第93話:受け継がれし意志、星の還る場所
切り立った岩山に囲まれた山道の途中にある岩洞窟。
その静寂を打ち破り、空間の裂け目が開かれ、エルム、デイル、カイエン、サヤの4人が雪崩れ込むように転がり込んできた。
裂け目の奥からはプレアデスが放った恐ろしいブレスの業火が溢れ出ていたが、空間の亀裂は間もなく閉じられ、火炎は遮断された。
「デイル! しっかりしてくれ、デイル……!!」
エルムは血に染まるデイルを必死に抱きかかえ、何度もその名を叫び続ける。
「ごめんなさい、咄嗟だったからこんな場所しか思い浮かばなくて……! そうだ、あの港町に行きましょう! あの町ならきっと、腕の立つお医者さんがいるかもしれない……!」
サヤは溢れる涙を拭いもせず、再びキリコの刀を抜き放った。
「ううっ……待ってください……」
デイルが途切れ途切れに、血混じりの声を漏らした。
「もう……いいのです……。こうなることは……分かっていたことなのですから……」
絞り出すようなデイルの言葉に、エルムが首を激しく振る。
「そんなことないって! 諦めるなよ! 早く町に行って手当てしよう!」
「……」
デイルは静かに首を振り、弱々しく微笑んだ。
「ここに来る途中の宿で……夢の中で、予言者ロードに会いました……」
「予言者ロード……?」
エルムが涙目で聞き返す。
「彼は言っていました……自分の刻が終わると……。つまり、次は私の番です。私はこのまま死者の世界を歩み、そこで予言者の道を進む……今度は私が、予言者の時を刻むのです……」
「そんな……っ!」
エルムの目から大粒の涙が溢れ出していく。
「こんなに早く……この時が来るとは思わなかったけれど……」
デイルはエルムの瞳をじっと見つめ、優しく微笑みかけた。
「エルム……ありがとう……」
「え……?」
エルムは驚いて目を見開いた。
「最後の最後まで……俺のことを見捨てないで連れてきてくれた……。嬉しかったよ……」
「そんなこと……っ! 何とか助ける方法はないのかい!?」
エルムの叫びが洞窟内に虚しく響く。
「すまない、エルム。君には……無理ばかりお願いしてしまって……」
「無理なもんか!! 討伐隊になったはいいものの、何も考えられなくて……目的もなくただ闇雲に進んでいた僕に、目的を与えてくれたのはデイル、君なんだよ!?」
エルムはデイルの服を固く握りしめた。
「僕の進む道を……一筋の光で照らしてくれたのは、デイルなんだ……っ!」
エルムは涙を流しながら、悔しさと無念の表情で深く顔を伏せた。
その時、デイルの震える手がそっとエルムの肩に触れる。
エルムがハッと息を飲んで顔を上げると、デイルはかつてないほど真剣な眼差しで見つめていた。
「その……クロイツを……その剣を、あの少年に届けてくれ……。選ばれし者のところに……」
「あの……右手が二本ある少年のことかい?」
デイルはエルムを見つめ、深く、静かに頷いた。そして、傍らで見守るカイエンのほうにも視線を向ける。
「”断ち切るもの”……おそらく、その意味は……ヴァルガスやギルバートのような、この世と意識だけが繋がり生きながらえる者……不死者の、この世との繋がりを断ち切ることができる唯一の手段……」
カイエンは何も言わず、沈痛な表情でデイルの言葉を一つひとつ受け止め、深く頷いた。
デイルはエルム、カイエン、そしてサヤの顔をゆっくりと見渡し、どこか晴れやかな笑みを浮かべた。
「最後に……あなたたちと出会えて……本当に良かった……」
安堵に満ちた平穏な表情で、デイルはそっと静かに目を閉じた。
直後――不思議な光景が訪れる。
デイルの身体が光の粒子のように薄く透明になっていき、ついには完全に空気に溶け込むように消えてしまった。残された重厚な衣服だけが、ふぁさりとエルムの腕の中に虚しく残される。
「デイル―――っ!!」
エルムはその衣服に顔をうずめ、溢れる感情を抑えきれずに号泣した。
偉大な魔術師デイル・アンバーグリスキーの、それが最期であった。
カイエンは、静かに頭を下げて沈痛な面持ちで黙祷を捧げた。
サヤもまた、刀を鞘に収め、溢れ出る涙を静かに拭いながらデイルの死を悼んでいた。
冷たい岩洞窟の中が、深い悲しみに包まれる。
やがて、重い空気の中で意を決したように、カイエンがエルムの肩を優しく、しかし強く叩いた。
「……デイルの意志を成し遂げよう。俺たちが引き継ぐんだ」
エルムは涙を拭い、カイエンの言葉に深く大きく頷いた。
そして、洞窟の隅に置いてあった「クロイツ」の入った黒い十字ケースを抱え直す。
「これを……あの少年に届けましょう」
エルムがカイエンとサヤを交互に見つめると、三人の中に確固たる決意の光が宿った。三人は言葉を交わさずとも深く頷き合う。
切り立った岩山の山道には、デイルの旅立ちを惜しむかのように、冷たい風がいつまでも吹き抜けていた。




