第74話:龍を解く猛砲、果てしなき一閃
城に向かって完璧な迎撃態勢をとるフリントとトリスタン。
重く息苦しいほどの静寂が、白銀の戦場を支配していた。雪の降る音すら途絶えたかのような緊張の時間が、永遠のようにも感じられる。
――ガッシャアァァンッ!!!
突然、城壁の高い場所にある大窓が激しく砕け散り、膨大な硝子と石片と共に、一人の男が天空へ投げ出された。
「クリストフっ!!」
トリスタンの悲痛な叫びが、雪原に切り裂くように響き渡る。
まさにその瞬間――城壁のすぐ下、フリントが配置していたカタナが眩い黄金の光を放ち、エンジンが爆風のような咆哮を上げた。
無人のカタナはサイコドライブに導かれ、重力を無視するように、城壁を垂直に駆け上っていく。
「カタナぁっ!!」
落下していくクリストフは空中で必死に手を伸ばし、駆け上がってきたカタナのハンドルを命懸けで掴み取った。
「ぐ、あああっ!!」
クリストフは振り落とされまいと必死にしがみついたが、人間の体重がかかったカタナは空中でのバランスを失い、城壁を剥がれ落ちるようにして急降下を始める。
地面へ激突するまさに直前――カタナから放たれた眩い光と共に、大量の魔導障壁が弾け飛んだ。
ババババンッ!!と激しいバウンダリー・ハルを撒き散らしながら、カタナは衝撃を吸収し、巨大なスーパーボールのように大きくバウンドして地面を転がる。
「くっ……う、あぁぁっ!」
激しい落下の運動エネルギーに耐え切れず、ついにクリストフの手がハンドルから離れた。彼は雪原の地面をゴロゴロと数メートル転がっていく。
しかし、絶大なバウンダリー・ハルが直撃の衝撃を劇的に殺していた。地面に投げ出されたクリストフは、そのまま雪の上に突っ伏し、静かに気を失った。
その直後――!!
――ドカアァァンッ!!
城の分厚い外壁が内部からの圧力で破裂するように破壊され、石礫を散らしながら漆黒の巨竜が姿を現した。大きな翼を力強く羽ばたかせ、悠然と大空へと舞い上がる。
トリスタンは涙を拭い、冷徹なまでに冷静な手つきで黒い巨竜に狙いを定めた。間髪入れず、矢継ぎ早に3本の魔導矢を撃ち放つ。
しかしレイドールもまた、その巨大な巨躯からは想像もつかないほど俊敏に急上昇。3本の魔導矢を難なく、ひらりと空中で回避してみせた。
『ふん……その程度の攻撃で、この私が怯むとでも思ったか?』
レイドールの不敵で冷酷な声が、トリスタンの脳裏に直接響く。
「思ってないさ!」
トリスタンの目が鋭く光る。その手元――いつの間にか右手2本に、新たな2本の魔導矢が同時に握られていた。
トリスタンは間髪入れず、次々に魔導矢を射ち上げていく。しかしレイドールは、それをあざ笑うかのように空を軽やかに舞い、ひらひらと全てを躱していく。
『遊びは終わりだ……そろそろ、こちらの番といくか』
空中で制圧したレイドールは巨躯を誇示するように翼を広げ、地獄のブレスを吐き出すべく、胸一杯に大気を吸い込み始めた。
その時――ティーガーのコクピット内。
フリントはモニターに映る黒いドラゴンの複雑な空間軌道を、恐ろしいほどの集中力で正確に計算し続けていた。
「よくやった、トリスタン! お前が時間稼ぎをしてくれたおかげで……ロックオン完了だ!! もう逃がさねえぞ、行けえぇっ!!」
フリントが力強く、誘導ミサイルの発射ボタンを押し込む。
――シュバババババッ!!
ミサイルポッドのハッチが一斉に開き、白煙を吹き上げながら無数の誘導ミサイルが勢いよく飛び出した。ミサイル群は鋭い超音速の軌道を描き、レイドールへと一気に襲いかかる。
『ふん、無駄な悪あがきを!』
レイドールは一旦ブレスの吸い込みを中断すると、急降下を敢行してミサイル群の必殺の射線を寸前で回避した。
ミサイルはレイドールの機動を捉えきれず、そのまま後ろへと大きく突き抜けて飛び去っていく――かに見えた。
しかし、ミサイルはそのまま散ることはなかった。空中で推進ノズルを激しく噴射させると、急激に角度を変え、芸術的なまでの小回りで見事な旋回軌道を描き直したのだ。
『な、何ぃっ!?』
執拗なまでにレイドールを追跡し続ける誘導ミサイル。
旋回したミサイル群は、逃れようとするレイドールの巨躯へ、背後から寸分違わず一斉に着弾した。
――ズガガガガァンッ!!!
『ぐわあぁおぉぉぉっ!!?』
空中で壊滅的な爆炎と衝撃波を直接叩き込まれたレイドールは、片翼を破壊され、絶叫と共に地面へと叩きつけられた。ドォンッ!と地鳴りのような衝撃が雪原を揺らす。
『ぐ……ぐぬぅっ……な、なんだ……!? どうなってやがる……!?』
満身創痍のレイドールは傷口から黒い血を流し、息も絶え絶えになりながら、なんとか巨体を起き上げようともがく。
その眼前に、重厚な鉄の塊――ティーガーが静かに滑り込んできた。
ティーガーは重々しい駆動音を立て、よろめくレイドールに向けて、その極太い主砲の角度をミリ単位で正確に旋回させていく。
「古のロンカ帝国は、対ドラゴン専用の対空兵器として『レヴァルト-D8』を製造し配備した……」
フリントの静かな、しかし確固たる声が響く。
「レヴァルトは確かに少しの活躍を見せた……だが、一番ドラゴンを撃墜した機体でも最大でたったの5体。結局ロンカ帝国は、ドラゴンの聖輝軍によって滅ぼされた……」
フリントの目が、激しく燃え上がる。
「いまさら歴史は変わらない……! だがな、当時ドラゴンどもに真の一矢を報いたのは、そんな対空兵器なんかじゃねえ!!」
「最大撃墜数36体――ロンカ帝国最強の主力級チャリオット……この『ティーガー』だあぁぁっ!!!」
フリントの咆哮と共に、主砲の発射スイッチが力強く押し込まれた。
――ドガアァァァンッ!!!!
白銀の世界を吹き飛ばすほどの凄まじい爆炎と共に、超高速の貫通砲弾が解き放たれた。
砲弾は、よろよろと起き上がりかけた黒きドラゴンの巨大な胸腔をまっすぐに穿ち、背後へと突き抜けた。
『そ……そんな……この私が……ドラゴン族でも最強の能力を誇り……黒本党最高の幹部であり……この世界を変える側に立つ、この私が……!? なぜ……こんな……』
レイドールは驚愕に目を見開いたまま、起きかけた膝を折り、自身の胸に開いた空洞を見つめた。
やがてその黒き巨竜は、事態を飲み込めぬまま力尽き、地響きを立てて雪原の上に倒れ伏した。
黒本党最高幹部――レイドール・フォン・ライオネルの最期であった。




