第66話:深雪の城閣、穿たれる楔
突然の訪問者たちによって、圧倒的な強さを誇った主・魔将軍アイゼンを消し去られ、完全な混乱の極みに叩き落とされた白銀の城。
しかし、その冒険者たちが足早に立ち去ってから数日が過ぎた頃――。
城の大門は無惨にも崩れ去り、跡形もなく破壊されてはいたが、城そのものの重厚な威容は未だ失われてはいなかった。門の前に降り積もる雪の中、整列した兵士たちが、緊張した面持ちで『何者か』を迎え入れようとしていた。
やがて、白銀の街道の奥から、高貴な仕立ての衣服に身を包んだ一人の老紳士が姿を現す。彼は複数の従者を引き連れ、雪を踏みしめながらゆっくりと歩み寄ってきた。
城の高官が、慌ただしく老紳士のもとへと近づく。その手には、不気味な気配を放つ一冊の『黒本』がしっかりと抱えられていた。
「よ、ようこそおいでくださいました……! こんな雪深い街道の奥深くまで、長旅さぞ大変だったことでしょう」
高官は老紳士の前で恭しく、深く深く頭を下げた。
老紳士――黒本党の幹部レイドールは、その細めた目をギラリと鋭く光らせ、静かに問いかける。
「それで? アイゼンは黒本党と手を組むよう、説得できたのだろうな?」
「それが……実は……」
「なんだ?」
言い淀む高官に対し、レイドールは逃げ場を塞ぐように一歩詰め寄り、低く重い声で問い質した。
「あ、あのカイエンという戦士と、信じがたい魔力を持つ魔法使いが突如現れまして……!」
「ほう……カイエンが。……それで?」
「ま、魔将軍様が……討たれてしまいました……!」
その報告を聞いた瞬間――。
静まり返っていた雪山に、雷鳴のようなレイドールの高笑いが轟き渡った。
「ハハハハハハッ! 倒されただと!? あのアイゼンが……ハハハッ!」
腹を抱えて笑った後、レイドールはふっと笑みを消し、冷酷な眼光を走らせた。
「……それで? そのカイエンたちはどうした?」
「ど、どういう意図かは分かりかねますが……アイゼン様を倒した後、城には留まらずそのまま立ち去り、今や姿はありません」
「なるほどな……」
レイドールは満足そうに呟くと、後ろの従者たちに顎で促し、軽妙な足取りで破壊された大門をくぐり、城の中へと進んでいった。
「レ……レイドール様! この後、一体どうされるおつもりで……!?」
急いで後を追ってきた高官が、不安げに尋ねる。
「どうもこうもないだろう?」
レイドールは口元に不敵な微笑を浮かべた。
「そもそも……ここは今後の我が『黒本党』の活動拠点として、喉から手が出るほど欲しかった場所なのだからな。だからこそ、お前にアイゼンを唆すよう作戦を授けたというのに……ふん、思わぬ棚から牡丹餅が転がり込んできたものだ」
「はっ……ははーっ……!」
高官は己の無能を咎められた心地がして、気まずそうに再び深く頭を下げた。
「ところで……あの『チャリオット』という新兵器は、まだ使える状態で残っているのか?」
「は! この城は主である魔将軍を失いましたので……ブランゼル王国のプロトコルに従い、研究者や技術者たちは速やかに別の拠点へと撤収していきました。ですが、この城に残されたチャリオット本体や交換用パーツなどは、すべて稼働可能な状態で放置されております」
「ほう。……それで、それを操縦できる者は残っているのか?」
「それは問題ございません。我が軍の残党の中にも操縦訓練を受けた者がおります。今すぐにでも出撃できる状態に整えられております」
「よしよし……それは良いことだ」
無人の回廊を抜け、玉座の間に辿り着いたレイドールは、つい先日までアイゼンが座していた重厚な玉座へ、我が物顔で深く腰を下ろした。
「ここを黒本党の新たな拠点とする。……異存はないな?」
レイドールは肘掛けに頬杖をつき、高官へ鋭い威圧の眼光を向けた。
「ア、アイゼン様を失った今、この城においてレイドール様に逆らえる者など一人もおりません! ……ただ、ブランゼル王国には未だ他の魔将軍たちが残されております。もしやこの城を奪還しに押し寄せてきた場合、いかに処せば……?」
「魔将軍か……。確かに真面目に相手をするのは厄介だが、こちらにはヴァルガス様がついている。いざとなれば、あの方の絶大な力をお借りすれば済む話だ」
レイドールはハナから意に介さない様子で一蹴すると、広く豪華な玉座の間を見回した。
「ところで、この城の戦力はどれほどの被害を受けたのだ?」
「多数の兵を失ってはおりますが……損失は全体の半数にも満ちません。城の大門付近こそ大きく損傷しておりますが、それ以外の施設はほぼ無傷です。結果として、魔将軍様の損失を除けば、戦力の大半を温存できている状況にございます」
「そうか。ならばすぐさま城の修繕に取りかかれ。兵士を再配備し、チャリオットをいつでも実戦投入できるよう準備を整えておけ」
「ははっ!」
高官がすぐに周囲の控えていた兵士たちへ目配せをすると、城の残兵たちが慌ただしく動き始めた。
指示を出し終えたレイドールは、退屈そうに玉座から立ち上がり、玉座の間を後にしようと歩き出す。
「あ……あの、レイドール様! どちらへ……!?」
高官が慌てて声をかける。
「寝室はどちらだ?」
「え……? あ、この出口を出て左に曲がった先にございますが……」
「そうか。私は長旅で心底疲れた。先に休ませてもらうよ。あとの雑務は抜かりなくやっておけ」
「は……はい! かしこまりました!」
高官は深々と頭を下げ、その背中を見送った。
伝説の四人が立ち去り、主を失った白銀の城。
しかし静寂が訪れる間もなく、黒本党という新たな悪意の芽が根を張り、雪嵐の中で怪しく、蠢き始めていた。




