第62話:前夜の誓い、宿りし熱量
雪深い街道沿いにひっそりと佇む、小さな村の一軒の宿屋。
建物自体はかなり古いものの、厳しい豪雪に長年耐え抜いてきた重厚で頑丈な造りであり、どこか歴史の深みを感じさせる落ち着いた佇まいを見せていた。
今夜、その宿の一室を借りることとなった四人の冒険者たち。
外の静寂とは裏腹に、その部屋の中では、あまりにも驚くべき決戦の計画が明かされようとしていた。
「建物のなかは暖かいけれど、やっぱり少し冷えるね。いま暖炉に火をつけるから、ちょっと待ってて」
エルムは暖炉の中に手際よく薪をくべながら、すぐ傍らに座るサヤに優しく声をかけた。
「私なんか気にしなくていいのに……。もう、ふかふかの毛布も借りているし……」
サヤは借りた毛布にすっぽりと身をくるみながら、視覚のない顔をエルムに向け、愛おしそうに微笑みかける。
「よし、そこは俺がやろう」
デイルが歩み寄り、暖炉へとすっと手先を差し出した。すると、彼が呪文を紡ぐこともなく、エルムのくべた薪の中心からぽっと小さな炎が灯り、瞬く間に赤々と燃え上がり始めた。
「ほう……。一切の詠唱なしで、そこまでの火を出せるのか?」
腕を組み、壁に背を預けていたカイエンが、興味深そうにデイルを見やる。
「ええ。この程度の着火ならね……。いや、それこそ人ひとり分を綺麗に焼き切るくらいの炎までなら、わずかな身振り(ジェスチャ)だけで発動可能です」
デイルはカイエンの鋭い視線を受け止め、静かに言葉を続けた。
「……あなたのようなお方には、どんな隠しごとも通じそうにない。これしきの火など脅しにもならないでしょうから、最初から正直にお伝えするとしましょう」
そう言って、デイルはカイエンの瞳をまっすぐに見つめた。
「炎の魔術師、か……。で、そのブランゼル王国へと繋がる手掛かりってのは、この先にあるのか?」
カイエンが尋ねる。
「ええ。この街道を少し進んだ先に、魔将軍アイゼンが統治する居城があります」
「魔将軍アイゼン……?」
「明日、朝早くにその城へ攻め込もうと思っています。――私とエルムの二人でね」
カイエンはそのあまりに無謀な言葉に目を見張り、隣に立つエルムの顔を凝視した。
エルムは苦笑いを浮かべつつも、その瞳には強い意志を宿して頷く。
「ええ、そうですよ。二人で城に乗り込むなんて、無謀だと思いますよね? でも、さっきも言った通り、デイルはとんでもない凄腕の魔術師なんです。それに、僕自身は未熟ですけれど、この剣にはアルドがいますし、もう一人の『エルム』という強力な戦士の意識も共にある」
エルムは真剣な面持ちで語る。
「それはそうだが……。魔将軍と言えば、各地で派遣された討伐隊をことごとく返り討ちにし、惨殺してきた無敵の化け物だと聞いているぞ。二人のみで勝ち目はあるのか?」
「さあね……」デイルはカイエンを見て、不敵な笑みを浮かべた。「ですが、魔将軍という存在が、あの男が召喚した単なる下僕に過ぎないというのなら、私の炎の魔力で完全に葬り去ることができるはずだ」
「私、エルムと一緒に戦う! 絶対に戦わせて!」
黙って話を聞いていたサヤが、たまらず毛布を押し払うようにして立ち上がり、強い声を上げた。
「本当はね、今回はあまりに危険だから、サヤには付いて来てほしくないんだけど……」
エルムは困ったように頭を掻きながら、苦笑いを漏らす。
「そんなのズルいよ! あの時、エルムだって『私と一緒に戦う』って言ってくれたじゃない! 私だって、エルムの力に……!」
「わかってるよ、サヤ。わかってる。また一緒に戦おう。それに……正直、君がいてくれた方が僕もずっと助かるよ」
エルムが優しく諭すと、サヤはほっとしたように胸を撫で下ろした。
「――で、俺は足手まといか? エルム」
カイエンが口元に鋭い笑みを浮かべ、眼帯のない片目でエルムを見つめる。
「そんな! カイエンさんまで……! 元々はカイエンさんが僕たちの手を借りに来たのに、逆にこちらが巻き込んで利用する形になっちゃって、すみません」
「いや、構わんさ。元よりブランゼル王国を目指しているんだろう? 俺もその裏にいるという奴が気になってきた。本当にあのヴァルガスすらも操るような『黒幕』が存在するのかどうか……」
カイエンの眼光が、一瞬で獲物を狙う猛禽のように鋭く研ぎ澄まされる。
「ふふふ……。本来なら、たった四人で魔将軍の城へ攻め込むなど、自殺行為もいいところですがね」
デイルは低く笑うと、カイエンに向かって静かにその手を差し出した。
「なぜでしょう……あなたのような戦士と共にあるなら、すでに勝ったような気さえしてくる」
「ああ、よろしく頼むぜ、相棒」
カイエンはその差し出された手を、力強くガッチリと握り返した。
降り積もる深い雪に閉ざされた、小さな村の小さな一室。
明日訪れる激戦を前に、四人の凄腕の冒険者たちの胸中に宿る熱い炎が、静かに、しかし絶大に燃え上がろうとしていた。




