第48話:真紅の案内人と、女たちの火花
活気のある賑やかな雰囲気が広がるリングベル領の街。
その中心部から少し外れた場所にある広大な広場では、クリストフ、トリスタン、フリント、そしてヴァレリアの四人が、初夏の陽気の中で空を見上げながら、待ち人――いや、待ち船の到着をじっと待っていた。
しばらくして、突如として広場全体が巨大な影に覆われた。
――ブオォォォォンッ!
空気を激しく引き裂く凄まじい羽音と共に、猛烈な突風を巻き起こしながら、雲を割って一隻の巨大な飛行物体がゆっくりと降下してきた。精霊工学の最高峰、超弩級飛空艇だ。
その巨大な船底から、まるで怪獣の脚のような太いランディングギアが4本せり出し、地響きを立ててがっしりと大地を踏みしめた。
「いやー……いつ見ても圧倒されちゃうなあ。本当にすごい技術だよ、これは」
フリントは腕組みをしながら、技術者としての熱い羨望の眼差しで、ほれぼれとその巨体を眺めていた。
事前にリングベル王家には着陸の連絡を取ってあるとはいえ、突如現れた空の怪物に、近くの街道を行き交う人々は何事かと驚愕の視線を一斉に向けている。通常、この船は安全のために海や湖に着水し、港に停泊することが多い。大地に直接降り立つその姿は、それだけで異様だった。
やがて、船体側面から重厚なタラップがウィィンと音を立てて下ろされ、見慣れたドワーフのバレルが、にこやかな顔で大きく手を振りながら降りてきた。
「悪い悪い! こっちから連絡しておきながら待たせちまったな!」
「いえ、待ったなんてそんな! 僕たちもさっき着いたばかりですから」
フリントは楽しげな表情で駆け寄り、嬉しそうに答えた。すると、バレルのすぐ後ろから、透き通るような美しい声が響く。
「あら、みなさんごきげんよう。今回の旅の道案内とお手伝いをさせて頂くイゾルデよ。よろしくね?」
ハッとして視線を上げると、そこには燃えるような真っ赤なドレスを身にまとった、息をのむほど美しい女性――イゾルデが、妖艶な微笑みを浮かべて優雅にタラップを降りてくるところだった。その大人の色香と気品に、場が一気に華やぐ。
「ああ、俺がクリストフだ。よろしくな、イゾルデさん」
クリストフが進み出て、大人の礼儀として軽くイゾルデと握手を交わした。
「フリントと言います!」
「僕は、トリスタンと言います。よろしくお願いします!」
二人の少年は揃ってぺこりと行儀よく頭を下げた。
「あら、可愛い坊やたちだこと」イゾルデは目を細めて微笑んだ後、視線をその奥へと滑らせた。「それで……そちらの、お人形さんのようにかわいらしいお嬢様は?」
イゾルデの視線の先にいたのは、静かに佇むヴァレリアだった。
ヴァレリアはツカツカと前に進み出ると、どこまでも穏やかで、しかし完璧に計算された気品ある笑みを浮かべて頭を下げた。
「あら、なんてお美しい、素敵なお姉さま。私はヴァレリアと申します。今後とも、どうぞお見知りおきを」
ヴァレリアの言葉は丁寧そのものだった。しかし、挨拶を交わした瞬間、二人の美しい瞳の奥で、バチバチと激しい火花が散るような無言の圧力が、周囲の空気をピりつかせた。大人の洗練された女のプライドと、元お嬢様の冷徹なプライドが、初対面の一瞬で激突したのだ。
(うわ……何かもの凄く恐ろしい空気が流れてる気がする……)
トリスタンがフリントの袖をそっと引っ張り、二人は顔を見合わせて冷や汗を流した。
「ふふ、よろしくね、ヴァレリアちゃん」イゾルデはふっと艶やかに笑うと、何事もなかったかのように四人を見回した。「さて、ここからピーティンまで行くことになるけれど、早速出発するかしら?」
「あ、じゃあ、こちらのヴリトラ-APCにお乗りください」
危険を察知したフリントが慌てて割って入り、車両側面の大きなスライドドアをガラリと開けた。
「いいえ、私はナビゲーターとして道を指示するから、前に乗るわね」
イゾルデがそう言って助手席側へ歩くと、フリントは急いで先回りし、助手席のドアを恭しく開いた。「よろしくお願いします!」
後ろの横向きベンチシートには、クリストフとトリスタンが並んで腰掛けた。そしてヴァレリアはというと、「それじゃ」とだけ言い残し、早々に居住区画の扉を開け、自分の部屋へとさっさと引きこもってしまった。
そのとき、バレルが機械部品や測定器がこれでもかと詰まった、特大の荷物を重そうに抱えてタラップを降りてきた。バレルは、いつの間にかタラップの脇に直立不動で待機していた大柄な男――バルドに話しかける。
「悪いなバルド。また留守中、飛空艇の番を頼むぜ」
バレルが自由な方の手で、バルドの肩をポンと力強く叩いた。
「何言ってるんですか! このバルドにお任せくださいって! 精霊工学の最高技術が詰まったこの船、指一本触れさせずにしっかり守ってみせますから。安心していってきてください。お気をつけて!」
バルドは胸を叩いて豪快に笑うと、お供の2体の金属人形を両脇に従え、腕組みをしながらタラップの前で仁王立ちになった。なんとも頼もしい門番だ。
「すまんフリント、俺はこいつ(重い機材)があるから、後ろの空き部屋を使わせてもらうわ」
「もちろん、どうぞどうぞ! 好きに使ってください、バレルさん!」
バレルは大きな荷物を抱えたまま扉をくぐり、空いている個室へと入っていった。
「それじゃあ、みなさん乗り込みましたね? ――発進します!」
運転席のフリントが最終確認のアナウンスを入れると、ヴリトラの底から重厚な駆動音が響き渡った。銀色のスクエアボディがゆっくりと前進を開始し、リングベルの広場を後にする。
飛空艇の前に残ったバルドは、砂煙を上げずに滑らかに加速していくヴリトラのリアを見つめていた。
その進む先は、かつて自分も過酷な旅の果てに訪れたことがある、ピーティンの街。そして、その先に眠る、ランドリエへと続く道――。
バルドは小さく、しかし確かな祈りを込めて、小さくなっていく相棒たちの姿をいつまでも見送っていた。




