第52話:鉄雨(アイアン・レイン)を裂く閃光
ピーティンからランドリエへと続く、切り立った岩肌の山道。
そこでは、ブランゼル王国が誇る重装備の兵士たちが、幾重にも列をなして弓を構え、冷徹な陣形を敷いて待ち構えていた。
「隊長! 斥候からの事前連絡通り、前方より複数台のチャリオットが接近中! ……合計4台です!」
「4台だと?」前線指揮を執る将校が、重い鉄兜の下から不審げに目を細めた。「思ったより数が多いな。車種の識別はできるか?」
「はっ! 台数こそ多いですが、見たところ、まともな大口径の主砲を搭載しているチャリオットは、後方に控えるたったの1台のみです!」
「ふん、ただの寄せ集めのゴミだったか。ならば恐るるに足りん! ――よし、野郎ども、全員配置につけ!」
隊長の鋭い号令により、重装歩兵の部隊が一斉に整列した。彼らは強靭な複合弓を番え、やや上向きの仰角をとって一斉に照準を合わせる。
やがて、山道のカーブの向こうから、激しく砂煙を巻き上げながら疾走してくる4台のチャリオットの姿が視界に飛び込んできた。
「放てぇッ!!」
隊長の号令が響いた瞬間、空を埋め尽くさんばかりの無数の矢が一斉に放たれた。それは黒い雨となって放物線を描き、先頭を行くヴリトラへと降り注ぐ。
――ガン! ゴン! バキン! バキンッ!
無数の金属矢が、ヴリトラの強固なスクエアボディや、特殊強化ガラスの窓を激しく叩く凄まじい音が車内に響き渡った。
「ちょっとこれ……本当に大丈夫なの、バレル!?」
ハンドルを握るヴァレリアが、さすがに顔をしかめて助手席のバレルに鋭く詰め寄る。
「ああ、問題ねえよ。ほら、まだこっち(ヴリトラ)の『バウンダリー・ハル』は発動すらしてねえだろ?」
「バウンダリー・ハル?」
「魔導障壁による自動防御システムさ。――見な、あっちの連中を守ってくれてる」
そう言って、バレルが親指で窓の外のバックミラーを指さした。
ヴァレリアがミラーを覗き込むと、屋根や窓のない『カタナ』や『グラスホッパー』の車体の周囲に、四角形の光が幾何学的な幾重もの模様を形成し、降り注ぐ鉄の雨を火花と共に完全に弾き飛ばしているのが見えた。
「奴らのシャシーは上がガラ空きだから仕方ねえが……あの光の壁が全部防いでくれる。だが、ああやって歩兵の矢ごときに無駄に防御エネルギーを削られ続けたら、後々の本戦でマズいことになるってわけだ」
「なるほど、こっちの屋根や窓は生身の装甲で耐えられるから、障壁を出さずに済んでるのね? ――だったら、さっさとあの邪魔な蝿どもを叩き落として、反撃しなきゃいけないってことじゃない!」
ヴァレリアは不敵に口元を釣り上げて笑うと、ヴリトラのアクセルを踏み込み、見晴らしの良い少し開けた広い場所へと車体を滑り込ませて急停車させた。
「ここからなら、遮るものもなく、よーく見えているわよ? ――覚悟しなさい、無礼者ども!」
ヴァレリアは運転席のコントロールパネルをカチャカチャと器用に操作し、頭上の銃座の方向を敵の密集地帯へと完全に固定すると、親指で赤い発射ボタンを力一杯押し込んだ。
――ドゥルルルルルルルルルルルッ!!!
ヴリトラのルーフに装備された三門の連装魔導銃が一斉に火を噴き、激しい唸りを上げた。銃口から放たれた凄まじい量の光弾が、山道の空間を文字通り埋め尽くす。
「ぐわあああぁぁぁッ!?」
「ぎゃあああぁぁっ! 盾が、盾が砕けるッ!」
「ひええぇぇ! 撤退だ、化け物かよあんなのッ!」
一瞬にして数十人の重装歩兵たちが肉片と化し、一斉に蹂躙された。絶対的な大火力を前に、ブランゼル軍の軍規は一瞬で崩壊し、生存者たちは恐怖の悲鳴を上げながら後方へと逃げ惑う。
「退けぇッ! 退くんだッ!!」
隊長も顔を真っ青にして後方へと逃げ出していく。
「ふふん! どうかしら? 私の無敵の力を思い知ったようね!」
ヴァレリアがふんぞり返り、最高に得意げな顔で胸を張った。
「よ、よし……! 敵の歩兵は散った! このまま一気に、前に進もうじゃねえか……」
バレルは、引きつった笑みを浮かべながら前方へ進むよう指示を出した。
再び動き出した4台のチャリオットは、静まり返った山道をゆっくりと進んでいく。
だが、その平穏も一瞬だった。
――キュラキュラキュラキュラ……!
