は絶望的だ。わからない事だらけだ。色んなことが起きて何がどうなっているのか全くわからない。
彼1人でこの状況を打破できる保証はどこにもない。
だけど私は黙って頷いた。
だって、約束したんだ。
『これから色んなものを見ることになるけど、ほんの少しの間だけ僕の言うことを聞くって約束してくれる?』
約束は破りたくない。
あなたとの約束なら、なおさらだ。




