第99話:激怨の黄金、慟哭の荒野
見渡す限り何もない、静寂と土埃に包まれた荒野。
パワードスーツの大爆発によって地表へ叩きつけられた魔将軍バロールは、しかし何事もなかったかのように悠然と立ち上がった。その手には大剣が握られている。
バロールの遥か後方からは、ロングソードを握りしめたトリスタンが必死の形相で駆け寄っていた。
バロールが見上げる大空――その遥か前方から、超スピードで飛来する影があった。背部ノズルを限界まで吹かし、エクスカリバーを構えたクリストフである。
「クリストフ、やめて! 止まって!!」
トリスタンが喉を潰さんばかりに叫ぶ。
「へへ……悪いな、トリスタン。こいつは俺の獲物だ。……長いこと待ち続けた、本物の標的さ」
サイコドライブで完全制御されたパワードスーツの超推進力に、地に足をつけて走るトリスタンの速度がかなうはずもなかった。
「クリストフ! 頼むよ! 僕にまかせて! やめて……やめてくれぇぇ!!」
涙を撒き散らし、顔を歪ませながらトリスタンは走り続ける。
ついにクリストフのパワードスーツが、エクスカリバーを頭上に振り上げ、バロールの眼前へと迫った。
「死ねぇぇッ!! カトリーナの仇だあぁぁぁッ!!」
渾身の力を込めた一閃が、バロールの肩口を直撃する。
バロールが一瞬、苦痛に眉をひそめた。エクスカリバーの刃がその肩肉を切り裂き、深く食い込む。
だが――致命傷に至る前、刃は凄まじい肉の硬度に阻まれ、ぴたりと止まった。
「な……なに!?」
クリストフがパワードスーツのノズルを全開にして押し込もうとするが、エクスカリバーは微動だにしない。
「ふふふ……驚いたぞ。人間ごときが、この私に傷を負わせることができるとはな……」
バロールは、クリストフのパワードスーツの「魔導障壁」を眩く飛び散らせながら、意にも介さず自身の大剣をぬうっと押し込んできた。
ターゲットは、チェストガードと胴回りパーツの隙間――装甲の存在しない、クリストフの無防備な腹部。
――ズスッ!!
鋭い大剣が容赦なく腹を貫き、背中側へと牙を剥いた。
「ぐはっ……! ぐふうっ……!!」
大量の血を吐き出し、クリストフの顔が凄惨な苦悶に歪む。
エクスカリバーの光刃が自動的に霧散し、手元に残った柄が力なく地面へ転がり落ちた。
「うわあぁぁぁっ! やめてよ! やめてくれぇ! お願いだ……クリストフ!!」
絶叫しながら大粒の涙を流すトリスタン。
「誇るがよい。お前の顔は戦士として、このバロールの記憶に深く刻まれるだろう……」
バロールは淡々と言い放つと、眩いバウンダリー・ハルの光を散らしながら、深く突き刺さった大剣を静かに引き抜いた。
クリストフの身体が、そのまま後ろへバタンと大の字に倒れ伏す。
「うおぉぉぉぉッ! 許さねぇぞ!! クソ野郎があぁぁぁッ!!」
半狂乱となったトリスタンが、バロール目掛けて突撃した。
固く握りしめられたロングソードの柄は、無意識のうちに――3本の手で力強く固定されていた。
背後に迫る尋常ならざる気配を感じ取ったバロールは、急旋回しながら強烈な横なぎの一閃を放つ。
――ガンッ!!
恐ろしい質量を持った大剣の振り下ろしを、トリスタンはロングソードで正面から受け止めた。
凄まじい衝撃波が弾け、ロングソードの刃は耐えかねて砕け、弾け飛ぶ。
しかし、3本の腕でがっちりと受け止めたトリスタンの身体は吹き飛ぶことなく、深く大地を噛んで踏み止まった。
トリスタンは即座に折れた剣を投げ捨て、低い姿勢でバロールの太ももへ潜り込むように抱きついた。
「な、なに!?」
バロールが驚愕の声を上げる。だが、すでに遅かった。
トリスタンの全身から、溢れんばかりの眩い黄金の光が爆発的に噴き出したのだ。
「ぐああぁぁぁッ!?」
バロールの下半身が、触れた黄金の光によって瞬時に焼けただれていく。
「くそっ! 離せッ!」
バロールは大剣をトリスタンの背へ突き立てようと振り下ろした。しかし――
キンッ!!
甲高い拒絶の音が響き渡り、大剣は弾かれ、トリスタンに触れたバロールの腕までが凄まじい熱量で焼き削られていく。
「こ、こんな……バカな……ッ!」
ついに腰から崩れ落ちたバロールの上に、トリスタンが馬乗りになった。
「お母さんと、クリストフの仇だあぁぁぁッ!!」
感情を剥き出しにし、トリスタンは力任せにバロールの顔面を拳で殴り続けた。
「お前さえいなければ! お前さえいなければ! お前さえいなければ! お前さえいなければ! お前さえいなければ! お前さえいなければ! お前さえいなければ! お前さえいなければ! お前さえいなければぁぁぁ……!!」
これまで経験したことのない、狂おしいまでの怒りと悲しみが黄金の光を果てしなく増幅させていく。その輝きは広大なアリュナス荒野全体を照らし出すかのようだった。
「うわっ! 眩しい……っ!」
遅れて駆けつけてきたフリントが顔を手で覆い、あまりの光量に思わずその場へしゃがみ込む。
やがて――荒野を包んでいた黄金の光がゆっくりと収束し、弱まっていった。
光が完全に失われた時、そこに残されていたのは、骨すら残らず焼き尽くされた灰と、虚しく転がる禍々しい鎧の残骸だけだった。




