第91話:深霧の急襲、紅蓮の罠
クラウディッツ渓谷の目前に位置する、ブランゼル王国の極秘野営地。
少し前まで精鋭部隊が密集していたその場所は、プレアデス率いる軍勢が出撃したことで、今は静まり返るもぬけの殻となっていた。
そこへ、重厚なエンジン音を響かせ、一台のチャリオット――「ヴリトラ-APC」が突入してくる。
運転席のドアが力強く開かれ、中からヴァレリアが降り立った。
彼女は迷いのない足取りで大型の木造建物へ踏み込み、最奥の部屋へとまっすぐ進む。
そこには、今しがたまでプレアデスが指揮を執っていた密度の濃い気配が、そのまま残されていた。
「ふん……やっぱりこの野営地を本陣にしていたのね。勘が当たったわ」
ヴァレリアの視線が、テーブルの上に広げられた地図へと注がれる。そこには、クラウディッツ渓谷の深部を示す鮮やかな赤い印が残されていた。
「ふふふ……ここに向かったのね。待っていなさい、プレアデス……!」
呟くや否や、ヴァレリアは素早く建物を出た。外へ出るとヴリトラへ飛び乗り、激しい排気音とともに野営地を後にして追撃を開始した。
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一方、深い霧に包まれたロンカ帝国の神殿を後にしたデイル、カイエン、エルム、サヤの4人。
先頭を行くエルムは、二本の宝剣「クロイツ」が収められた重厚な黒い十字ケースを、宝物でも扱うように大事そうに抱え込んでいた。
山道をしばらく進んでいたその時――不意にサヤの脚がピタリと止まった。
その可憐な表情が瞬時に険しいものへと変わり、刀の柄を握りしめる。
「……どうしたの、サヤ?」
エルムが歩みを止め、怪訝そうに振り返る。
「気を付けて、エルム……!!」
サヤが短く、鋭い警告を発した。
4人が向かう先、深い霧の奥から鉄の靴音を不気味に響かせ、夥しい数のブランゼル王国兵が出現した。一糸乱れぬ行軍で、じわじわと4人を包囲するように押し寄せてくる。
――ガガガガガッ!!
カイエンの義手で魔導ダンパーが高速スライドし、新装された無限弾倉から途切れぬ掃射が放たれた。
最前列の兵士たちが一瞬でバタバタと倒れ伏す。だが、鍛え抜かれたブランゼル王国の精鋭たちは微動だにせず、怯むことなく距離を詰めてきた。素早く散開し、巧みな陣形で4人を徐々に分断し始める。
「ハッ!」
迫り来る二人の兵士の首を、サヤが流れるような一閃で跳ね飛ばした。
エルムは十字のケースを慎重に地面へ置き、即座に剣を抜き放つ。
(メガファイア……!)
脳裏に宿るアルドの声と共鳴し、エルムの剣身から爆発的な火柱が燃え上がった。
カイエンは義手の銃撃から刀の抜刀術へと切り替え、瞬間的に5体の残像を展開。目にも留まらぬ連撃で数人の兵士を瞬く間に屠る。
デイルも両手を振りかざし、一瞬で二人の兵士を凄まじい熱量で焼き払った。
4人の圧倒的な戦闘力の前には、ブランゼル軍などなすすべもなく殲滅されるかのように思われた。
――だが、それこそが敵の狙いだった。
徹底された集団戦術と死を恐れぬ波状攻撃により、4人の距離は十数メートル単位で徐々に引き剥がされていく。気づけば全員が完全に孤立し、個々に孤立無援の戦いを強いられていた。
その時――エルムの視界の端を、眩い光の軌跡が掠めた。
「え……!?」
それは、恐ろしい回転速度で飛来する、大剣の刃が乱反射させた光だった。
音速を優に超える速度で飛翔する大剣は、一切の羽音すら残さず、離れた場所に孤立していたデイルの背後へと肉薄する。
――ドスッ!!
「ぐわあぁぁぁぁッ!!」
大剣がデイルの背中から深く突き刺さり、容赦なくその胸を貫通した。
直後、大剣は意志を持つかのように胸から引き抜かれると、再び音もなくくるくると回転しながら、飛来した方向へと戻っていく。
「デイル―――ッ!?」
血を吐きながら崩れ落ちるデイルの元へ、エルムが顔を蒼白にして駆け寄った。
――パシッ!
戻ってきた大剣の柄を、軽々と手で受け止める者がいた。
ブランゼル兵の波が割れ、その奥から巨大な影――魔将軍プレアデスが冷徹な笑みをたたえて歩み出てくる。
「よくやった。指示通りだ」
プレアデスは淡々と告げると、倒れたデイルを必死に抱きかかえるエルムの方へと悠然と足を進めた。
異変を察知したカイエンとサヤも、死に物狂いでデイルの傍らへ駆けつける。
デイルは絶え切れそうな息の下、途切れ途切れに血混じりの声を振り絞った。
「エルム……頼む……! 私のことより……クロイツを……あの剣を守って……くれ……!」
「デイル! そんな……嫌だ、デイル!!」
接近してきたプレアデスが、冷酷にその大きな口を開く。喉の奥深くで、禍々しい紅蓮の渦が激しく狂い咲いていた。
(くそっ! 間に合わねえ……!!)
カイエンもまたカッと口を大きく開き、喉の奥でバチバチと火花を散らす。
直後、プレアデスが解き放った絶望的なブレスと、カイエンが渾身の力で吐き出したブレスが正面から激突した。
――ズドォォォォンッ!!
超高熱のエネルギー同士が衝突し、相殺の衝撃波が吹き荒れる。だが、プレアデスの吐き出す火炎は留まることを知らず、周囲一帯を地獄のような灼熱のうねりで埋め尽くしていく。
「ちくしょうッ……!!」
エルムは涙を溢れさせながら、デイルを一時的に横たえ、風のような速度で離れた場所にある十字のケースへ飛びついた。
ケースを固く抱え直して戻ると、もう一方の腕でデイルの身体を力任せに担ぎ上げる。
「サヤ! 頼む―――ッ!!」
悲痛な叫びを聞いたサヤは、全てを悟って即座に刀を振るい、目の前の空間をズバりと切り裂いた。
闇の亀裂が走る。エルムはデイルとクロイツを抱えたまま、迷わず空間の裂け目へと飛び込んだ。
続けてサヤも滑り込む。カイエンはブレスを吐き続けながら、横っ飛びの強引な体勢で空間の裂け目へ飛び移った。
直後、カイエンのブレスの堰が破れ、プレアデスの全開の業火が押し寄せた。
しかし、その激しい炎と煙の遮蔽に阻まれ、プレアデスの目に空間の裂け目が閉じられた瞬間が映ることはなかった。
黒く焦げ付き、地獄と化した焼け跡を見下ろし、プレアデスが満足げに呟く。
「ふふふ……跡形もなく焼き尽くしたか……」
そこへ参謀が素早く駆け寄ってきた。
「流石でございます、プレアデス様! 実に見事な御采配でした!」
「ふむ。お前たちもよくやった」
プレアデスが冷ややかな笑みを浮かべると、周囲のブランゼル兵たちから一斉に地鳴りのような勝鬨が上がった。
かくして、死闘を制したと思い込んだプレアデス率いるブランゼル軍勢は、意気揚々とその場を引き上げていくのだった。




