第102話:継承の刻印、覚醒への導き
爽やかな潮風がそよぎ、波音が穏やかに響く港町ブラントン。その港の埠頭には、流線形の美麗なフォルムを纏った巨大な帆船が優雅に停泊していた。
海沿いに位置する討伐隊の訓練場――本部から少し離れた風通しの良い丘の上には、戦士たちの墓標が整然と立ち並ぶ墓地が存在する。
トリスタンの強い願いを受け、そこにクリストフの遺体が恭しく埋葬され、新たな立派な墓が建てられた。
また、エルムの強い希望により、旅を共にしたデイルが残した衣服が同じ地に埋められ、彼を偲ぶ墓も並んで建立された。
数日後、多くの参列者が集まる中、近隣の教会から招かれた司教が墓前に立った。
澄み渡る空の下、司教はクリストフとデイルの霊に寄り添うように、静かに追悼の祈りを捧げ始める。
「――信じる者にとって、死は滅びではなく、新たないのちへの門であり、地上の生活を終えた後も、天に永遠のすみかが備えられています」
司教は深く頭を垂れる参列者たちを静かに見渡し、再び言葉を紡いだ。
「精霊たちよ、クリストフ・オーディンとデイル・アンバーグリスキーに永遠の安息を与え、絶えざる光をその上に照らしてください。クリストフとデイル、そしてすべての亡くなった人々が、神のあわれみによって安らかに憩うことができますように……」
司教の祈りに合わせ、参列者たちが一斉に胸の前で手を組み、静かに祈りを捧げる。
参列の列に並ぶエルムもまた、志を共にし、命を賭して道を切り拓いてくれたデイルの温かな面影を思い返し、目から溢れる涙を静かに拭っていた。
深い悲しみが墓地を包み込む中、遠方から駆けつけた者たちの姿もあった。
遠い遠征の地からクリストフの訃報を聞きつけ、居ても立ってもいられず追悼に駆けつけたマルコ。
そして、遠く離れたプリコーグの村から、見慣れぬ格式高い礼服に身を包んで参列したゴドリックの姿があった。
やがて追悼の儀式は静かに終わりを迎え、集まった人々はそれぞれの思いを胸に散開していく。
「あれ? 兄貴じゃないですか! お久しぶりです。でも……何すかその格好? 礼服なんて持ってたんですね」
ゴドリックの姿を見つけ、寄ってきたバルドが驚き混じりに声をかけた。
「まあな。お前だって、いつまでも無骨な鎧姿しかないんじゃ困るだろ……。しょうがねえな、俺についてこい」
「え?」
「俺がお前に合う服を一緒に見てやるよ」
「はい! 兄貴!」
バルドは嬉しそうに頷き、二人は並んでブラントンの活気ある町並みへと歩みを進めていった。
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追悼式を終え、訓練場の本部に戻ってきたトリスタン。
かつてクリストフと共に暮らし、笑い合った思い出の部屋に足を踏み入れ、トリスタンは部屋の中をぽつんと眺めながら、過ぎ去った日々の記憶を辿っていた。
――コンコン。
静かなノックの音が部屋に響く。
「はい? どうぞ、入っていいですよ」
トリスタンが声をかけると、ドアが開き、カイエンとエルムが入ってきた。
「やあ。飛空艇で少し会ったよね? 僕のほうからも改めて、エルムだよ。よろしくね」
トリスタンは小さく頷いて微笑み、エルムが差し出してきた手をしっかりと握り返した。
「俺はカイエンだ。よろしくな」
カイエンも手を差し出し、トリスタンはその大きな手をしっかりと握り直した。
「それにしても……その二本の右手。どっちも『利き腕』だってのは本当か?」
カイエンが興味深そうに尋ねる。
「ええ、そうですよ」
「君に見てほしいものがあるんだ」
エルムが真剣な眼差しで割り込むように言った。
「僕に……?」
トリスタンは自分を指差し、不思議そうに聞き返す。
「そうだ。君に持ってほしい『武器』があるんだ」
エルムの瞳に宿る真剣みが急激に増す。
「武器ですか……。今は、とてもそんな気になれなくて……ごめんなさい」
「ああ、いいんだ」
カイエンが優しくトリスタンの肩を叩く。
「無理にとは言わないさ。俺たちもしばらくここに滞在するから、その気になったら声をかけてくれ」
二人はそう言葉を残すと、静かに部屋を辞した。
それからしばらくして、今度はバレルとフリントが部屋を訪れた。
「大丈夫かい、トリスタン?」
フリントが気遣うように声をかける。
「ああ、だいぶ落ち着いてきたよ」
「俺たちはそろそろプラウデンに戻ろうと思うんだ。結局、まだヴァレリアも見つかってないし、色々と今後の戦略も練り直さなきゃいけないからな。……お前はどうする?」
フリントはトリスタンの目をまっすぐに見つめた。
「ごめん……僕はちょっと……」
トリスタンの躊躇うような言葉に、フリントは責めることもなく優しく微笑みかけた。
「いいんだ、無理しなくて。でも、俺たちは一足先に戻るよ」
トリスタンが静かに頷くと、横からバレルが温かい声をかけた。
「よし。戻る気になったらカイエンたちに声をかけて、俺たちに連絡してくれ。いつでもここに迎えに来るからな」
二人はトリスタンの肩をぽんと叩き、静かに部屋を出て行った。
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それから数日が過ぎた。
トリスタンは何もする気力が湧かず、ただクリストフとの思い出が詰まった部屋で、呆然と過ごす日々を送っていた。
そんな、ある日のこと――。
トリスタンがベッドに横たわり、天井を見つめていた時だった。
――バンッ!!
