第51話:シンクロニシティ・リンク
戦士たちの熱気と、鉄と魔導オイルの匂いが立ち込めるランドリエの最奥。
その薄暗い格納庫のなかで、バレルはヴリトラの心臓部である『アンカー・プロセッサー』の基盤に無数の魔導測定器を繋ぎ、その奥を鋭い眼光でのぞき込んでいた。
「おーい! フリント! この接続コードをそっちのカタナの主回線に繋いでくれ!」
バレルが背後へ、青く明滅する太い魔導ケーブルを放り投げるようにしてフリントに手渡した。
「何を始めるんだ、バレル?」
三輪の愛機『ブロード・カタナ-TR』の感触を確かめていたクリストフが、不思議そうに首をかしげて尋ねる。
「このヴリトラにはな、超高速の自動迎撃システムが組み込まれてるんだよ。だが、こんな優秀なシステムをヴリトラ1台だけで抱えとくのは勿体ねえ。だからな、ここに並んだすべてのチャリオットと、位置の詳細な座標を同調させるんだ」
バレルが作業を進めながらそう叫ぶと、カタナの下に潜り込んでいたフリントからトントンと合図の音が返ってきた。
「バレルさん! カタナ側の接続、完了しました!」
「よし、魔力回路をシンクロさせるぞ! 三、二、一……起動!」
バレルがヴリトラのコンソールを叩くと、ヴリトラの運転席から眩い純白の光が溢れ出し、接続されたケーブルを伝ってカタナへと流れ込んでいった。
「で? そのシンクロってやつをさせると、一体どうなるんだ?」クリストフが再び聞く。
「ああ。ヴリトラ自身を防御するだけじゃねえ。お前が乗るカタナが、もし敵の強力な主砲に狙われたとしてもな――その砲弾がカタナに着弾する前に、ヴリトラのビームブラスターが全自動で計算して、空中で叩き落としてくれるようになるんだよ」
「へえ、そいつは……」
クリストフが感心しかけたその時、魔導端末の数値を睨んでいたバレルの顔色が不意に変わった。
「……って、おい! 待て、これはマズいぞ……!」
バレルが思わず、裏返った声を上げる。
「どうした、バレル!?」クリストフが鋭く問い詰める。
「よく見たら、魔力の同調波形が外に向かって漏れてやがる部分がある……。ロンカのシステムが古すぎて、絶縁が甘かったか!」
バレルが深刻な顔で、冷や汗を拭った。
「外に漏れてる? それがどういうことだ?」
「おそらく、敵の索敵網にここの位置が筒抜けになってるな。このランドリエの門を一歩出たら……まず間違いなく、重装甲の連中に待ち伏せされてるだろうぜ」
バレルの言葉に、格納庫の空気が一気に凍りつく。しかし、バレルはすぐに頭を切り替えて怒鳴った。
「おい! フリント! 怯んでる暇はねえ、次はトリスタンのグラスホッパーだ! 急げ!」
「はいっ!」
バレルの指示を受け、フリントは弾かれたようにケーブルを引き抜き、次なる車両へと駆け出した。
「フリント、何か僕に手伝うことはある?」
様子を窺っていたトリスタンが、真剣な面持ちでフリントの顔を覗き込む。
「すまないトリスタン! 次は僕のティーガーを繋ぐから、先に行ってハッチを開けておいてくれ!」
「わかった!」
トリスタンが小走りで戦車へと向かう姿を見ながら、助手席に座っていたイゾルデが深くため息をついた。
「やれやれ……久しぶりに外の世界に出たと思ったら、やっぱりこうなるわけね。退屈しなくていいけれど」
「よし、全車の同期は終わった。あとはここを出るだけだが……」
バレルはそう呟くと、外へと繋がる巨大なシャッターとランドリエの三重の鋼鉄門を、もう一度開け放つために制御盤へと走っていった。
「ヴァレリア! 聞いてくれ!」フリントが居住区画の前にいたヴァレリアを大声で呼ぶ。
「ええ? なあに? わたし?」
ヴァレリアが心底意外そうな顔で、自分自身の胸を指さした。
「君が、このヴリトラを操縦してくれ!」
「ええっ!? わたしが!?」
