第104話:冷徹の玉座、野望の連鎖
ブランゼル王国の本拠地――威容を誇る巨大な城塞へと向かって、3台のチャリオット『クイーンシャーク』と豪奢な馬車が、重厚な地響きとともに進軍していた。
先頭を行く兵士が合図を送ると、分厚い鉄で補強された城門が地鳴りを立て、ゆっくりと開かれていく。
ブランゼル王国第一王女、ヴァレリアの帰還であった。
見慣れた城内を、ヴァレリアは一切の迷いなく踏みしめて歩く。
廊下に居並ぶ兵士や使用人たちが、怯え混じりの表情で次々と深々と頭を下げていく。
だが彼女は彼らに一瞥もくれることなく、当然の権力としてその脇を通り抜け、玉座の間へと直進した。
ギィィ……と重々しい音を立てて玉座の間の大扉が開かれる。
その広大な空間の奥、冷たい黄金の玉座には、ヴァレリアの兄であるエドアルト・L・ブランゼルが深く腰掛けていた。
「あれ? お兄様? なぜ玉座に座っているの? お父様は?」
ヴァレリアが平然とした声で、玉座に座る兄へ問いかける。
「勘違いするな、ヴァレリア。今のところ大目に見ているが、お前の帰りを祝福して迎え入れたわけではないぞ」
エドアルトの冷徹な眼光が、妹を射抜く。
「ただ……実の妹だ。言い分も聞かずに殺すわけにもいくまい。さあ、すべてを話してもらおうか?」
「お父様が悪いのよッ!!」
エドアルトの凄惨な圧迫感にも屈せず、ヴァレリアは殺気立った鋭い視線で睨み返し、叫んだ。
「殺したければ殺したらどう!? どうせ、私なんか魔将軍たちのための生贄にすぎないんだからッ!! 殺されて死ぬのも、生贄になって死ぬのも一緒でしょッ!!」
ヴァレリアのヒステリックな絶叫を前にしても、エドアルトは微動だにしない。
「……それで、我が王国が誇る7人の魔将軍を全員殺してきたってわけか?」
エドアルトが頬杖をつきながら、淡々と尋ねる。
「え……? バロールは、まだ生きているんじゃないの?」
「何だ、知らないのか? さっきバロールも『黄金の光』に焼かれて討ち取られたと報告が入ったが……お前の仕業ではないのか?」
「ふん、誰が倒したかなんてどうでもいいわ。でも……これで私を生贄にする必要はなくなったはずよ」
「まあな……。しかし、生贄にする必要はなくなっても、お前を生かしておく価値があるかどうかは決めかねているんだぞ、妹よ?」
「ふふ……そんなこと言っちゃって、いいのかしら?」
「なに……? どういうことだ?」
エドアルトの眉がぴくりとつり上がる。
「さっきお兄様が言った通り……7人の魔将軍を全員失ったわ。我が王国の戦力低下は免れ得ないはずよ」
「それはお前の暴走のせいだろう、ヴァレリア」
「そうかもしれない……。でもね?」
「何だ?」
「魔将軍たちは、戦争が下手だった我がブランゼル王国に実に有用な戦術と戦略をもたらし、軍の統治法や管理法を鮮やかに構築してくれたわ」
「それがどうしたというんだ?」
「ゾルダート、ザハーク、ガルテン、グライフェン、アイゼン……。魔将軍が一人倒れるたびに、彼らの率いていた兵力や軍事技術はすぐさま残った将へ引き継がれ、再編成されて瞬く間に最適化されていったわ」
「まあ、その通りだ。それがどうした?」
「今、我が国は『プレアデス』の管轄と『バロール』の管轄の二大系統に綺麗に収束して整理され、実に効率的なシステムで管理されているわ」
「何が言いたい?」
「そのプレアデスとバロールさえも失ってしまった……。残るのは、お兄様と私だけ。……わかる?」
ヴァレリアの瞳に、ギラリと凶暴な光が宿る。
「このままプレアデスの管轄を私が、バロールの管轄をお兄様が引き継ぐのが最善の策だわ。お兄様一人で、ここまで巨大化した王国を指揮・統率するのは大変でしょう?」
「なるほどな……。だが、お前のせいで主要戦力を失ったのは紛れもない事実だ。何か勝算はあるのか?」
「今、我々は『チャリオット』という最新技術を持っているわ。手土産として3台の『クイーンシャーク』を持ってきてあげたわ」
「魔将軍の単体戦力よりは遥かに劣るが……そもそも人間の制圧をするのに、魔将軍ほどの過剰な戦力は要らんか」
エドアルトの唇が不敵に歪む。
「そうでしょ? でも、それだけじゃないわ。複数のチャリオットがあれば、人間だけでなくあの『黒本党』の魔物の軍勢までも苦もなく全滅できることは証明済みよ」
「しかし……クイーンシャーク3台のみでは、この広大な世界を制圧するには物足りないな。チャリオットを新たに発掘・収蔵するにも時間がかかりすぎる」
「数年……ならどうかしら?」
「数年……? 数年で何ができるというんだ?」
「バロールは、ロンカ帝国の時代にはなかった『新しいタイプのチャリオット(パワードスーツ)』を完成させていたわ」
「つまり、新たなチャリオットの『生産ライン』をゼロから構築するということか。……ふむ、確かに魅力的なプランだが、あの技術は『魔法電池の出力問題』を抱えていると聞いているぞ?」
「ええ。だからその解決策として、敵が持っている『パワードスーツ』を強奪してこようとしたんだけど……あいにく留守だったから、地図を置いてきてあげたわ」
「地図……この場所のか?」
「そうよ。あいつらがノコノコと攻めてきたら、返り討ちにしてその技術を根こそぎ奪い取ればいいわ」
エドアルトは「ふん」と鼻を鳴らした。
「我が妹ながら、恐ろしい女だな」
「そうでしょ?」
ヴァレリアは艶やかな笑みを浮かべた。
「それで? 奴らはすぐに攻めてくる見込みか?」
「そうね……。奴らの拠点である『鋼鉄の要塞』を根こそぎ破壊してきたから、戦力の立て直しには最低でも数ヶ月はかかるはずよ。その間に私たちもプレアデスとバロールの戦力引き継ぎを完全に終わらせ、決戦に備えて軍備を固めるべきだわ」
エドアルトとヴァレリアは、互いの野望を映す瞳でじっと見つめ合った。
「どう? これでも……私を殺すかしら?」
エドアルトは玉座からゆっくりと立ち上がると、妹へ歩み寄った。
「ヴァレリア・L・ブランゼルよ。我が妹よ、よくぞブランゼル王国へ戻った。最大の敬意をもって迎え入れよう」
エドアルトは優雅に手を差し出した。ヴァレリアはその手を、不敵な笑みをたたえて力強く握り返した。
「では早速、俺はバロールの軍の引き継ぎに向かう。お前もしっかり頼むぞ」
「わかったわ、お兄様」
かつて魔将軍たちに牛耳られていたブランゼル王国。
今やその巨大な軍勢は、二人の冷血な王族の手によって新たな力を蓄え、世界を呑み込むべく蠢き始めていた。




