第90話:試練の交差刃、迫り来る影
切り立った巨岩に囲まれた険しい山道を、カイエン、デイル、エルム、サヤの4人が踏みしめるように進んでいた。
「あ! あれ見てよ!」
先頭を行くエルムが足を止め、指をさす。その視線の先、深い霧に覆われた山間の奥深くに、ひっそりと佇む巨大な建造物の影が見えた。
「あれが……ロンカ帝国の遺跡か。よくこんな場所が分かったな?」
カイエンが感嘆の声を漏らしながらデイルを振り返る。
「……正直に言うとですね、私もここに来るのは初めてなんです。本当にここにあって良かったです」
デイルは静かに答え、安堵の息をつくと、しっかりとした足取りで再び歩を進めた。
「えっ!? 当てずっぽうでここまで来たの!?」
エルムが目を丸くしてデイルの背中を二度見する。その驚きぶりに、隣のサヤが「くすくす」と小さな笑い声を漏らした。
やがて4人は、その古びた遺跡の中へと足を踏み入れる。
数百年の月日が流れた証として各所が途切れ、崩落していたが、立ち並ぶ巨柱や壁面に刻まれた細密な装飾は荘厳そのものだった。空間全体に漂う静寂と圧倒的な威厳に、4人は思わず言葉を失う。
「これは、すごいな……」
カイエンが低く呟いた。4人は静寂を破らぬよう歩みを止めず、さらに奥深くへと進んでいった。
広場のようにひらけた空間の中央に、古びた祭壇が置かれていた。
その場所に足を踏み入れた途端、サヤの表情が一変する。鋭く何かを察知し、素早く刀の柄に手をかけた。
祭壇の中央――何もなかった空間からうっすらと透明な人影が宙に浮かび上がり、にじみ出るように姿を現す。
異変に気づいたカイエンも瞬時に刀へ手を伸ばし、エルムも剣の柄を固く握りしめた。現れた人影は、ボロボロのローブを身に纏った、怨念めいた骸骨のような姿をしていた。
デイルは落ち着いた動作でローブの骸骨へ向けて手を差し伸べ、探るように念を放つ。そしてすぐに片手を大きく広げ、緊張するカイエン、エルム、サヤの3人を制した。
「心配ありません……無害なようです」
デイルが告げると、宙に浮く骸骨はカタカタと不気味な音を立てて顎を動かした。
『我が名はレイナス……”断ち切るもの”の守護者である……』
「断ち切るもの……?」
デイルが解せないように呟く。
『ここに……お前たちの求めるものがある……』
レイナスは静かに身を引くと、背後の祭壇へ進むよう手を差し伸べた。
カイエンとデイルの二人が、慎重な足取りで祭壇へと近づく。
「こ、これは……」
カイエンが目を見開いた。
そこには、黒い十字架の形をした不気味なケースが鎮座していた。デイルは慎重に手を伸ばし、ゆっくりと蓋を開く。
ケースの中に収められていたのは、長さの異なる二本の剣だった。
二本の刃はシミターのように優美で独特な曲線を描いていたが、あろうことか互いの刃が複雑に交差した状態で固く噛み合わさっていた。
カイエンがケースから慎重に取り出し持ち上げてみたものの、がっちりと絡み合った二本の剣は微動だにしない。カイエンはしばらくガチャガチャと知恵の輪のように動かしてみる。
「なんだ……? 外れないな……」
「貸してください!」
今度はエルムが受け取り、力を込めて引っ張ったり曲げようと試みたが、びくともしなかった。
「ふーむ……これは一体どうやって使うんだ?」
カイエンが顎に手を当てて深く考え込む。
デイルが再びレイナスのほうへ視線を向けた。
『選ばれし者のみが……それを手に取ることができる……。選ばれし者の元へ持っていくがよい……』
そう静かに告げると、レイナスの半透明な身体はじわじわと空気の中に溶け込み、やがて完全に姿を消してしまった。
「これ……どうします?」
エルムが互いに噛み合ったままの謎の二本剣を抱え、カイエンを見つめる。
「なるほど……鍵となる人物、か」
デイルが顎に手を当てて思案するように呟いた。
「ああ! あの港町で会った、右腕が二本ある少年か!」
カイエンが膝を打つ。
エルムはその二本の剣を再び黒い十字のケースへ丁寧に収め、カチリと蓋を閉めた。
「じゃあ、これ持っていきます?」
「そうだな。持っていこう」
カイエンが強く頷くと、エルムはその重厚な黒い十字ケースをしっかりと胸に抱え直した。
――だが、4人は気づいていなかった。
少し離れた崩落した柱の影から、その様子をじっと覗き込む怪しい人影があった。ブランゼル王国の兵士である。
4人は目の前の不思義な剣に気を取られており、サヤでさえも、相手に全く「殺気」や「敵意」がなかったため、その潜伏に気づくことができなかった。
隠れていた兵士は足音一つ立てず、静かに神殿の闇の中へと消えていった。
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ブランゼル王国の野営地。
幕舎の中でプレアデスが広げた地図の前に、伝令の兵士から報告が届いていた。
「なに? そんな場所にロンカの神殿遺跡が……?」
プレアデスの目の前で、テーブルの地図上に素早く赤い印がつけられる。傍らに控えていた参謀が、鋭い目つきでその地図を覗き込んだ。
「皆に伝えよ。今すぐ出撃する」
プレアデスが静かに立ち上がる。
「はっ! 直ちに!」
参謀が恭しく一礼すると、素早く幕舎を立ち去っていった。
プレアデスが外へ足を踏み出すと、そこにはすでに鎧を響かせ、一糸乱れぬ陣形を組んだ精鋭部隊が整列していた。
「進め」
プレアデスが冷たく言い放つと、鉄の靴音を山間に響かせながら、ブランゼル軍は静かに進軍を開始した。




