第101話:悲しみの航路、残された約束
すっかり陽が落ち、漆黒の暗闇に包まれた、だだっ広いアリュナス荒野。
昼間の熱気は影を潜め、激しい寒暖差の中で身を切るような冷たい風が吹きすさんでいた。
上空から凄まじい突風が巻き起こり、巨大な飛空艇がゆっくりと舞い降りて着陸する。
――プシュー……。
タラップが下り、2体の「P-LOT」を従えたバレルが降り立ってきた。暗がりの中、フリントが静かに手を振って誘導する。
まずは言葉を失い、憔悴しきったトリスタンを飛空艇の内部へ案内し、静かな個室のベッドで休ませた。
続いて、P-LOTたちがパワードスーツを装着したままの重いクリストフの遺体を慎重に持ち上げる。バレルの指示のもと、一行はゆっくりと船内へ遺体を運び込んだ。
フリントは言うべき言葉すら思いつけない。ただ口を結び、俯きながらバレルの後ろに付いて船内へ入っていった。
飛空艇の内部には霊工技術が惜しみなく施されており、大小さまざまな部屋が連なる巨大な研究施設のような構造となっていた。
その中央にある広大な作業スペース。巨大な作業台の上に、クリストフの遺体が静かに横たえられた。
バレルは特殊な専用工具を取り出すと、パワードスーツのサイコドライブ回路をバチン!とショートさせ、ひとつひとつの装甲パーツを丁寧に外し始める。
零れ落ちる涙を何度も袖で拭いながら、フリントも工具を手にとり、一緒になってパーツを外していった。
そんなフリントの横顔を見て、バレルが気遣うように声をかける。
「フリント……無理しなくていいぞ。ここは俺がやっておくから……」
「いいえ……! ここは、俺にやらせてください。何か……俺が、やらないといけない気がするんです……」
フリントの目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる。それでも、彼の手は決して止まらなかった。
「早く……クリストフを、楽にさせてあげなきゃ……っ」
一瞬言葉が詰まり、フリントは天井を見上げて大きく息を吐き出した。
「……ごめんなさい」
「いいんだ。……そうだな。早く楽にさせてやらないとな」
バレルは静かに頷き、それ以上は何も言わずにただ手元に集中した。
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飛空艇の居住エリア。トリスタンが休んでいる部屋のドアに、コンコンと静かなノックの音が響いた。
トリスタンからの返事はなかったが、カチャリとドアが静かに開き、エルムがゆっくりと入ってくる。
エルムは、ベッドの縁に力なく座り込むトリスタンの隣に腰掛けた。
「やあ、あの港町で会ったよね。僕はエルムって言うんだ、よろしくね。……大丈夫かい?」
トリスタンは膝を見つめたまま、何も言えずに固まっている。
「そうか……邪魔したね。ごめんね」
エルムは無理に答えを求めず、ゆっくりと立ち上がって部屋を後にした。
廊下に出ると、扉のすぐ横でカイエンが腕を組み、壁にもたれかかって立っていた。
「どうだった?」
カイエンが押し殺した低い声で尋ねる。エルムは首を横に振った。
「まだ無理そうです。しばらく……かかりそうですね」
「そうか」
カイエンとエルムはそれ以上語らず、自分たちの割り当てられた部屋へと静かに戻っていった。
室内では、サヤがテーブルの椅子に座って静かに待っていた。
カイエンとエルムも椅子を引いて腰掛ける。カイエンは腕を組んだまま天井を見上げ、深く物思いに沈んでいた。
そこへ、ガチャリとドアが開く音がしてバレルが入ってきた。バレルも力なく椅子を引き、同じテーブルにつく。
カイエンが視線を向けると、バレルは「ふぅ……」と重いため息をついた。
「クリストフの遺体の安置作業が、今終わったところだ。……人の気も知らず、安らかに寝てやがる……」
バレルの頬をひとすじの涙が伝い、鼻をぐじゅっと鳴らした。
「フリントも、部屋に案内して休んでもらってるところさ」
そう言うと、バレルはカイエンのほうを見た。
「この飛空艇は自動航行なんだろ?」
カイエンが尋ねる。
「ああ、そうだが……」
カイエンは立ち上がり、バレルの肩へそっと手を置いた。
「お前も無理するな。部屋で休んでいていいぞ」
カイエンの温かい言葉に、バレルは頷きながら、自分の肩にある親友の手をぽんと叩いた。
その時――再びドアが開く音がして、誰かが部屋に入ってきた。
その姿を目にして、エルムが驚いたように声をあげる。
「トリスタン……くん?」
トリスタンは拳を強く握りしめ、意を決したように声を振り絞った。
「お、お願いがあるんです……!」
「なんだい? 言ってごらん」
バレルが優しい眼差しを向ける。
「クリストフを……あの討伐隊の訓練場……あそこの『戦士たちの墓』で、眠らせてあげたいんです……!」
消え入りそうな声ではあったが、そこにははっきりと力強い意志が宿っていた。
バレルは深く頷いた。
「わかった。必ずそうするよ」
バレルはゆっくりと立ち上がると、トリスタンの肩を優しく抱き寄せ、そのまま静かに部屋を出ていった。
静まり返る暗黒の空――。
はるか上空の夜道を、深い悲しみとそれぞれの決意を乗せた飛空艇が、静かに航行し続けていた。




