第92話:断罪の降下、反逆の王女
切り立った岩山に囲まれた山道を、勝利の余韻に浸るプレアデス率いるブランゼル王国の軍勢が進んでいく。
その時――遠くから不穏なエンジン音が近づいてきた。
やがて現れた一台のチャリオット――「ヴリトラ-APC」が、進軍の先頭にいたプレアデスの正面で急ブレーキをかけ、立ちはだかるように停車した。
プレアデスは鋭い眼光を放ち、フロントガラスの向こう側にいる運転手の顔を凝視する。
そこにいたのは、不敵な笑みを浮かべるヴァレリアの姿だった。
「……まさか!?」
プレアデスの顔に驚きと戦慄が走る。
プレアデスは瞬時に近くにあった巨岩の影へ身を滑り込ませた。
直後、ヴリトラのフロント機銃から、目も眩むような「黄金の光」が放射される。
「うわっ……! 眩しいッ!!」
ブランゼル王国の兵士たちは視界を奪われ、あまりの激しい光に身を縮めて怯んだ。
(なぜ、ここにヴァレリアが……!)
直撃を免れたプレアデスは、岩陰で歯噛みしながら冷や汗を流す。
プレアデスは素早く、かつ足音を殺して巨岩を迂回し、鬱蒼とした藪の中を擦り抜けた。そして草木の隙間を縫い、ヴリトラの完全な死角である背後へと回り込む。
「ふん……愚か者が」
プレアデスは黄金の光が届かない背後から大剣を激しく振り回し、ヴリトラの車体を容赦なく滅多切りにした。
「きゃあぁぁぁっ!?」
激しく揺れる車内で狼狽えるヴァレリア。
プレアデスは魔導障壁「バウンダリー・ハル」を激しい光とともに飛び散らせ、恐ろしい速度で削り取っていく。
――バウンダリー・ハル残量、5%未満。
「ヴリトラは、ここまでね……!」
ヴァレリアは一切の迷いなく、シート下に設置された緊急脱出用の赤いレバーを強く引き抜いた。
ドカンッ! と頭上のルーフプレートが跳ね飛び、ヴァレリアはシートごと物凄い勢いで上空へと射出される。
プレアデスは車内の異変に気づかず、なおも猛攻の手を緩めない。
ついにバウンダリー・ハルは完全に消失し、鋭い刃が鋼鉄の装甲を直接切り刻む。ヴリトラ内部の魔力クリスタルに過剰な逆流が発生し、破滅的なオーバーロードを引き起こした。
――ズドォォォォンッ!!
次の瞬間、天地を揺るがす大爆発が巻き起こり、ヴリトラの車体は木っ端微塵に吹き飛んだ。
爆煙と炎が渦巻く中から、プレアデスは冷酷な美貌を一切崩すことなく、無傷のままゆっくりと歩み出てくる。
「ふふふ……愚か者め。このようなガラクタで私に歯向かおうなど、笑止千万だわ」
勝ち誇るプレアデスの頭上――黄金の光を全身から放つヴァレリアが、パラシュートの傘を広げてゆっくりと降りてきていた。
「愚か者はそっちよ。……死ねッ!!」
「なに……!?」
ヴァレリアの頭上からの叫び声に、プレアデスは仰天して顔を上げた。
「しまった――!」
降下するヴァレリアは両手をプレアデスへ突き出し、至近距離から集束させた黄金の光を全力で浴びせた。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁッ―――!?」
直撃を受けたプレアデスは悲鳴を上げ、皮膚と肉を焼き尽くされて無残な黒焦げの遺体となり、膝から崩れ落ちるように倒れ伏した。
ヴァレリアはしなやかに地上へ着地すると、パラシュートのハーネスを素早く外し、呆然と立ち尽くすブランゼル兵たちの前へと悠然と歩み寄る。
「ヴァレリアめ……! プレアデス様を……!」
一人の兵士が正気に戻り、怒りに震えて剣を構えた。
ヴァレリアはその兵士を一瞥し、射抜くような鋭い眼光で睨みつける。
「黙れ! 無礼者ッ!!」
「っ……!?」
その凄まじい威圧感と王者の気迫に、兵士たちは思わず後ずさった。
「ブランゼル国王、ギルバート・K・ブランゼルの娘――ヴァレリア・L・ブランゼルであるぞ!」
凛として佇む美貌の王女の声が、静まり返った山々へと高らかに響き渡る。
「魔将軍プレアデスに代わり、只今より王女である私が直々に、この軍の指揮を執る! ……異存はあるか!?」
ヴァレリアが眼光鋭く見回すと、兵士たちは恐れ戦き、慌てて剣を鞘に納めて一斉にその場にひざまずいた。
集団の中から素早く参謀が走り寄り、ヴァレリアの前に深く頭を垂れる。
「……異存などございません、ヴァレリア王女殿下」
参謀は顔を上げ、伺うような視線を向けた。
「これから、どうなさるおつもりでしょうか?」
「ふむ……そうね」
ヴァレリアは滑らかな指先を顎に当て、不敵に思考を巡らせる。
「チャリオットはあるかしら?」
「ええ……アイゼン様より引き継いだ大型車両『クイーンシャーク』が3台ほど運用可能です」
「よし。では早速準備に取り掛かりなさい。クイーンシャーク3台で直ちに出撃するわ」
ヴァレリアが毅然とした態度で歩き出すと、参謀は慌てて立ち上がり、手招きで兵士たちを促した。
兵士たちは一斉に立ち上がり、新指揮官となったヴァレリアの後に続いて行進を開始する。
参謀はヴァレリアの隣に滑り込み、低く尋ねた。
「……攻撃対象は、どちらになりますか?」
ヴァレリアは足を止め、唇の端を吊り上げてニヤリと冷酷に微笑んだ。
「――プラウデンよ」
岩山に囲まれた険しい山道を、ヴァレリアが率いるブランゼル王国の軍勢が、新たなる災厄の影を落としながら行進していった。




