第57話:魔導のハンドル、新たなる火線
朝日に照らされる、プラウデン山の村に佇む鋼鉄の要塞。その日は、朝からクリストフが厨房で快活にフライパンを握っていた。
コトコトと手際よく卵が割られ、熱した鉄板の上で綺麗な目玉焼きが焼けていく。ジューッという小気味良い音と共に、厚切りのハムを香ばしく焼く脂の匂いが部屋いっぱいに立ち込めた。
その傍らでは、トリスタンが慣れた手つきで四つの器に温かいスープを盛り、切り分けたパンを大皿に並べていく。
クリストフがサラダにする瑞々しい野菜をトントンと小気味よくカットしながら、手を休めずに声をかけた。
「トリスタン、そろそろ、みんなを起こしてきてくれ」
「わかったよ、クリストフ」
トリスタンはエプロンを軽く整えると、居住区へと向かい、まずはヴァレリアの寝室のドアの前に立って軽くノックした。
「なあに?」
閉まったままの重い木のドアの向こうから、まだ少し眠たげなお嬢様特有の声だけが返ってくる。
「朝ごはんができたから。支度ができたら、食堂においでよ」
「……わかったわ」
ヴァレリアの短い返事を聞き届けたトリスタンは、次に、要塞の地下にある巨大なガレージへと足を運んだ。重厚な扉を開けると、そこには朝から工具を片手に動き回る少年の姿があった。
「朝から精が出るね、フリント。チャリオットの整備かい?」
トリスタンが優しく声をかける。
「ああ……これを、よっと。……よいしょ……!」
フリントは抱えていた大きな金属パーツをガレージの床に慎重に置くと、額の汗を拭いながら振り返った。「朝ごはんができたのかい? トリスタン」
「ああ、呼びに来たよ。上でおいしい目玉焼きが待ってる」
「悪いな、いつも二人に作らせちゃって……」
フリントが申し訳なさそうに眉を下げると、トリスタンはくすりと笑って首を振った。
「別にいいよ。僕たちは前からこうしてやってたしね。それに、二人分作るのも、四人分作るのも一緒さ。さあ、冷めないうちに行こう」
二人が食堂に上がっていくと、すでに着替えを済ませたクリストフと、いつも通り完璧に身嗜みを整えたヴァレリアがテーブルについて待っていた。
「それじゃ、みんな揃ったことだし、いただきます!」
クリストフの威勢の良い掛け声に合わせ、四人は一斉にスプーンを動かし始めた。サクサクとした小気味良い音を立ててパンをかじりながら、クリストフがフリントに視線を向ける。
「なぁフリント。チャリオットが4台に増えて、流石に大変そうか? バレルがいなくて大丈夫かよ?」
「うん……あまりバレルさんを頻繁に呼び出すのもアレだしね。あっちのほうも色々と大変そうだしさ」
フリントはスープを飲み干し、穏やかに答えた。
「で、いまは具体的に何やってんだ?」
「それがね、ランドリエのチャリオットは保存状態が本当に見事で、機械的な不具合はほとんど無くて、やることがないんだよ。だから、いまやってるのは数百年分の経年劣化が心配な細い消耗パーツを、バレルさんが置いていってくれた最新の物に取り替えたりとか、そのくらいだよ」
「そうか。機械のことはよく分からねえが、力仕事とか何か手伝えることがあったら、いつでも言ってくれよな」
「ありがとう、クリストフ」
フリントは嬉しそうに、にっこりと微笑んだ。
「あ、そうだヴァレリア。朝食が終わったら、ちょっと付き合ってくれないかい?」
「え? わたし?」
相変わらず、気品に満ちた優雅な所作で食事をとっていたヴァレリアが、驚いて大きな瞳をフリントに向けた。
「うん。実は昨日、ヴリトラに新しい兵器システム(ギミック)を取り付けてみたんだよ」