「ああ。そんなに難しくないから大丈夫だよ。これがハンドルで、ここにあるのが前進と後退のレバー。……で、この親指の方向キーで上部の機銃の角度を変えて、この赤いボタンで発射だ。それと――」
フリントは早口ながらも、ヴリトラの操縦手順を細かに、分かりやすく説明していく。
「へえ……。なんだか、意外と簡単な構造なのね。これなら、お買い物の馬車を御すより私に向いていそうだわ」
ヴァレリアはすぐに手順を理解し、事も無げに微笑んだ。
彼女はヴリトラの運転席へと乗り込む。ヴリトラの車高は高すぎず、人間工学に基づいた絶妙な設計になっているため、お気に入りのスカートの裾を引っかけることもなく、ヴァレリアは極めてスムーズに座席へと着くことができた。お嬢様としての品格を保ったまま座れるその構造に、彼女は密かに満足する。
そこへ、スライドドアがガラリと開き、後ろの扉へ向かうイゾルデが声をかけた。
「後ろの部屋に引っ込んでるから、安全運転で頼むわね、お嬢さん」
「あら、お姉さま。私専用のベッドは絶対に触らないでくださいね」
ヴァレリアがルームミラー越しにパチリとウインクする。
「どれがどれだか、知りもしないわよ」
イゾルデはそうそっけなく言うと、バタンと防音扉を閉めて居住区画へと消えた。
その頃、外ではフリントがトリスタンに対し、バギーの操縦法を熱心にレクチャーしていた。全員がそれぞれの愛機のシステムを急速に叩き込んでいく。
「おい、ヴァレリア。俺が助手席に座ってサポートしてやるから、よろしく頼むな」
バレルが大きな工具箱を抱えて、ヴリトラの助手席にドカリと腰を下ろした。
「ふふん、やっぱり私のヴリトラが一番人気なのね」
ヴァレリアが上機嫌でハンドルをトントンと叩く。
「いや……単純に、この車両しか二人以上乗れるスペースがねえからだよ……」
バレルが聞こえないほどの小声でボソリと呟いた。
「よし、フリント! 最終確認はOKか!?」
バレルが窓から顔を出して、重戦車の上にいるフリントに叫ぶ。
「はい! エングラムゲートの開放は全車すでに完了、バウンダリー・ハルの魔導障壁値も満タンです! ――でも……」
フリントの報告が、少しだけ曇った。
「でも、何だ?」バレルが聞き返す。
「古の魔法電池だからでしょうか、各車のエネルギーの減りが少し早くて気になります……」
「よし、なら向こうの資材部屋にある、さっき見つけた満タンの保管電池と今すぐ取り替えよう!」
「はい!」
バレルとフリントは再び格納庫を走り回り、急ピッチで各車両の魔法電池を新品へと換装していく。最後の最後まで、技術者としての妥協は一切なかった。
「よし……! 今度こそ最終点検はOKか!?」
「はい! パーフェクトです!」
「じゃあみんな! ――準備はいいか!?」
バレルの骨太な声が、通信機を通じて全車に響き渡る。
カタナの上で、クリストフが不敵に口元を釣り上げて手を挙げた。
グラスホッパーのバギーに座るトリスタンも、ロングボウを傍らに置いて力強く手を挙げる。
そしてフリントが、重戦車『ティーガー-IV』のハッチを閉め、重厚なコックピットのシートに深く身を沈めた。
バレルが助手席のシートベルトを締め直す。「じゃ、よろしく頼むぜ、ヴァレリア」
「ふふふ……。しっかり、掴まっててね?」
ヴァレリアが不敵に微笑み、アクセルを静かに踏み込んだ。
ズズン、と地響きを立てて、まずは総括機であるヴリトラがランドリエの巨大な鋼鉄門に向かってゆっくりと動き出す。
そのすぐ後ろを、流線型の光跡を残す『カタナ』、軽快な駆動音を響かせる『グラスホッパー』、そして大地を揺るがす無限軌道の怪物『ティーガー』が整然と追従していく。
急ごしらえの混成部隊、しかし、固い絆と失われた技術で結ばれた“本当のチーム”のチャリオット部隊が、ついに決戦の大地へと這い出していった。




