第81話:予言者の残光、夢の果ての導き
とある辺境の村に佇む、ひっそりとした宿屋。
魔将軍アイゼンの居城を後にし、東へと向かった4人の冒険者が静かに体を休めていた。
デイルの本来の目的地とは少し逸れるものの、「まずは港町に出て状況を把握したい」というカイエンの願いを汲み、海へ通じる静寂な山道の途中で一晩の宿をとっていたのだった。
カイエンとサヤ、そしてエルムは静かな寝息を立て、深い眠りについている。
そしてデイルもまた、深い眠りの揺りかごの中で――懐かしい人物の幻影と対峙していた。
――果てしなく広がる大草原。
心地よい青嵐が吹き抜ける中、デイルは佇んでいた。ずっと昔から、その彼方から歩み寄ってくる人影を待っていたかのように。
「これはこれは……お久しぶりです、ロード・マードック」
聡明な雰囲気を纏ったローブ姿の老人は、どこか気まずそうに眉を下げて口を開いた。
「もう、すぐにバレちゃうんだもんなぁ……やんなっちゃうよ。お前はさ、もっとこう敬意というか、風情ってものが足りないんじゃない?」
「そんなことはありませんよ、ロード・マードック。あなたを心から尊敬しています」
「ま、まあ、そうなんだろうけどさ……普通さ、こういう時って『まさか! 私の夢枕に立つなんて!』とか驚くとか、意外そうな顔をするとかさ。もっとリアクションがあってもいいんじゃない?」
「相変わらず面倒くさいですね、ロード・マードック……。私がマジックロッドの戦いに行かなかったことですか?」
ロード・マードックは複雑な表情を浮かべ、次に紡ぐべき言葉を探すように視線を彷徨わせた。
「……まあ、いいです。当時も言ったはずですよ? エルフは人間と違い、あまりにも寿命が長い。その分、一度失った魔力を取り戻すにも莫大な時間を要するのだと」
デイルは穏やかながらも筋の通った口調で言葉を重ねる。
「あの時、仮に私が無理をしてマジックロッドへ赴いたところで、赤子ほどの力にしかなれなかったでしょう……」
「でもさ、アルウェンはマジックロッドに行ったぜ? 普通に」
ロードはきょとんとした顔で、あっけらかんと告げた。
「ええっ!? まさか……! アルウェンはあの時、すでに魔力を取り戻していたのですか!?」
デイルの表情が、一瞬で驚愕に染まる。
「あ、そこは驚くんだ……。いや、違うよ? アルウェンはその赤子ほどの力もない状態のまま行ったんだよ」
「まさか……!」
「そうだよね、無謀だよねぇ? でも、俺が誘っちゃったんだけどさ……」
ロードはまるで他人事のように、軽ろやかに言った。
「それで……どうなったのですか?」
デイルはすぐさま冷静さを取り戻し、先を促す。
「あの時、ベインにも声をかけておいてね。彼も来てくれたんだ。あれは本当に助かったよ……おかげで何とかなった」
ロードは遠くを見るような目になり、ぽつりと呟いた。
「まあ……ベインは犠牲になっちゃったけどね。アルウェンは何とか生き延びたよ。今じゃピンピンしてる」
「……すみません。私も駆けつけていれば……」
自責の念を滲ませるデイルに対し、ロードは静かに首を振った。
「正直、アルウェンも無理して『ハイエイシェント』なんて大魔法を唱えてさ、死にかけてたしね。行かなくて正解だったよ」
デイルは少し首を傾げ、まっすぐにロードを見つめた。
「……今夜は、なぜこちらへ?」
「ああ……俺の、予言者ロード・マードックとしての『刻』が終わろうとしている。それを伝えたくてな」
言葉の語気が変わり、老人の瞳に重厚な色が宿る。
「そもそも、人間ごときがこの途方もない役目を背負うなど、荷が重すぎたのだ。もう長くは続かない」
デイルはその言葉に込められた痛烈な真実を噛みしめ、真剣な眼差しで見つめ返した。
「とにかく、デイル……お前の進んでいる道は正しい。それを信じて進め。俺はそれを念押ししに来たんだ」
「そんな……そのために……」
デイルは切なげに言葉を漏らす。
「俺は『フォース・エレメント』の中でも、お前のことを誰よりも高く評価している。一番信頼できるのはデイル、お前だ」
ロードは温かい笑みを浮かべた。
「何も言わなくても、俺がここに現れた意味は……お前ならわかるはずだ。ただな……」
「なんでしょうか?」
「お前はまだ、本当の『鍵』となる人物には出会っていない。決して焦る必要はないぞ。時が満ちるまで、静かに待つこともまた肝要だ」
言い終えると同時に、ロードの姿が淡く透明に透けはじめ、風に溶けるように消えかかっていく。
「待ってください! ロード! 待って……!」
デイルが必死に手を伸ばした――。
――ハッとして、月明かりが差し込む薄暗い宿屋の一室で、汗だくのデイルが跳ね起きるように体を起こした。
「……どうした? デイル」
ベッドの横で、デイルの異変を察したエルムが眠そうな目を擦りながら体を起こしてきた。
「なあ……エルム」
「ん……?」
「俺の選択は……正しかったようだ」
デイルの深く澄んだ言葉を聞き、エルムは眠気の残る顔でふっと穏やかな微笑をこぼした。
「ああ、知ってるよ」
二人はそれ以上言葉を交わすことなく、再び静かな夜の深みへと横たわり、深い眠りへと落ちていった。




