第89話:野営の温もり、深山に咲く笑み
切り立った岩山が連なる山脈の中、青々とした緑がうっそうと生い茂る獣道へと、エルムとサヤの二人が足を踏み入れていた。
エルムは道すがら、燃えやすい落ち枝や乾燥した枯れ葉を丁寧に拾い集め、ひとまとめにして持参した紐で器用に縛っていく。
サヤは少し先の草むらへと進み、広げた風呂敷の中にたくさんの野草や野花、色鮮やかなキノコ類を手際よく集めていた。
「へえ……たくさん集まったね! その黄色い花も食べられるの?」
回収した薪を背負ったエルムが、サヤの風呂敷を覗き込む。
「ええ。向こうに綺麗な小川があったから、そこでちゃんと洗えば美味しく食べられるよ」
サヤは摘み取った黄色い花を鼻先に寄せ、ほのかな香気で状態を確認した。
「サヤは何でも知っているんだね。じゃあ、向こうの川に行って洗ってこようか? 僕も手伝うよ」
サヤがにっこりと微笑むと、二人は清流のせせらぎへ向かい、野草に付いた泥を優しく落としながら、黄色い花弁を丁寧に洗い流していった。
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その頃、二人から少し離れた急峻な断崖付近。
舞い上がる砂煙とともに、一頭のカモシカが切り立った岩肌を軽快な跳躍で駆け下りてきた。
ついに平地へと降り立つと、その精悍な頭部を上げ、威厳に満ちた佇まいで周囲の気配を探るように見回す。
巨岩の影から、息を殺したカイエンがゆっくりと新義手の銃身を走らせた。
――パンッ!!
一発の乾いた銃声が山間に響き渡り、驚いた野鳥たちが一斉に大空へと飛び立っていく。
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さらに少し離れた、雨風を遮ることのできる岩洞窟。
近くの小川から革袋に満々と水を汲んできたデイルが、静かに腰を下ろしていた。
先に運んでおいた枝葉に火を点け、その上に大きな鍋を仕掛ける。汲んできた水を注ぎ入れ、お湯を静かに沸かし始めていた。
そこへ、エルムとサヤの二人が戻ってくる。
エルムが背負った木の枝には、先ほどの小川で手づかみにして捕らえた立派な川魚が四匹、刺さるように吊るされていた。
隣を歩くサヤは、両手いっぱいに抱えきれないほどの野草や野花、キノコを抱えている。
そこへ最後に、先ほど仕留めた大きなカモシカを豪快に担ぎ上げたカイエンが足を踏み入れ、獲物をドサリと横たえた。
その光景を目にしたデイルは、思わず「ふふっ」と声を漏らして吹き出してしまった。
「……パーティーでも開催するつもりですか? こんな山奥で、なんとも豪華すぎる晩餐会ですね」
4人は顔を見合わせると、ひとしきり楽しそうに声を上げて笑い合った。
その後は手分けをして作業に取りかかる。花をむしり、野草を切り分け、ナイフで素早く魚の内臓を取り除き、カモシカの皮を剥いで下処理を施す。
手慣れた手さばきで各自の受け持ちを終わらせていくと、瞬く間に鍋は色とりどりの具材で埋め尽くされ、枝に刺された川魚と香ばしいカモシカの肉が直火で炙られていった。
デイルは小川で洗ってきた清潔な木の枝を使い、器用に鍋の灰汁をすくいながら丁寧にかき混ぜていく。
カイエンが肉の焼き加減を吟味するように視線を落とした。
「それで……その神殿までは、あとどれくらいかかる?」
「そうですね……あと3日も歩けば着くでしょう」
「結構、遠いんだね」
エルムが川魚の焼き色を確かめながら呟く。
「サヤさんは……平気ですか?」
デイルが盲目で線の細いサヤを気遣い、静かに声をかける。
「え? 私ですか……? ふふ、こういう旅には慣れていますから。むしろ、こんな頼もしい方々とご一緒できるなんて、安心感を覚えるくらいですよ」
サヤは柔らかく微笑んで答えた。
「サヤは……僕が守るから大丈夫だよ」
エルムがサヤを見つめて胸を張る。
「そんな格好良いこと言って、エルム? その魚、少し焦げているんじゃない?」
サヤが可憐に微笑みながら指摘した。
「うわわっ! しまった……! ……ご、ごほん、これは僕が食べるから大丈夫!」
小さく慌てるエルムの姿に、洞窟の中に4人の楽しげな笑い声が優しく響き渡った。
厳しい自然に囲まれた険しい山道の途中で、古のロンカ帝国の遺跡へ向けて着実を進める、たくましくも心温まる4人の姿がそこにはあった。




