第75話:予期せぬ戦果、英雄たちの困惑
「クリストフ!!」
トリスタンは一目散に駆け寄り、雪の上に倒れているクリストフの体を必死に揺さぶった。
直後、ティーガーのハッチが跳ね上がり、フリントが梯子を滑り降りてくる。ヴリトラの重厚なドアも開き、ヴァレリアが息を飲んで近寄ってきた。
「クリストフ……お願い、しっかりして!!」
トリスタンが抱きかかえ、切実な声で呼びかける。
すると、クリストフの瞼がぴくりと動き、はっと目が見開かれた。
「トリスタン……トリスタンか! 良かった、無事だったのか……!」
クリストフはゴツゴツとした大きな手でトリスタンの頬を触り、そこに確かな温もりを感じ取ると、生きている実感を噛みしめるように深く安堵の息を吐いた。
しかし次の瞬間、クリストフの表情が一変し、唐突に大声を上げた。
「わあああっ!? 俺のカタナは!? どうなった、どこだ!?」
クリストフは必死の形相で立ち上がろうとし、辺りを見回す。
すぐ近くでフリントが、横倒しになっていたカタナを起こし、静かに状態を点検しているのが見えた。
クリストフは足をもつれさせながら駆け寄り、すがるように尋ねる。
「ど、どうだ!? もうダメか? 壊れちまったか!?」
「そうですね……フレームが少し曲がっちゃった部分はありますが、まあ、大丈夫でしょう」
フリントは冷静に各部を叩きながら見立てを口にする。
「ただ、もうほとんどバウンダリー・ハル(魔導障壁)が残っていません。これじゃ雨すら防げない状態です。本当に奇跡ですよ、この衝撃で原形を留めているなんて」
フリントは作業服の袖を捲り上げた。
「この場でとりあえずの応急処置をして……今できるエングラムゲートを強制発動し、バウンダリー・ハルだけ少し戻しましょう」
そう言うと、フリントはティーガーに載せてある工具箱を取りに走った。
「良かった……カタナがこれでスクラップになったらどうしようかと……」
クリストフが胸を撫で下ろそうとした、その瞬間――。
「いい加減にしなさいよ、あなたたち!!」
ヴァレリアが物凄い剣幕で叫んだ。
「わあぁっ!? な、なんだよ急に!?」
あまりの迫力に、クリストフとトリスタンはビクッとして思わずのけぞる。
「アイゼンはどうしたの!? あの巨大なドラゴンも大変だったけど、アイゼンはいたの!? いなかったの!?」
ヴァレリアが肩を怒らせ、猛烈な勢いでまくしたてる。
「ああ……それな……」
クリストフとトリスタンは顔を見合わせた。
「なぜかここに、先に『絶魔の猟犬』のカイエンが訪れていたらしくてな……」
「カイエン……?」
それがどうしたと言わんばかりに、ヴァレリアがギロリとクリストフを睨みつける。
「あいつがな……俺たちより先にここへ乗り込んで、アイゼンをやっつけちまったらしいんだよ」
「は……? え? ちょ、ちょっと待ちなさいよ! カイエンって何者なの!? 黄金の光もないのに、どうやって魔将軍を倒したのよ!?」
あまりの唐突さに狼狽えるヴァレリアの脇を、大量の工具を抱えたフリントが淡々と通り過ぎていく。
「俺が知るかよ……。でも、カイエンはあのヴァルガスを倒した伝説の男だ。魔将軍を倒す力があったって不思議じゃないさ」
クリストフは溜息混じりにヴァレリアへ答えると、カタナの手配に取り掛かろうとしているフリントへ声をかけた。
「おい、フリント……あの無線機はあるか?」
「はい? これですか?」
フリントはポケットから無線機を取り出し、クリストフの手へと手渡した。
「私たちは……結果的に、あの黒いドラゴンを倒すためにここへ来たってこと……?」
ヴァレリアは未だに状況が飲み込めない様子で、雪の上に横たわる巨大な黒竜――レイドールの惨状を見つめる。
「まあな……しかもあいつは黒本党の最高幹部だ。それを手違いと偶然でぶっ殺しちまった。魔法教会が総力を挙げて探し回っている最重要人物をな」
クリストフは重い溜息をつき、無線機の通話ボタンを押して応答を待った。
「バレルさんに連絡するの?」
トリスタンがクリストフの顔を覗き込む。
「ああ……こんな大事件、すぐに知らせねえと割と一大事だからな」
やがてノイズが晴れ、スピーカーの向こうから馴染み深い声が響いてきた。
『どうしたフリント!? アイゼン城で手こずっているのか!? 助けがいるのか!?』
応答したバレルから、立て続けに焦った質問が飛んでくる。
「あ、いや……俺だ俺、クリストフだ。今な、想定外の事態が起きててな」
『想定外だと!? どうした、大丈夫か!? 誰か怪我でもしたのかっ!?』
バレルの心配が膨れ上がり、思わず大声になる。
「落ち着けよ……まあ確かにギリギリだったが、なんとか全員、五体満足でぴんぴんしてるぜ」
クリストフは一呼吸置き、後頭部を掻きながら言った。
「それより……あのな。俺たち、あのレイドールを殺しちまったみたいなんだよ……」
――ガラガラガッシャーン!!!
無線機の向こうから、何かが大量に崩れ落ちる凄まじい破壊音が聞こえてきた。
「おーい、大丈夫か? バレル、おーい?」
クリストフが語気を強めて呼びかける。
『お……お前、何を言っているんだ!? レイドールだと!? 正気かッ!?』
バレルが狂乱したように無線機へ怒号を返す。
「俺が知るかよ……なんでこんなことになったか、こっちが一番聞きたいよ」
クリストフは諦めたような口調で吐き捨てた。
かつて魔将軍アイゼンの威容を誇った雪の中の居城は、今や英雄たちの深い混乱と戸惑いの中に包まれていた。




