第82話:解析と葛藤、飛翔への進路
プラウデンが誇る鋼鉄の要塞、その最深部に位置する会議室。
防音壁に囲まれた室内には、周辺録画システムが捉えた映像を映し出す大きなスクリーンとスピーカー設備が整えられていた。
飛空艇で訪れたバレルを加え、一同はスクリーンに映し出された敵の新型パワードスーツの死闘を、息をのんで食い入るように見つめていた。
「……しかし、これは驚いたな」
バレルは開いた口が塞がらないといった表情で、画面上の凄惨な機動を凝視している。
「なあ……バレル? これって、お前の作った P-LOTとは違うのか?」
クリストフが尋ねると、バレルは腕組みをして唸った。
「うーん……おそらく内部設計は全く別物だろうが……一理あるな」
「そうなんですか!?」
フリントがハッとした表情でバレルを見つめる。
「うん。パワードスーツという形状であったとしても、中に生身の人間が入ることはまず不可能だ」
「え? なんでですか?」
トリスタンが不審そうに身を乗り出した。
「まず第一に衝撃(G)の問題だ」
バレルは指を一本立てて説明を始める。
「スーツの外側をどれだけ頑丈に補強しようと、急停止や激突の凄まじい衝撃はそのまま中の人間に伝わる。人体にかかる衝撃を殺すには減速するための『クッションとなる距離』が必須だが、あの狭い鎧の中じゃ全く距離が足りん」
バレルは二本目の指を立てた。
「次に人間の関節……特に肩や股関節の動きだ。単純な球体ではなく複雑な軸移動をする生体関節と、機械の関節の中心を完全に一致させるのは理論上不可能ですらある。そして決定的なのが『熱』だ」
「熱……?」
「高出力のモーターや魔法電池は、猛烈な熱を発生させる。あの密閉された鉄の箱の中で熱がこもれば、中の人間はほんの数分で熱中症……最悪、蒸し焼きになって死ぬ。生身の人間が入っていれば確実に命はない。だから無人の自動ロボットだろうという推測は正しい」
バレルは深く息を吐き、考え込むように顔を伏せた。
しかし――フリントは納得のいかない表情で首を傾げる。
「ですが……あの映像で見せた咄嗟の回避行動や機動の判断力……あれが遠隔操作やただの自動制御プログラムだとは、どうしても思えません」
「ああ、わかっている。フリントの懸念はもっともだ。あの異常なほどの精妙さは、アルゴリズムで再現できる域を超えている」
バレルは天井を見上げた。
「じゃあ、やっぱり中に誰か入っているのか……!?」
クリストフが問い詰める。
「……きっと、魔将軍本人が入っているのね。それ以外には考えられないわ」
これまで静かに議論を見守っていたヴァレリアが、冷徹な声で言った。
「残っている魔将軍はプレアデスとバロール……だけど、彼女はこういった機械技術には全く興味を示さない」
「プレアデス……? 女なのか?」
クリストフがヴァレリアへ視線を向ける。
「まあね……けれど、あんな化け物たちに男も女もないわ。彼女は極めて計算深く、判断力も冷徹。屈指の強敵よ」
――バンッ!!
突然、激しい音が室内に響き渡った。トリスタンが溢れ出る感情を抑えきれず、テーブルを強く叩いたのだった。
「あの新兵器の中に……僕のお母さんを殺したあいつが入っているんだろ……!? ここで手をこまねいて、何もできないなんて悔しすぎるよ……っ!!」
トリスタンの瞳に、涙が滲む。
「ま、待ってくれ、トリスタン……!」
フリントが咄嗟にトリスタンの手を強く握りしめた。
「いま何の策もなしに突撃したら、今度こそ全滅しかねない……! 絶対に何か手を考えるから、今は……今はこらえてくれ!」
必死の説得に息を呑むトリスタン。クリストフはふと気になった疑問をバレルにぶつけた。
「でも、なんで急に逃げたんだ、あいつ?」
「おそらく魔力の枯渇だな。あのコンパクトなサイズでは、高出力を持続させる魔法電池が積み込めない。そもそも、あの程度のバッテリーであの機動をこなしたこと自体が異次元の技術だがな」
「じゃあ……あれは失敗作なのか?」
「失敗作というよりは試作機だ」
バレルは腕組みをしたまま厳粛に言った。
「だがすぐに問題は克服されるだろう。何しろ奴らには、精霊工学の真髄が記された『青本』がある。時間の問題だ」
深い沈黙が落ちる中、バレルがクリストフの顔をまっすぐに見つめた。
「なあ、クリストフ……俺は思ったんだが」
「……?」
「こういう時こそ、頭を冷やした方がいいんじゃないか? お前たち……」
「え……?」
「一緒に行ってほしい場所があるんだ。ここから遠く離れた港町なんだが……一旦チャリオットはここに預けて、俺の飛空艇で向かってみないか?」
バレルは全員の顔を順番に見渡した。
クリストフはゆっくりと立ち上がると、椅子に座り込むトリスタンの前で目線を合わせてかがみ込んだ。
「俺だって……カトリーナの仇が憎い。だが、今の俺たちのまま挑むのはあまりにも危険だ。……一緒に行かないか、トリスタン。な?」
クリストフは温かい眼差しで、力強くトリスタンの肩を叩いた。
「……うん……わかった……一緒に行くよ」
トリスタンは俯きながらも、静かに頷いた。
会議室を覆う重苦しい空気の中に、バレルが投げかけた一筋の光――飛空艇による新たなる旅の道標が、静かに拓かれようとしていた。




