第103話:灰燼の誓い、不滅の鋼
ブラントンの港を離れた流線形の帆船は、沖合に出ると滑らかに飛空艇へと変形し、青空に飛び立った。
一路、プラウデンを目指す飛空艇。あらかじめ設定された航路に沿って、機体は静かに自動航行を続けている。
船内の広い作業スペースには、回収された『ブロード・カタナ-TR』のパーツが整然と並べられていた。それを複雑な表情で見つめる、バレルとフリントの姿がある。
「これ……どうするつもりだ?」
バレルが静かに尋ねた。
「もちろん、また組み立てます」
フリントは一切の迷いなく即答した。
「これは、クリストフの形見です……。どうしても、トリスタンに受け継いでもらいたくて……」
「そうか……。トリスタンは大丈夫かな」
バレルはフリントの横顔を覗き込んだ。その瞳は、未だ拭いきれない悲しみの色で濡れていた。
「あいつは……絶対に俺のところへ戻ってきます。俺は信じているんです。俺とあいつは、本当のチームだから」
「……それなら、俺にも手伝わせてくれ」
バレルは温かく、力強くフリントの肩をポンと叩いた。
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やがて飛空艇は、見慣れたプラウデンの広場へとゆっくり舞い降り、タラップが降ろされた。
タラップからはバレルとフリント、そしてカタナのパーツを収めたコンテナを運ぶ2体の「P-LOT」が降りてくる。
二人がいつもの足取りで『鋼鉄の要塞』へ向かって歩いていると、近隣の住人たちがばつの悪そうな、痛々しい表情でそろそろと近寄ってきた。
「どうした? お前ら、そんな顔して……」
バレルが不思議そうに声をかける。
「バレルさん……すみません。あれほどお世話になっておきながら、私たちじゃあ、ただ見てることしかできなかった……」
住民たちのただならぬ雰囲気に、背筋が凍るような嫌な予感を覚えたバレルとフリントは、顔を見合わせると要塞に向かって一気に駆け出した。
そして――敷地に入った瞬間、フリントの口から悲鳴のような叫びが漏れた。
「あああああっ……!?」
「これは……酷すぎる……。あの『鋼鉄の要塞』がバラバラだ……」
目の前に広がる絶望的な光景に、バレルは言葉を失い呆然と立ち尽くした。
精工な技術で建造されたはずの要塞は見る影もなく破砕され、無残な瓦礫の山と化していたのだ。
そこへ、一人の住民がおそるおそる近づいてくると、震える手で一枚の紙をバレルに差し出した。
「なんだこれ……印が付いているな。何の地図だ?」
「それを手渡してきた女は……『ブランゼル王国の王女、ヴァレリア』と名乗っていきました……」
「ッ!?」
その名を聞いた瞬間、フリントが猛然と住民の胸ぐらに掴みかかった。
「嘘だ! 本当にか!? 本当にブランゼル王国の王女だと言ったのか!?」
「おい待て! 落ち着けってフリント!」
狂乱するフリントを、バレルが後ろから羽交い締めにして力任せに引きはがす。
住民はうなだれたまま、申し訳なさそうに答えた。
「はい……確かに、ブランゼル王国の王女だって言っていました……。すみません、私たちは何もできなくて……」
「いや! 謝らないでくれ、お前たちは悪くない。……それより、お前らに被害はなかったのか? みんな大丈夫だったのか!?」
バレルが必死に問いかける。
「はい、私たちは無事です。奴らは要塞だけを破壊して、何もせずに去っていきました」
「そりゃあ良かった……。不幸中の幸いだぜ……」
住民が無事だったと知り、バレルは胸を撫で下ろした。
だが次の瞬間――。
「くっそおおおッ!!」
フリントが崩れ落ちるように地面へ膝をつき、怒りに任せて拳を叩きつけた。
「フリント……」
突如として激高するフリントの姿に、バレルは動揺を隠せない。
「何で気づかなかったんだ……!? なんで! くっそう……! 今まで、まんまと騙されてたってわけか……ッ!」
フリントは歯がゆく地を噛み、己の不明を激しく呪った。
「フリント、そんなに自分を責めるな――」
バレルが宥めようとした言葉を最後まで聞くことなく、フリントは跳ね起きると、要塞の凄惨な瓦礫の山に向かって一直線に走り出した。
「フリント!?」
バレルが慌てて後を追う。
フリントは一心不乱に、瓦礫を素手でかき分け始めた。手の皮が破れるのも構わず、ただ泥臭く手を動かし続ける。
「どうしたんだよフリント……!?」
バレルはフリントが悲しみのあまり錯乱してしまったのではないかと胸を痛めた。
その時――。
「あったあぁぁぁッ!!」
フリントが瓦礫の隙間から一本の使い古された工具を掘り起こし、高く掲げた。
「まだ……ある! まだ、工具が残っています! まだ、終わってないぞ!!」
「フリント……」
フリントは瓦礫の山を向いたまま、バレルに背を向けた姿でポツリポツリと語り始めた。
「俺は……魔将軍グライフェンにここを滅ぼされても生き残った。地獄のような奴隷生活でも、トリスタンと一緒に生き抜いてきたんだ……」
声が震える。
「チャリオットを……ティーガーを失ったって……クリストフを……っ」
一瞬言葉が詰まり、フリントの目から大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。
「俺は、俺だけは絶対に諦めない! 諦めるもんか! ここで、この工具を使って『カタナ』を完全復活させてやる! トリスタンは絶対にここに戻ってくるんだ! 例え俺一人になっても、絶対に諦めねぇぞ!!」
「ばかやろう!! フリントォッ!!」
突然のバレルの雷のような絶叫に、フリントがびくっと肩を揺らして振り向いた。
バレルは顔をぐしゃぐしゃに歪ませ、大粒の涙を流しながら叫んでいた。
「誰がお前一人だけにさせるもんかぁぁッ!! この俺がいるぞ! ここにいるんだよッ! ちくしょう……お前がたとえ嫌がったってな、無理やりにでもお前から離れてたまるかよッ!!」
「バレルさん……っ」
二人が涙を流して叫び合っていると、ふと背後から気配が迫っていた。
振り返ると――そこにはいつの間にか、近隣の住民たち、そしてプリコーグの村から来た職人たちがズラリと集まっていた。
「私たちにも! どうか、何か手伝わせてください!」
近隣住民の一人が一歩前へ出て懇願した。
「俺たちにも、何か力にならせてくれ! 今こそ、バレルさんやフリントさんに受けた恩を返す時だ! なあ、みんな!!」
「おうッ!!!」
職人の一人が上げた声に呼応し、集まった人々が一斉に拳を突き上げて叫んだ。
その温かな光景に、フリントは溢れ出る涙を拭うこともできず、胸を詰まらせた。
「みんな……ありがとう……。本当に、ありがとう……ッ!!」
要塞を壊滅させられたプラウデンの町。
しかし――絶望の底に突き落とされてもなお、そこに集う人々の胸に芽生えた希望の炎は、決して消えることはなかった。




