第100話:夕闇の誓い、去りゆく背中
「クリストフ! クリストフ! しっかりして! お願いだよ……!」
しがみつくようにして、トリスタンは倒れ伏したクリストフのもとへ駆け寄った。目からは止めどなく涙が溢れ出していく。
クリストフは、パワードスーツを全身に纏ったままだった。もはや機体を分離し、パーツを飛ばすような気力すら残されていない。
それでも――手足を微かに動かすためだけのサイコドライブは、機能を保っていた。
クリストフは震える手を持ち上げ、泣きじゃくるトリスタンの頭をそっと撫でた。
「よくやったな……トリスタン……よく、やった……」
「なんでだよ……なんで! こんなの酷いよ、おかしいよ……! クリストフまで、僕を置いていかないでよ……っ!」
溢れ出る涙を拭うことすら忘れ、トリスタンはパワードスーツの冷たい胸甲に顔を押し当てて嗚咽した。
「泣くな、トリスタン……。これでいいんだ。泣かないでくれ……」
クリストフは優しく微笑み、トリスタンの肩をぽんと叩く。
「良くないよ! 助けを呼ぼう! きっと助かるよ……僕が何とかして、どこかに運ぶから……!」
縋るような瞳で見つめるトリスタンに、クリストフはゆっくりと、しかし確実に首を振った。
「いいんだ。このまま死なせてくれ……これが、俺の望みだ」
「そんな……」
トリスタンは深い悲しみに身を打ち震わせ、クリストフを見つめることしかできない。
「俺はな……カトリーナに約束したんだよ。絶対に……会いに行く、ってな……」
「がはっ……!」
クリストフの口から、どっと鮮血が吐き出された。
「クリストフ! 喋らないで!」
「お前のおかげで……」
血に塗れながらも、クリストフはトリスタンを見つめ、どこか清々しい笑みを浮かべた。
「『トリスタンの奴が、お前の仇のバロールを倒したぞ』って……あいつに、いい土産話ができた……」
「……っ!」
「ありがとうな……トリスタン……」
トリスタンはクリストフの手を固く握り締め、必死に首を振った。
「初めて会った時……覚えてる? あの討伐隊の訓練場で……突然現れた、何も知らない僕に温かく接してくれて……」
「……」
「お母さんの技や、新しい技を教えてくれたでしょ? それ以外も……料理のことや、お金のことや……全部、僕に教えてくれたのはクリストフだ。クリストフなんだよ……! 感謝しなければいけないのは、僕のほうだ……っ!」
堪えきれない涙が、再びトリスタンの頬を激しく伝い落ちていく。
「ありがとう……本当に、ありがとう……クリストフ……!」
「なあ……トリスタン……」
「ん……?」
トリスタンは泣き濡れた瞳で、クリストフの目を見つめ返した。
「こんな俺が言う資格はないが……自分でも、あまりにも勝手だと思うが……最後にひとつだけ、お願いしていいか……?」
「もちろんだよ。何でも言ってよ……!」
トリスタンは涙を流しながらも、笑ってみせた。
「お前だけは……生きててくれ……」
「え……?」
思いがけない言葉に、トリスタンは驚いた表情を浮かべる。
「勝手なもんだがな……カトリーナと、俺の……生きていた証が、お前だと思ってるんだよ、トリスタン……。だから……生きていてくれ……」
トリスタンはクリストフの手を両手でしっかりと握り直し、何度も、何度も強く頷いた。
「わかったよ……! 僕は生きるよ! 生き抜いてみせる……お母さんと、クリストフの分まで……必ず生き残ってみせるから……!」
トリスタンのその言葉を聞くと、クリストフはすべてを投げ打ったかのように安らかな表情を浮かべ、そっと目を閉じた。
それ以降――クリストフの口から二度と、言葉が紡がれることはなかった。
「クリストフ……? クリストフ……! そんな……クリストフ……うわぁぁぁぁぁぁッ!!」
冷たくなっていくクリストフの手に頬を寄せ、トリスタンは大地を揺るがすようにむせび泣いた。
その一部始終を、フリントは少し離れた場所で見つめていた。
かけるべき言葉など、何一つ思いつかない。フリント自身もまた、底知れぬ悲しみに押し潰され、ただ突っ立ったまま号泣するしかなかった。
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やがて広大な荒野に陽が落ち、すべてが深い夕闇に包まれていく。
冷たい風が吹き抜ける中、トリスタンとフリントは並んで横たわるクリストフの傍らに座り込んでいた。
「これから……どうする……?」
茫然自失とした表情のまま、トリスタンが力なく尋ねる。
「……落ち着いたかい。それじゃ……バレルさんを呼ぼう」
「バレルさん……?」
「そうさ。この広い土地なら、十分に飛空艇が着陸できるスペースがある」
フリントは悲しみを押し殺しながら言った。
「サイコドライブが効かない以上、クリストフからパワードスーツを外すこともできない……。このままじゃ、クリストフが可哀そうだろ? せめて手厚く弔ってあげたいし……」
「そうだね……」
トリスタンはまだ、この凄絶な現実を受け止めきれない様子で、膝を抱えて俯いた。
「それじゃ、連絡するよ」
フリントの言葉に、トリスタンは力なく首を縦に振る。
フリントはポケットから小型無線機を取り出し、バレルを呼び出した。
静寂の中、スピーカーの向こうから馴染み深いバレルの声が聞こえてくる。
その声に一瞬だけホッとしたフリントだったが――喉が激しく詰まり、しばらくの間、何も伝えることができない沈黙の時間が続いていた。




