第65話:深淵からの一撃
「な……なにぃ!? あ、アイゼン様がぁぁっ!?」
「そんな馬鹿な……! あの無敵の魔将軍様が、一瞬で……!」
門の向こうで待ち構えていた兵士たちは、主の跡形もない消滅を目の当たりにし、血の気を引かせて逃げ惑った。
蜘蛛の子を散らすように兵たちが去り、広大なアイゼン城は一気にもぬけの殻のような静寂に包まれていく。
絶大な破壊の跡を見つめながら、カイエンが感嘆の息を漏らした。
「すごいな……。まだまだ、この世界には俺たちの及ばない領域があるんだな……」
「ええ……」サヤも刀を納めながら呟く。「師匠の下で修行を極め、『壱の太刀』を会得した私たちですら、逆立ちしても届かない力だわ……」
「何を言っているのですか?」
歩み出たデイルが、振り返って二人を穏やかに見つめた。
「あなたたちもまた、あのヴァルガスを屠ってここまで来たのでしょう」
そう言うと、デイルは静かな足取りで城の奥へと進んでいく。
「まだまだです……。この先には、この世の真の脅威が待っています。さあ、先へ進みましょう」
デイルの背中に引き寄せられるように、エルムが後に続く。さらにそのエルムの袖を掴むようにして、サヤがぴったりと寄り添った。
「さらに城を攻めるつもりか?」
後ろからカイエンが尋ねる。
「いえいえ……無益な殺生はやめましょう」
デイルは歩みを止めずに首を振った。「まだ奥には多くの兵が潜んでいるようですが……こちらから攻撃する必要はありませんよ」
「では、何をするんだ?」
首を傾げるカイエンに、エルムが会話に割って入る。
「『見張り石』を探すんだよね?」
「見張り石……?」
「魔将軍たちの主が、配下の魔将軍たちを遠隔で見張るための監視石……それが、どこかにあるんだよね?」
「ええ」デイルが深く頷く。「魔将軍という強大な力を統率し、繋ぎ止めるためには、絶対に必要な触媒なのです」
四人の冒険者は無人の回廊を通り抜け、城の最深部――重厚な玉座の間へと辿り着いた。
エルムが両手で大きな扉を推し開く。
「ほら、あれです」
デイルが差し指した先――玉座の脇に設置された精巧な台座の上に、怪しい輝きを放つ一つの美しい水晶玉が鎮座していた。
デイルは迷いのない足取りで見張り石へと近づいていく。
台座の前で足を止めると、静かに目を閉じ、精神を集中させて深く息を吐いた。そして、そっと見張り石へと両手をかざす。
その瞬間――。
『見える! 見えるぞ! お前らがな! ……この私に歯向かおうなど……その愚かさを思い知れぇぇっ!!』
脳味噌を直接揺さぶるような、凄まじく禍々しい怨念の声が四人の頭の中に響き渡った。
直後、声は耳を刺すような高周波の嫌な耳鳴りへと変わり、脳を激しく締め付ける。
「ぐぐっ……! な、何が起こった!?」
カイエンがこめかみを押さえ、膝をつきそうになる。
『まずい! エルム、早く剣を抜け! 頼むっ!!』
アルドの悲痛な叫びが、エルムの脳裏に直接叩きつけられた。
「くっ……!」
頭を押さえ、視界を揺らしながらも、エルムははじかれたように腰の剣を引き抜いた。
『エルム! 聞こえるか!? 解呪の呪文だ! いま、俺に合わせて速やかに詠唱しろ!!』
見張り石からゆっくりと手を離したデイルが、重々しく振り返った。
その双眸は、エルフの神秘的な青さを失い、不気味な血の赤色に怪しく光り輝いていた。
「……サーマ……ラーレ……ボーパロー……クワード……トルレンゲン……」
アルドの脳裏の声と、エルムの紡ぐ声が、神秘的で厳かな音色となって共鳴し、重なり合っていく。
「う、うがあぁぁぁっ……!」
赤い瞳のデイルが苦悶の声を上げながらも、エルムたちを押し潰そうとゆっくりと手を振り上げようとしていた。
「……レレイ……ジルフェ……クード!!」
次の瞬間、エルムの全身から爆発的な眩い神聖な光が解き放たれた。
光の衝撃波がデイルの身体を容赦なく吹き飛ばし、その背後にあった見張り石へと着弾する。
――バリィィィンッ!!
怪しい水晶玉は甲高い音を立てて粉々に砕け散り、充満していた禍々しい気配が一瞬で霧散した。
「ま……間に合った……」
エルムは肩で息をしながら安堵のため息をつき、剣を鞘へと収めた。直後、ハッと表情を変えて、倒れ込んだエルフのもとへと駆け寄る。
「デイル! 大丈夫か!?」
「……っ……」
エルムの声に、デイルはゆっくりと体を起こした。
「私としたことが……迂闊でした……。ヴァルガスだけでなく、あのギルバートまでもが、既に『不死』の領域へ足を踏み入れていようとは……」
デイルは鋭くギラりとした光を瞳に宿し、エルムを直視した。
「すまない……行先の変更だ」
「え……?」
「ブランゼル王国へ直接向かう前に……『あの武器』が必要になった」
「武器……だと?」
カイエンが眉をひそめてデイルを見つめる。
「ええ。それ無しでは、奴らが持つ『不死の鎖』を断ち切ることは不可能です」
カイエンはエルムの肩をポンと力強く叩いた。
「よし、行こう」
「え? カイエンさんも……?」
「武器だけじゃない……それを扱う『戦士』も必要だろ。お前はその特別な剣を手放せないんだからな」
カイエンの言葉に、デイルも深く頷き、カイエンとサヤへ視線を向けた。
「それで……向かうなら早いうちの方がいいんだろ?」
カイエンが鋭い眼光を向ける。
「ええ……一刻も早く、この城を出ましょう」
「エルム! 私も行くわ!」
サヤがまっすぐな瞳で告げると、エルムは頼もしそうに無言で頷き返した。
魔将軍を失い、崩壊の渦中にある白銀の城を背に――四人の冒険者は、次なる目的地へと歩いていった。




