第50話:遺産の目覚め、三つの希望(シャシー)
巨大なランドリエの施設の奥深く、時を超えて眠り続けていた失われた技術の格納庫。その埃っぽい暗がりのなかで、今、三つの新しいチャリオットが現代に産声を上げようとしていた。
その中でも、ひときわ異彩を放つ流線形の、武骨ながらもどこか美しい曲線美を持つ三輪の車両――『ブロード・カタナ-TR』の前に、クリストフは完全にくぎ付けになっていた。
フリントはタブレット状の魔導端末を片手に、その車両の傍らに立って解説を始める。
「クリストフ、これがその車両のスペックです。……と言っても、武装はハンドルの下、前輪部分に固定された7.7mm魔導砲がわずか1門のみの装備になります」
「1門だけ? チャリオットにしちゃ、えらい貧弱じゃねえか」
大剣を背負った戦士であるクリストフが首を傾げる。
「はい。正直に言って、機動力と旋回性能のみに全振りしたような特殊車両ですから、重い主砲も搭載できません。装備だけで言えば、かなり見劣りするんですが……」
フリントは悪戯っぽく微笑むと、カタナの後方を指さした。クリストフがその指先を目で追う。
「この車両に隠された強烈な『特殊砲』が、その貧弱さのすべてを凌駕します」
見れば、カタナの太い後輪2輪のちょうど中間に、まるで地面に剣が深く突き刺さったかのような、特殊な意匠の形をした突起物が厳かに鎮座していた。
「クリストフ、まずはそのハンドルの下にある、詠唱石でできた板に手を触れてみてください」
「え……? ああ、こうか?」
クリストフが言われるがままに、その青白くくすんだ石板に手の平をペタリと付けた、その瞬間だった。
――バチィィィンッ!!
「あ、あ……、がっ……!?」
全身の神経を猛烈な電撃が貫いたような、強烈な衝撃がクリストフを襲った。あまりの衝撃に心臓が跳ね上がる。
「なんだ、こりゃあ!?」
驚愕したクリストフは慌てて手を引っ込め、大きく後ずさりして愛用の大剣の柄に手をかけた。
「ひゃはは! ビビってんじゃねえよクリストフ! そいつは『サイコ・ドライブ(精神感応制御)』システムだ」
後ろで腕組みをしていたバレルが、不敵な笑みを浮かべて喉を鳴らす。「おい、そのカタナに跨ってみな。もう頭のなかで、そいつの『乗り方』が直感で分かってるはずだぜ?」
クリストフはごくりと唾を飲み込み、野生の勘に従ってカタナのシートへと跨った。
――ブオオォォォォン……!
瞬間、カタナの車体が生き物のように微かな光を放ち、腹の底に響くような重低音の唸りを上げ始めた。
「すげえ……!」
クリストフの目が少年のように輝く。彼がステップに足を掛け、シートから腰を浮かせた直立の姿勢をとると、まるで彼の身体の傾きに同調するように、カタナの前輪がふわリと宙に浮き、左右にぶんぶんと激しく首を振った。手足の延長のように動く、驚異の一体感だ。
「一応、普段の移動はハンドルをしっかり持って運転したほうがいいですけどね……」フリントが苦笑しながら声を張り上げる。「でも、こいつの『特殊砲』を使うときだけは、ハンドルを持っていちゃ使えませんから!」
「特殊砲だと? どこにある!」
「ええ、シートの後ろにある、その突き刺さった剣を引き抜いてみてください!」
クリストフは走行姿勢のまま身をよじり、背後にある剣の柄にガシィッと手をかけ、力任せに引き抜いた。
――シュゥゥゥンッ!
