第55話:束の間の休息、極寒の謀略
夕闇が迫るリングベル領。そのなだらかな街道を、4台のチャリオットが砂煙を上げ、ゆっくりとプラウデンへ向かって進んでいた。
失われた古の技術の結晶であるそれらの巨体が隊列を組んで走る姿は、見る者すべてを圧倒する。街道を行き交う旅人や農夫たちは、何事かと驚愕の眼差しを向け、足を止めて4台の行方をいつまでも見守っていた。
ヴリトラの運転席で、ヴァレリアが鼻歌交じりにハンドルを握っていると、頭上のルーフをパツパツと叩く小さな音が聞こえ始めた。
ふと見ると、フロントガラスの端から数滴の水滴が垂れてくる。
「あら。雨が降ってきたようね」
『うん? 雨ぇ? いや、何も感じねえが……なんだこりゃ?』
通信機からクリストフの怪訝な声が響く。
カタナに跨るクリストフが怪訝そうに上を見上げると、彼の頭上には、薄く淡く光る四角形の光が、幾何学模様を描きながらパチパチと明滅していた。
「クリストフ、カタナとグラスホッパーには屋根が無いからね。雨粒や風の刺激に反応して、『バウンダリー・ハル』が自動で微弱に発動しちゃってるんだよ」
後方の重戦車から、フリントが無線を通じてにこやかに答える。「僕のティーガーと、ヴァレリアのヴリトラは、頑丈な金属装甲そのもので雨を防いでいるから大丈夫なんだけどね」
『えっ、じゃあこれ、雨に当たってるだけで魔力を消費しちゃってるの?』
グラスホッパーのシートの上で、トリスタンが少し心配そうにフリントに尋ねる。
「厳密に言えば、微量の魔力を消費しちゃってはいるんだけど……本当にほんの微量だからね。今きたピーティンとプラウデンを何往復しても、お釣りが来るくらいの魔法電池残量はあるから、全く気にしなくていいと思うよ!」
「なーんだ、だったら安心ね!」
フリントの保証を聞いたヴァレリアが、パッと弾んだ声を上げた。「ねえ、それならプラウデンに戻る前に、この辺りで美味しい食料とかを買っていかない? 私、リングベルの街にある、すっごく美味しいチーズケーキのお店を知っているのよ」
『チーズケーキぃ?』
クリストフが呆れたように声を漏らすが、すぐに顎に手を当てて考え込んだ。
『まあ……どうせアジトのあるプラウデンまで帰っても、まともな食料は買い出しに出ねえと手に入らねえしな。ヴリトラの後部スペースなら、いくらでも荷物が積めるだろ。ここらで色々と買い溜めておくか。リングベルは飯が美味い店も多いしな』
「そうですね。この辺りの街は伝統的な工芸も盛んですし、チャリオットのパーツに流用できそうな面白い素材が無いか、僕も見ていきたいです!」
フリントも少年のように楽しそうな声を上げる。
『ふふ、賛成だよ。……あ、でもクリストフ、お財布は大丈夫かい?』
トリスタンがクスリと笑いながら尋ねると、クリストフは無線越しにニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
『おう、心配すんな。金だけなら、ヴリトラの後部に、教会から回収した分がたんまり載っけてあるぜ。ヴァレリア、美味いチーズケーキ、全員分お前の奢り(積載金)で買い占めていいぞ!』
「あら、言われなくてもそうさせてもらうわ!」
ヴァレリアは嬉しそうにアクセルを踏み込み、4台のチャリオットは賑やかな笑い声と共に、一時的な休息を求めてリングベルの街並みへと進路を変えた。
――だが、少年たちが束の間の日常を楽しんでいるその頃。
凍てつく極寒の大地に佇む、ブランゼル王国の巨大な軍事城塞。その陰鬱な作戦指令室には、張り詰めた沈黙と重苦しい空気が立ち込めていた。
「魔将軍様……。ピーティン方面へ派遣した我が方の精鋭駆逐部隊が……全滅したとの報告が入りました」
高官の一人が、額に冷や汗をにじませながら、恐る恐る口を開いた。
「ランドリエに眠っていたという失われたチャリオットが、これほどまでに強力なスペックを誇っていたとは……。完全にこちらの誤算でした」
「ふん。慌てるな。あんなものは、ただの『訓練(データ収集)』だ。恐るるに足りん」
執務机の奥から、魔将軍アイゼンが感情の起伏が一切ない、氷のように冷徹な声と言い放った。
「それで……目標であるヴリトラの魔力波形の追跡はどうなっている?」
「それが……あやつら、何らかの隠蔽対策を施した模様で。先ほど、同調波形が完全に消失いたしました。現在は足取りを掴めておりません」
「そうか。ならば今は放っておけ。――それより、ブランベック公国での『詠唱石』の強制徴収の件はどうなっている?」
アイゼンの鋭い眼光が問いかける。
「はっ……。現地にて、純度70%を超える極めて高純度な詠唱石を、すでに数個ほど力尽くで確保しております。……ですが、魔将軍様」
高官は怪訝な顔を浮かべ、疑問を口にした。
「そのような、兵器への流用すら危険視されるほどの高純度な詠唱石を、一体何にお使いになるおつもりで?」
「決まっている。『特殊砲』の開発だ」
アイゼンの唇の端が、妖しく歪んだ。
「かつて、グライフェンの奴が異常なまでに開発に力を入れていた遺産の設計図がある。奴はおそらく、こうしてチャリオット同士が直接戦火を交える未来(争い)を予見していたのであろうな」
「さ、さすがは魔将軍様です……! 我々凡客とは違い、敵の1枚も2枚も先の展開を読んでおられる……!」
高官が感嘆の声を上げ、深く頭を垂れる。
「ふふふ……あのような、小競り合いの『訓練』ごときで勝利したと勘違いし、浮かれている雑魚どもなど、我らの真の力が完成すれば一瞬でひねり潰してくれよう」
少年たちが手にした4台の遺産。しかし、敵である魔将軍アイゼンは、すでにそれを遥かに凌駕する「チャリオット殺し」の絶対的な極秘兵器の開発を、凍てつく闇の奥底で着々と進めていたのだった。




