第71話:竜の玉座、灼熱の覚醒
外の熾烈な砲声や爆炎が嘘のように、城内は不気味な静寂に包まれていた。
「……気をつけろ」
何かが潜んでいるような邪悪な気配を感じつつ、クリストフとトリスタンは慎重に剣を構え、影の伸びる回廊をゆっくりと進んでいった。
やがて二人は、城の最深部に位置する重厚な扉の前に辿り着く。トリスタンが息を殺してその扉に手をかけ、慎重に押し開けた。
直後、クリストフが素早く旋回するように滑り込み、周囲の安全を確認しながら臨戦態勢をとる。トリスタンもそれに続いて玉座の間へと足を踏み入れた。
広大な空間の奥――威厳ある玉座には、高貴で仕立ての良い服を着た一人の老紳士が、優雅に腰を下ろしていた。
「お前が……アイゼンか?」
クリストフは剣の先を向け、鋭い眼光で男を睨みつける。
「アイゼンだと……? あんな野蛮な化け物と一緒にするな。お前たちこそ、何者だ?」
老紳士は怯む様子もなく、毅然とした態度で言い放った。
「ここは魔将軍アイゼンの居城だと聞いてきたんだがな。俺たちはアイゼンを討伐しに来た」
男は口元に、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「ふん、討伐隊か。今は黒本党だけでなく、魔将軍まで狙うのか。まったく……お前たちには節操というものがないのか? 嘆かわしいことよ」
男は皮肉交じりの言葉を紡ぐと、呆れたように大袈裟に首を振ってみせた。
「……それで? お前は誰だ?」
クリストフが重ねて睨みつける。
「この私を知らぬとはな。討伐隊の情報網とやらも大したことがない。黒本党を追っているのだろう?」
その言葉を聞いた瞬間、クリストフの目が驚愕で大きく見開かれた。
「ま、まさか……なぜお前がここにいる!? お前……レイドールか!!」
「レイドール……?」
トリスタンがロングソードを構え直しながら、急変したクリストフのただならぬ気迫に首をかしげる。
「ふん、やっと気づいたか、愚か者め。まあよい。それで……カイエンはどうした? お前たちの仲間なのだろう?」
「カイエン……? いや、知らねえな。あいつがここに来たのか?」
意図の分からぬ問いに、クリストフが怪訝な顔を浮かべる。
すると次の瞬間、レイドールの高らかな笑い声が玉座の間に響き渡った。
「ハハハハハッ! そうか! お前たちは今さらノコノコと、魔将軍アイゼンを倒すためにここへ来たのだな!」
レイドールはまだ笑い足りないと言わんばかりに、腹を抱えて笑い転げた。
「……アイゼンはどこにいる?」
クリストフは相手の挑発的な態度にも動じることなく、冷たく尋ねる。
「アイゼンはな、とっくの昔にカイエンたちに討たれたよ。残念だったな。……もう用は済んだろう? とっとと失せろ」
「な……なんだと!?」
あまりに予想外な事実に、クリストフとトリスタンは顔を見合わせた。
「そんな……僕たちが来る前に、アイゼンが倒されていたなんて……」
トリスタンの口から、困惑の声が漏れ出る。
次の瞬間、クリストフが視線を変えずに、ごく小さな声でトリスタンに囁きかけた。
「……おいトリスタン。あいつはヤバイ。まともに戦ったら確実に負けるぞ。いいか、俺が合図したら、この部屋の天井に向かってその矢を撃ちまくれ」
「え……?」
「いいから聞け。戦おうとするな、すぐに逃げるぞ。わかったな?」
トリスタンは雰囲気を察し、黙って強く頷いた。
ごちゃごちゃと囁き合う二人を見下ろし、レイドールが冷酷な声で、この城の新たな主として宣告する。
「何をコソコソと言っている? もうここには用はないはずだ。お引き取り願おうか」
「トリスタン! やれぇっ!!」
「うおおおっ!!」
クリストフの叫びと同時に、トリスタンは無我夢中で弓を引き絞り、頭上の天井に向かって連射で魔導矢を撃ち込んだ。
――ズガガガガァンッ!!
凄まじい爆風が室内を吹き荒れ、崩壊した天井から巨大な瓦礫の山が雨あられと次々に落ちてくる。
「よし、行くぞ! ここを出るんだ!」
クリストフはトリスタンの腕を強引に引っ張り、瓦礫の煙が充満する玉座の間の外へ飛び出した。
「走れ! トリスタン!」
「え!? で、でも……瓦礫の下敷きになったんじゃないの!?」
走りながら叫ぶトリスタンに、クリストフは険しい顔で首を振った。
「あんなんじゃ全然無理だ! なぜなら奴は――」
クリストフが言葉を言いかけたたその時――!!
――ドカァァァァンッ!!
玉座の間の極厚の壁が、耳を劈く凄まじい爆音と共に爆破され、巨大な黒い影が飛び出してきた。
黒く鈍い光を放つ、鋼鉄のような硬質な鱗。大気を叩く巨大な翼。引き裂くような鋭く長い爪に、一切の生命を拒絶する牙――。
そこに姿を現したのは、凄惨な圧圧感を纏った巨竜の姿であった。
巨竜――レイドールは、胸を大きく膨らませ、周囲の酸素を一気に吸い込んでいく。
「や、やべえっ!!」
クリストフの顔から一気に血の気が引く。
次の瞬間、レイドールの口から、地獄の底から噴き出したかのような灼熱の業火が解き放たれ、城の回廊全体を一瞬で埋め尽くす勢いで押し寄せてきた。