引き抜かれたそれは、刀身から眩い高エネルギーの光の刃を噴き出す、巨大な光剣へと変貌した。
「これは……!」
クリストフが驚嘆しながら剣を上空へ向けると、光の刃はさらに伸長し、一瞬で2メートルを超える大太刀となった。周囲の暗闇が、その光で一昼夜のように照らされる。
「『エクスカリバー』です」フリントが誇らしげに告げる。「チャリオットの魔力を刃に収束させるため、扱いこそ極めて難しいですが、あらゆる大型主砲をも超える絶対的な一撃必殺の攻撃力を持ちます。一応、カタナの座席に乗って魔力を同調させていないと、この剣単体ではただの鉄屑になっちゃうので気を付けてくださいね」
「ああ……最高だ。こいつは、俺のために誂えたような最高のマシンじゃねえか」
クリストフは満足げに笑い、光の剣を後部のスロットへとカチリと収めた。光刃が消え、再び武骨な突起物へと戻る。
「よし、次はトリスタン、こっちだ!」
フリントが手招きして、次にトリスタンを呼ぶ。
「僕のは……これ?」
トリスタンが歩み寄ったのは、武骨なパイプフレームで組まれた、4輪の屋根も窓もない開放的なバギーの前だった。
「見ての通り、ボンネットの前に強力な『大型魔導ガトリング砲』が搭載されてる。このガトリング砲は、並みいるチャリオットの機銃より遥かに破壊力があるが……やっぱり主砲が装備できないのは、正面切っての撃ち合いだと若干の見劣りがする」
フリントはそう説明しながらも、トリストンの目をまっすぐに見つめた。
「しかし、トリスタン。お前が持つ、あの強力な『魔導矢』の射撃スキルを活かすなら、この車両以上の選択肢はないんだ」
「なるほど……」
トリスタンはバギーの運転席へと乗り込み、簡易的なドアをバタンと閉めた。
「うん、窓も屋根も無くてすごく開放的だ。全然窮屈じゃないし、視界がぐるりと開けていて、これなら運転もしやすそうだよ」
トリスタンはハンドルに手をかけながら、楽しそうにコックピットの感触を確かめる。
「おいトリスタン、そこの右側にあるレバーを引いてみな」後ろからバレルが声をかける。
「え? これ?」
トリスタンが言われた通りの黒いレバーをぐっと手前に引くと、ガシャガシャと音を立てて、彼の座っているシートと足場が、そのまま天井のない上空へと高く持ち上がった。バギーのフレームを飛び越え、視点が遮るもののない高さへと至る。
「『グラスホッパー-E4』……。本来は高所から魔導銃などの兵器を乱射することを想定された偵察・遊撃車両だ。……だがトリスタン、お前なら、そこに座ったままで『弓』を引けるかい?」
フリントの言葉に、トリスタンはハッとした。
彼は高くなった椅子の上で、愛用のロングボウを構え、周囲を見回してみる。死角はどこにもない。360度、あらゆる方向への射線が完璧に通っている。
その瞬間、トリスタンの脳裏に、かつて母カトリーナが見せてくれた、椅子に座ったままで弓を構えていた、あの姿が鮮やかによみがえった。
「うん……僕にもできる。できるよ、フリント! これは、僕にしか乗れない車だ。……僕に任せてよ!」
トリスタンの顔がぱっと明るくなり、頼もしい笑みを浮かべた。
フリントはその姿を見て、我が事のように嬉しくなり、うんうんと満足げに深く頷いた。
そんなフリントの肩を、バレルが背後からポンと力強く叩く。
「んで、お前自身の本命は……あいつだな?」
バレルが楽しそうに、格納庫の最奥を指さした。
外のシャッターから差し込む光を浴びて、その圧倒的な質量を誇る巨体が姿を現す。
分厚く強固な積層装甲。あらゆる悪路を粉砕して進むキャタピラ(無限軌道)の足回り。そして、回転砲塔から前方へと長く、鋭く突き出された圧倒的な大砲の砲門――。
「そうですね……」
フリントは愛おしそうに、その鋼鉄の巨体を見つめた。
「古のロンカ帝国が誇る、伝説の主力重戦車――『ティーガー-IV』。こいつの圧倒的な破壊力と可能性は……俺が、この手で120%引き出して見せます!」
そう宣言したフリントの瞳は、暗いランドリエの奥底で、これからの戦いをひっくり返すための大いなる希望に、ギラギラと熱く輝いていた。