静寂を破り、勢いよく部屋のドアが開け放たれた。
「いつまでメソメソしてるの! いい加減にしなさい!」
凛とした女性の大きな声が、部屋全体に響きわたる。
「お、お母さん……!?」
トリスタンはあまりの衝撃に跳ね起き、ドアのほうを注視した。そこに仁王立ちしていたのは、腕組みをして眉を吊り上げたミランダの姿だった。
「久しぶりね、トリスタン」
ミランダはズカズカと歩み寄ると、トリスタンの頭を乱暴かつ愛おしそうに撫で、そのままベッドの隣に腰掛けた。
「もう……! 私が知らないところで、みんな勝手に死んでいきやがって! 死ぬ前に一言『死んできます』って言いに来いって言うのよ!」
豪快に笑い飛ばしてみせるミランダ。だが――その横顔には、溢れ出る深い悲しみの涙がひとすじ、ふたすじと伝っていた。
「でも、あなたは偉いわ! ちゃんと、私との約束を守ったものね!」
ミランダはトリスタンの頭を力いっぱい抱きしめ、わしゃわしゃと揺らした。
「あはは……ミランダさん……」
トリスタンは引きつった笑みを浮かべたが、その瞳の奥には暗く深い影が落ちていた。
「ミランダさん……僕……」
「ん?」
「この……お母さんとクリストフがいない世界で、もう、どうすればいいか分からないんだ……」
トリスタンは消え入りそうな声で呟き、膝へ視線を落とした。
「クリストフは、あなたに何か言っていなかった?」
ミランダがじっとトリスタンの顔を覗き込む。
「僕に『生きてくれ』って言ってた。だから僕も……『生き続けるよ』って答えたんだ」
その答えを聞いたミランダは、即座にトリスタンに向き直ると、両手で彼の両肩をガシッと掴んだ。そして、真っ直ぐで真剣な眼差しで彼の目を射抜いた。
「じゃあ――『生きる』のよ」
「え……?」
「ただ息をするんじゃない。ちゃんと、生きるの!」
「ちゃんと……生きる……?」
「この厳しい世界で生き残るっていうことは『戦う』ということ! あなたが今、なすべきことは何? 逃げるんじゃないわ、ちゃんとそれに向き合いなさい!」
ミランダの魂の叫びのような言葉が、トリスタンの胸の奥深くに雷鳴のごとく突き刺さった。
(自分は今、何をしているんだ……?)
克明に突きつけられた現実と、自身の不甲斐なさに、トリスタンは猛烈な恥ずかしさを覚えた。
瞳から迷いの霧が晴れていく。トリスタンは力強くベッドから立ち上がると、ミランダの手をぎゅっと握り返した。
「ありがとう……! ミランダさん! 僕は生きるよ……ちゃんと生き抜いてみせる!」
ミランダは満足そうにニッコリと笑った。
「よし! 行ってきなさい、トリスタン!」
「はいッ!」
トリスタンは力強く首を縦に振ると、迷いを振り払うように部屋を元気よく飛び出していった。
残されたミランダは、遠ざかっていく力強い足音を、温かな笑顔で見送っていた。




