第49話:再会のランドリエ、美しいモービル
ヴリトラは、イゾルデの案内でピーティンから西の山道へと入っていった。未舗装の険しい道のはずだが、車内は驚くほど静かで揺れも少ない。
「このクルマ……私の馬車より乗り心地いいわね。何か悔しいわ」
助手席に座るイゾルデが、窓の外の景色を眺めながら小さく呟いた。
その快適さとは裏腹に、運転席のフリントの胸中にはざわめきがあった。何かはわからないが、背筋が凍るような、張り詰めた緊張感が走っていた。
そのとき、後ろの扉からバレルが出てきて、運転席の近くまでやって来た。
「ん?どうしたバレル?」
クリストフが声をかける。
「もう少しで見えてくると思ってな……」
バレルの視線の先、木々の切れ間からその姿が現れた。
「うわあ……こんなに立派な施設だったんですね、ランドリエって……」
眼前に広がってくるその威容に、フリントは驚きで目を丸める。そこには、荘厳な門構えを持つ、まるで要塞のような巨大施設がそびえ立っていた。古の歴史を感じさせる重厚な壁が、圧倒的な存在感で迫ってくる。
「よし、ちょっと行ってくるから、停めてくれ」
フリントがヴリトラを滑らかに停車させると、バレルはスライドドアを勢いよく開いた。
「少し待っててくれ」
そう言い残して車を降りると、スライドドアを閉め、施設の脇にある小さな扉から中へと入っていった。
静寂の中、しばらく待っていると、その巨大な門構えの鋼鉄の扉が、ズズズッ……と地響きを立てながら、ゆっくりと左右に開いていく。
「おーい!中に入ってこい!」
扉の奥から現れたバレルが、腕をぐるぐると回して、ヴリトラを施設の中へと誘導した。
「よし、行くぞ」
フリントはアクセルを軽く踏み込み、ゆっくりと、その巨大な施設の中にヴリトラを進めていった。
薄暗い通路をしばらく進むと、イゾルデが前方を指さした。
「ここよ。停めて」
彼女が指示したのは、複雑な模様の付いた、壁とも扉ともつかない場所の前だった。
フリントが車を停めると、イゾルデは助手席の扉を開け、その模様が付いた場所の前まで迷いのない足取りで歩いていく。そして、凛とした声を響かせ、何やら呪文のようなものを唱え始めた。
イゾルデの指先が、空中で素早く、かつ複雑に交差する。
「シー……スフィアード……レーセン!」
彼女が一気に両腕を前に突き出すと、模様の付いた扉が、溜め込まれていた魔力を解放するようにゆっくりと開き始めた。
その内部が見えた瞬間、一同から息を呑む音が漏れた。
中には、純度の高い詠唱石や魔法電池、見たこともない神秘的な色をした液体が入った瓶、さらには洗練された意匠の銃や弾丸が、棚や作業台に所狭しと並んでいたのだ。まさに失われた技術の宝庫だった。
ヴリトラから、フリントやトリスタン、そしてクリストフとヴァレリアが降りてくる。その後ろから、先ほど先導したバレルも歩いて合流した。
しかし、イゾルデの足は止まらない。彼女はさらに部屋の奥へと進んでいき、突き当たりにある扉の前で、埋め込まれた石板にそっと手を触れた。
天空人の末裔――。
その純血に反応した石板が、青白く、まばゆい光を放ち輝く。
カチリ、と重厚なロックが外れる音が響き、ゆっくりと扉が開いた。イゾルデは、驚く仲間たちを振り返ることもなく、その扉の中へと入っていく。
「あなたたちが探してたのは、これでしょ?」
中に部屋へと全員が足を踏み入れたとき、イゾルデがその「何か」を指さした。
先頭にいたフリントが、再び驚きに目を丸める。
「すげえ!本当にあった!」
誰もが言葉を失う中、クリストフの視線は、完全に一つの影にくぎ付けになっていた。
それは、部屋の暗がりの中でも異彩を放っていた。武骨ながらも、どこか洗練された流線形の美しいボディを持つ、三輪の車両。放たれる圧倒的なオーラが、彼の心を捉えて離さない。
その間にも、バレルは部屋の壁際へと駆け寄っていた。奥に設置された古いレバーを見つけると、両手で掴んで勢いよく引き倒す。
ゴゴゴゴ……と音を立てて、壁一面の大きなシャッターが開いていき、さらにその先にある石の壁も左右に分かれて大きく開いていった。外の光が部屋の中に差し込んでくる。
「おい、フリント!ここからヴリトラが入れるぞ!」
「了解!」
バレルに呼ばれたフリントは大きくうなずき、物資を積み込むためにヴリトラの方へと走っていった。
残されたクリストフは、まだ三輪の車両の前に立ち尽くしていた。イゾルデがその横顔を見上げ、静かに声をかける。
「クリストフ……それが、そんなに気になるの?」
「ああ……」
クリストフは呟くように答えた。
「俺はこういう機械のことはよくわからねえが……こいつだけは、何か俺を呼んでいるような気がするんだ……」
吸い寄せられるように手を伸ばし、車両のハンドルの手触りを確かめる。その冷たくも馴染む感触に、胸の高鳴りを覚えた。
そこへ、外の通路からヴリトラを運転して部屋の中へと入れ、フリントが降りてきた。クリストフの様子を見たフリントが、感嘆の声を漏らす。
「さすがですね。それに目を付けるとは……。それは『ブロード・カタナ-TR』……」
フリントの言葉に、クリストフが振り返る。
「古のロンカ帝国が開発した、高機動モービルです」
「カタナ……そうか、カタナって言うのか、コイツは」
その名を口の中で繰り返しながら、クリストフはいつになく少年のように輝いた眼を、その『ブロード・カタナ-TR』に向けていた。




