第61話:夕闇の共鳴
ブラッドラインを出てしばらくすると、猛らせていた雪は嘘のようにやみ、街道には穏やかな冬の道が続いていた。
厳しい寒さのなか、新雪をサクッ、サクッ、と小気味よい音を立てて踏みしめながら進む四人の姿があった。
「ブラッドラインを出てきたが……エルム、行くあてはあるのか?」
カイエンが歩調を合わせながら、隣のエルムに尋ねる。
「ええ。地図を見るとこの先に小さな村があります。とりあえず、今夜はそこにある宿屋に泊まろうって、デイルと決めていたんです」
「なるほどな」
カイエンはエルムの言葉を受け、もう一人の同行者であるローブ姿の青年――デイルに視線を向けた。デイルは白い息を吐きながら、記憶を辿るように呟く。
「六十年くらい前に、一度訪れたことがあってね。あの宿屋がまだ残っているといいのだけれど……」
その言葉に、カイエンは思わずデイルの横顔を凝視した。どう見てもエルムと同じ、二十代そこそこの若さにしか見えない。とても六十年以上も昔の記憶を語るような男には見えなかった。
「お前……もしかして、エルフか?」
カイエンの問いに、デイルは悪びれる様子もなく、くすりと微笑んだ。
「ふふ、そうですよ? まあ、珍しいですよね。……でも、そういうあなたこそ……ドラゴン族(竜人)でしょう? そちらの方が、この世界ではよほど珍しい」
「……わかるのか?」
「ええ。長年の経験と、ほんの少しの魔力伝導の癖でね」
デイルは事も無げに言った。エルフとしての長い時間を生きてきた彼には、隠された種族の気配など容易に見抜けるのだろう。
気がつくと、周囲の陽は急速に落ちかけ、視界が薄暗くなり始めていた。
「すみません、少し急ぎましょう。夜になると雪道は一気に厄介になりますから」
エルムの現実的な提案に、カイエンとデイルは深く頷き、少しだけ足を速めた。
エルムは自分の腕にそっと手を添えて歩く彼女に、優しい声をかける。
「サヤは、どうしてここに来たの?」
「うん……エルムが討伐隊になって、遠くへ旅立ったって聞いたから」
「え……? 僕を追って来てくれたのかい?」
「そうよ? もしかして、足手まといかしら?」
サヤは視覚のない顔をエルムに向け、悪戯っぽく、可憐に笑った。
「足手まといなもんか! むしろ、誰よりも頼もしいよ。でも、知っていたら……僕の方から里まで迎えに行ったのに」
エルムは照れくさそうに笑いながら、今度は歩く男へと視線を移した。「カイエンさんは?」
サヤに聞こうとした質問だったが、カイエン自身が低い声で割り込んで答えた。
「お前らな……今度から連絡くらい取り合え。里を飛び出したサヤを俺が追ってきたんだよ。……だが、ちょうど良かった。エルム、俺もお前に手を貸してほしいと思っていたところだ」
「何かあったんですか?」
「レイドールが生きていたんだ」
「レイドール……?」
エルムが記憶を探るように首を傾げた瞬間、腰の剣に宿るアルドの魂が、脳裏に直接強い思念を響かせた。
『黒本党の幹部か! 確かに、あの本拠地の城では奴の姿を見ていない……。なるほど、それでヴァルガスが死んでも、黒本党がいまだに消滅していなかったというわけか!』
アルドの鋭い分析に、カイエンがぽつりと、しかし重い確信を込めて言葉を重ねる。
「いや……おそらく、ヴァルガス自身も、何らかの形で生き残っているんだろうな」
「――ああ。おそらくヴァルガスは生きているだろうね」
デイルが二人の会話を引き継ぐように、淡々と言った。「西方の大魔術師……かつて世界から“魔王”と呼ばれた、あの邪悪な怪物。もし、あの男と“精霊世界”を通じて対話し、その力が現世に及んでいるのだとすれば、肉体の消滅など奴らにとって大した問題ではない」
デイルの言葉に、カイエンの眼帯のない片目が大きく見開かれた。
「なに……!? ヴァルガスすらも、また別の何かに操られていると言うのか?」
その瞬間、カイエンの脳裏に、自分がまだ幼かった頃の記憶が鮮烈によぎった。
優しかった、そして誰よりも偉大で聡明だった、自分の教育係の姿。二度と思い出すまいと、心の奥深くに固く封印したはずの記憶の箱が、微かに揺らぐ。
そんな二人の緊迫感を和らげるように、エルムが苦笑しながら割って入った。
「僕もね、初めてデイルにその可能性を聞いた時は、『嘘だ! ヴァルガスが生きてるわけないだろ!』って、大声で食って掛かっちゃってさ……」
エルムはデイルの方を向き、すまなそうに頭を掻いた。
「あの時は悪かったよ。感情的になっちゃって、ごめん」
デイルはエルムの生真面目な謝罪に、思わず吹き出した。
「はは、まだそんなことを気にしていたのかい? いい加減、忘れなよ。……でも、これでお互いの目指すところが、同じ地平にあると分かったな」
「で、お前らは、結局ここからどこを目指そうとしていたんだ?」
カイエンが仕切り直すようにエルムを見た。
「ブランゼル王国さ」
エルムの瞳に、まっすぐな光が宿る。
「そこの国王が、世の理を超越した“魔将軍”を呼び出したんだ。ヴァルガスが今どこに潜んでいるかは分からない。けれど、ブランゼル王国へ向かうための手がかりなら、このペッツパーク連邦のどこかにあるはずなんだ」
「ブランゼル王国か……」
カイエンは静かにその国名を反芻した。
あたりはすっかり夕闇に包まれ、冷え込みが一層厳しさを増していく。
しかし、四人が進む道の向こうには、ぽつぽつと、暖かそうな建物の明かりが見え始めていた。目指す村は、もうすぐそこだった。




