第8話:静かなる熱量
採掘場の労働は深夜にまで及ぶ。月明かりさえ届かない岩陰で、一人の奴隷が周囲を執拗に警戒しながら、こっそりと懐から何かを取り出した。それは、昼の配給で命懸けで隠しておいた、一個の小さなジャガイモだった。男は震える手でそれを掴み、泥のついた皮ごとゆっくりとかみしめる。
「美味しいかい?」
闇の中から不意にかけられた声に、男はビクッと肩を揺らし、真っ青な顔で振り返った。
「お、お前……! 守衛にチクるつもりか!」
「いやいや、まあ話を聞いてくれよ」
現れたのはフリントだった。彼は両手を広げ、敵意がないことを示しながら男を宥める。
「僕たちは、別にあなたを陥れたりしない。ただ、少し相談があるんだ」
フリントの背後から、一回り大きな影が音もなく現れた。成長し、精悍な顔つきになったトリスタンだ。二人に囲まれた男は、蛇に睨まれた蛙のように怯え、声を震わせた。
「お前ら、何のつもりだ……!」
「ここを、出たくないか?」
フリントの静かな、だが重みのある問いかけに、男の時が止まる。
「え? ここを出るって……お前、正気か?」
「ああ。ここにいたら、いずれみんなあの穴に放り込まれて終わりだ。死を待つか、賭けに出るか。どっちがいい?」
「ば……バカか! バレたらその場で殺されちまうぞ!」
「でも、バレなくても、どのみち冬は越せないだろ?」
トリスタンが真っ直ぐな目で言葉を継ぐ。その瞳には、かつての絶望は微塵もなかった。
フリントが男を説得する。「僕たちを信じてほしい。……これを見てくれ」
フリントが顔の高さで、両手の指を合わせて「三角」の形を作った。すると、暗がりのあちこちで、作業を続けているふりをしていた奴隷たちが、一斉に手元で小さく同じ三角のサインを作ってみせた。
「これは……こんなに、仲間がいるのか?」
「ああ、もう三十人は集まった。ここまで来るのに苦労したけどね」
トリスタンとフリントが、あの雪の日に出走を決意してから、一年半の月日が流れていた。
16歳になったトリスタンは、もともと恵まれていた体格がさらに逞しくなり、粗末な食事で痩せてはいるものの、背が伸び、引き締まった筋肉を宿した戦士の体つきへと変貌を遂げていた。二人はこの一年半、地道に、そして慎重に、一人ずつ奴隷たちを説得し、仲間を増やし続けてきたのだ。
「確かに、バレれば即座に処刑だ。でも、ここで動かなければ野垂れ死にを待つだけだ。俺たちと一緒に、運命をひっくり返してみないか?」
フリントの熱い眼差しに、男はしばし沈黙し、やがて力強く唾を飲み込んだ。
「……よし、わかった。で、俺は何をすればいい?」
ついに男が決心し、仲間の輪に加わった。
岩陰では、監視の目を盗んで密かな打ち合わせが続く。
奴隷たちは役割を分担し、守衛の巡回時間、交代のタイミング、武器の数、さらには守衛同士の雑談から漏れ聞こえる採掘場の構造まで、あらゆる断片的な情報を記憶していった。
そして、フリントがそれらの膨大な情報を集約し、緻密な脱出経路と作戦を脳内の設計図へと書き込んでいく。
それは、少しの綻びも許されない、薄氷を踏むような危険な賭けだった。
地獄のように過酷な労働に変わりはない。だが、わずかな希望を共有した奴隷たちの瞳には、それまでとは違う「生きる目的」が芽生え始めていた。
相変わらず守衛たちの怒号が飛び、鞭が空を切る。しかし、それを受ける奴隷たちの眼光はもはや死んでいなかった。冷たい泥の中でも、彼らは胸の奥に、静かな、しかし決して消えない炎を燃やし続けていた。




