第76話:禍煙の女将軍、刻まれる新威
崩れた防壁、飛び散った巨大な石片や瓦礫の山。路地を埋め尽くす死屍累々の死体――。
立ち上る黒煙と焼け跡の炎がくすぶるその街は、凄惨な蹂躙の痕跡を色濃く残していた。
「ひ、ひいぃっ……!!」
息も絶え絶えになりながら、血に染まった石畳を必死に這う一人の兵士。
――ズシン……ズシン……。
重厚な地鳴りのような足音を響かせ、身の丈2メートルはあろうかという禍々しい全身鎧を身にまとった巨人が、逃げ惑う兵士の背後から静かに迫る。
巨躯でありながら、その姿のラインはしなやかで恐ろしいほどに美しい。深紅の飾りが揺れる兜の隙間から覗くのは、端正で美しく整った女の顔立ちであった。
しかし、そこに漂う圧倒的な存在感と威圧感は、明らかにこの世の領域を超越している。
「ぐぎゃあぁぁっ!!」
女将軍の振るう長剣が、兵士の胸腔を正確に穿った。絶命したことを冷徹な眼差しで確認すると、彼女は剣を引き抜き、一筋の血を払うように血払いをした。
「ふん、ここも落ちたか……。さて、次は――」
砂埃と粉塵が舞い散る苛烈な戦場の中、彼女は鋭い眼光で周囲の惨状を見回す。
その時、ブランゼル王国の伝令兵が、緊迫した表情で駆け寄ってきた。
「た、大変です、プレアデス様っ!!」
「どうした?」
プレアデスの射抜くような鋭い眼光が、駆け込んできた兵士を捕らえる。
「あ、アイゼン様が……倒されたとの連絡が入りました!」
「なに……? ああ、ヴァレリアが来たのか?」
「それが……っ」
兵士が戸惑いの表情を浮かべると、プレアデスの眼光はさらに鋭さを増し、問い詰めるように鋭利になった。
「こちらに入った情報によりますと……デイル……? という名の若い魔法使いが乗り込んできたとのことですが、ご存知でしょうか?」
その名を聞いた瞬間、プレアデスの端正な顔立ちがわずかに陰った。
「まさか……。そうか、奴はエルフ族であったな……」
「その、デイルというのは……どのような男なのですか?」
兵士がおそるおそるプレアデスへ尋ねる。
「予言者ロード・マードックに導かれし『フォース・エレメント』の一角……。我が創造主が精霊世界へ追放されてから、悠に70年は経っている」
プレアデスは空を睨みつけるように言葉を紡ぐ。
「人間であればとっくにくたばっていてもおかしくはない……。だが、寿命を持たぬエルフとなれば話は別だ」
冷酷な威圧感を纏い、プレアデスは命じた。
「デイル・アンバーグリスキー、そしてアルウェン・ソレス……。只今より、その二名を我がブランゼル軍の『最重要脅威』として全軍に認識させよ」
「はっ! それでは、直ちに全軍へ周知徹底して参ります!」
プレアデスは、踵を返し急いで立ち去ろうとした兵士を短く呼び止めた。
「待て」
「はっ! まだ何か!?」
「そのデイルという男は、どこへ向かった?」
「詳しい行き先まではわかりかねますが……アイゼン様の居城を出た後、東の方角へ向かって移動しているとの報告が入っております!」
「そうか、分かった。行ってよい」
「はっ! 失礼いたします!」
兵士は深々と一礼すると、脱兎のごとく走っていった。
その傍らで一連のやり取りを静かに聞いていたブランゼル王国の参謀が、足音を忍ばせて近づいてくる。
「プレアデス様……どうお考えになりますか?」
「ふん、面倒なことになってくれたわね」
「アイゼン様が討たれたことでしょうか?」
「そんなものは、以前から懸念されていた些事に過ぎん。……だが、今回のこれはその程度の懸念とは根底から次元が違う」
プレアデスは参謀に向かって冷徹に告げた。
「これより我々はデイルの行方を追う。我がブランゼル王国にとっての一番の脅威として、討伐の優先度を極限まで上げよ」
「あのヴァレリアよりも……でございますか?」
「そうだ。直ちに全軍へ伝え、追撃と対策の準備に取り掛かれ」
「ははっ!」
立ち去ろうとする参謀へ、プレアデスが言葉を重ねる。
「ああ……それと」
参謀が振り返る。
「今の件、バロールにも伝えておけ」
「はっ! おそらく既にバロール様の耳にも届いているかと存じますが、念のため確実に確認を入れておきましょう。……何か意図がおありで?」
「アイゼンの精霊工学における技術や装備は、バロールに引き継がれたのだろう? 元よりあいつは、そうした知識や技術に異常な執着を見せていたからな」
プレアデスの口元が、わずかに皮肉げに歪む。
「それに、ヴァレリアと同等の能力を持つという、あの奴隷のガキのことも面白がっていた。……そ奴らの相手は、バロールに任せておけばよい」
「承知いたしました。そのあたりの意図も含め、バロール様へお伝えいたします」
「ふむ……任せたぞ」
プレアデスは静かに冷酷な視線を送る。
黒煙と炎がなおもくすぶる滅びの街の中――ブランゼル王国の新たなる惨劇の目論見が、ゆっくりと、確実に動き出そうとしていた。