重厚な金属の履帯の音を響かせ、道の向こうの隘路から、ついにブランゼル王国が誇る3台の重装甲駆逐チャリオットがその凶悪な姿を現したのだ。
「おのれ、我が歩兵隊をよくもやってくれたな……」
最新鋭の駆逐車『クイーン・シャーク-BT』のハッチから身を乗り出した敵の将校が、怒りに歯噛みする。
「しかし、データ通り奴らの主砲は後方の1台のみ。――こちらの一斉射撃で、一瞬で消し飛ばして終わらせてやる!」
次の瞬間、2台の『バルフィート-BB』の砲身が跳ね上がり、その95mm魔導榴弾砲が一斉に火を噴いた。さらに、わずかに遅れてクイーン・シャークの120mm位相刻印砲から、空気をプラズマ化させるほどの凄まじい威力の速射光弾が放たれる。
山道を爆風が包み、必殺の3発の砲弾が、先頭のヴリトラ目がけて超高速で肉薄した。
――だが。
その凶悪な砲弾の軌道を検知した瞬間、ヴリトラの後部デッキに増設された『ビームブラスター』の砲門が、肉眼では捉えられないほどの超高速で不気味に明滅した。
シュバババババッ!!!
空間に鋭い3条の光線が閃いた。
ドガガァァァンッ!!!
ヴリトラの手前数十メートルの空中で、敵の主砲弾がすべて完璧に迎撃され、大爆発を起こして霧散した。爆風の煙を切り裂き、ヴリトラは何の傷もなく平然と進み出てくる。
「な、何だと……!? ば、馬鹿なッ!!」
敵の将校が絶叫し、目玉が飛び出さんばかりに狼狽えた。
「飛んできた砲弾をすべて空中で叩き落としただと……!? まさかあいつら、我が軍の極秘迎撃技術を完全にコピーしたのか!?」
「ふん、向こう側にも、相当腕の立つ天才技術者が付いているみたいですね……。侮れんぞ」
隣のバルフィートの搭乗員たちが冷や汗を流す中、ヴリトラの車内には、ヴァレリアの高らかな笑い声がスピーカーを通じて周囲一帯に響き渡った。
「あーーーっはっはっは!! どうかしら!? これが私の最強のヴリトラよ! あなたたちのチャリオットなんて、ただのゴミも同然だわ!!」
「お、おう……。まぁ、それ作ったの、俺とフリントなんだけどな……。まぁ、お気に召されたようで何よりだがよぉ……」
助手席のバレルは、完全にノリノリになっているヴァレリアの迫力に、若干引き気味でポツリと呟いた。
その時、通信機からザザッというノイズと共に、好戦的な猛獣のような声が響いた。
クリストフが、カタナの車体後部のスロットから、眩い光の刃を噴き出す『エクスカリバー』を一気に引き抜いたのだ。
『おい! トリスタン! ――そろそろ、俺たちの出番だよなァ!?』
クリストフが通信機越しに大声を張り上げる。
その斜め後ろを走るグラスホッパーの運転席で、トリスタンは不敵に微笑むと、手元の黒いレバーを力強く引き込んだ。
ガチャリ、ガシャーン! と足場と座席が、フレームを越えて上空へと高くせり上がる。
「ああ……! こっちはいつでも準備できてるよ、クリストフ!」
トリスタンは高所のシートに座ったまま、愛用のロングボウに魔導矢を番え、眼前の敵チャリオットへと鋭い照準を定めた。
『よし! いっちょ行くぜぇええッ!!』
凄まじい咆哮と共に、クリストフはアクセルを限界まで回した。
流線形の三輪モービル『カタナ』が、光の尾を引きながら、超高速で敵の3台の重装甲チャリオット目がけて突撃を開始した。