「何それ? 面白そうだね! 食事が済んだら、みんなで見に行こうよ」
トリスタンが目を輝かせて楽しげに提案し、四人は手早く朝食を片付けると、さっそくヴリトラへと乗り込んだ。
――しばらくして。
朝の澄んだ風が吹き抜ける、見晴らしの良い小高い丘の上に、ヴリトラが停車していた。
運転席に収まったヴァレリアは、新しく換装されたコントロール部に目を丸くしている。
「え? このハンドル……持ち手の部分が、まるでクリスタルのようで綺麗ね。フリント、私のために可愛くデコレーションしてくれたのかしら?」
「いや、そういうわけじゃ、ないんだけどさ……」フリントは後部座席から身を乗り出し、照れくさそうに頭を掻いた。「そのクリスタルに見える部分はね、高純度の『詠唱石』なんだ。ヴァレリア、試しに何か簡単な攻撃呪文をコールしてみてよ」
「ちょっと、こんな狭い車内で!? 暴発してヴリトラが吹き飛んだらどうするのよ!」
「大丈夫、その詠唱石をしっかり握っていれば、暴発はしないよ」
フリントが確固たる自信を持って頷く。ヴァレリアは少し不満げに唇を尖らせたが、意を決してハンドルを強く握り締め、凛とした声で紡いだ。
「――『メガファイア』!」
ヴァレリアが呪文をコールした次の瞬間。
ヴリトラのルーフに装備されている三門の連装魔導銃――その中央の一門が不気味に明滅し、前方に向けて凄まじい轟音と共に激しい炎の塊が噴き出した。赤々と燃える烈火が、丘の先の空間を焼き尽くす。
「な、何これ……!? 呪文が、機銃の銃口から直接放たれたっていうの!?」
ヴァレリアは驚愕のあまり、運転席の窓から身を乗り出して頭上の銃座を見上げた。
「ああ、そうだ。大成功だね!」
フリントが満足げに腕を組む。
「でも、おかしいわよ。本来、詠唱石から呪文を発動させる時は、単なる呪文のコールだけじゃなく、全文の詠唱を紡がなければならないはずだわ。それに、術者の魔力を増幅するための触媒や、複雑な儀式の手順も必要なはずでしょう?」
ヴァレリアが不思議そうにフリントを問い詰める。
「そこがこのシステムの肝なんだ。今回、余ってたビームブラスターの回路に詠唱石を直接組み込んで改造したんだ。当初は純粋に火力を上げるためで、もちろん通常のビームブラスターとしても発射できるんだけどね。……このシステムは、ヴァレリアがコールした呪文の瞬発的な魔力を、まずそのハンドルから直接吸収するんだよ。そして、僕が張り巡らせた魔力を伝える専用ケーブルを通じて、その生の魔力エネルギーを直接機銃の詠唱石へと伝達、放出させているんだ」
フリントは誇らしげに語る。
「つまり、機械の中で呪文を『保存』しているわけじゃない。ヴァレリアが口にした瞬間の魔力をそのまま弾丸として撃ち出すから、面倒な儀式も、長い詠唱の時間も一切要らないんだよ。理屈では解っていたけど……いざ、こうやって実際に成功すると、やっぱり嬉しいな」
フリントの天才的な魔導工学の成果に、クリストフとトリスタンも「すげえな……」と感嘆の声を漏らす。
「それからね。おそらく、ヴァレリアが持っているあの『金色の光の魔力』も、全く同じ原理でこの機銃から撃ち出すことができるはずだよ」
「へえ! それは、もの凄く頼もしいじゃない? やったわね、フリント!」
ヴァレリアは瞬時にその戦術的価値を理解し、最高の笑顔で目を輝かせた。
新たなる魔将軍アイゼンを討伐するため。最強の絆で結ばれた四人の鉄騎士たちは、その牙をさらに鋭く、着々と反撃の準備を進めていくのだった。




