第47話:凍てつく要塞、魔将軍のチェス盤
深い、どこまでも深い雪に覆われたペッツパーク連邦。
その吹き荒れる吹雪の奥、凍てつく極寒の大地に佇む巨大な城塞は、ブランゼル王国が北方制圧の拠点とする不落の要塞だった。
その城塞の最深部――氷の結晶のように冷たく張り詰めた空気が漂う玉座の間へ、地響きのような足音を立てて、大きな体躯の鎧を着た一人の男が歩を進めていた。
ブランゼル王国が誇る最強の武、魔将軍アイゼン。
彼は重厚な装甲を軋ませながら、氷の彫刻のような玉座へとゆっくりと腰を下ろした。その厳めしい貌には、冷徹なまでの冷静さが宿っている。
「ゾルダート、ザハーク、ガルテン……そして、グライフェンまでもが墜ちたか」
アイゼンが低く重い声を響かせる。
「正直に認めよう。四人の魔将軍を失った今、我がブランゼル王国の圧倒的だった戦力は大きく低下している。……だが、私を含め、魔将軍はまだ三人が健在だ」
アイゼンは拳を握り、鋭い眼光を放った。
「魔将軍が一人でも残っていれば、その国は依然として世界最強だ。……しかし、これ以上の損失は看過できん。戦力の補填として、何らかの手を打たねばなるまいな」
玉座の前に控えていた一人の高官が、ここぞとばかりに進言の声を上げた。
「では、アイゼン様……かねてより私が申し上げていた通り、この機に『黒本党』との共闘を謀るべきかと。奴らであれば、我が国と同盟を組むことも躊躇はしないでしょう。今こそ手を組み、一気に現世を――」
「却下だ」
「え……?」
遮られた高官の言葉が凍りつく。アイゼンの射抜くような鋭い視線が、高官の全身に突き刺さった。
「大魔術師ヴァルガス……奴は、我が王と同等の『契約』を結び、同等の立場に立つ者。底の割れん悍ましき邪悪だ。迂闊に同盟など組み、奴の術中に落ちるようなことがあれば、それこそブランゼル王国は終わりを迎える。……そのような分不相応なリスクは、絶対に避けねばならぬ」
「し、しかし……」高官は額の冷汗を拭った。「七人いらっしゃった魔将軍の方々も、残るは三人……。各地に遠征し、領域を同時に制圧する軍事力は、全盛期の半分以下にまで落ちております。このままでは……」
「案ずるな」
アイゼンは冷酷に口元を歪めた。
「それは……あの、『チャリオット』のことでしょうか?」高官がハッとして顔を上げる。
「そうだ。わざわざ我々魔将軍が直々に出向かずとも、あの兵器に兵を乗せて量産すれば、それだけで十分に世界を蹂躙する戦力になる」
「お言葉ですがアイゼン様、通常のチャリオットの戦力では、魔将軍様方の足元にも及びませぬが……」
「わはははは! いかにも! その通りだ!」
アイゼンの豪快な笑い声が、広大な玉座の間に大音響となって響き渡った。
「我々の超越した戦力に及ぶ兵器など、この世のどこを探しても存在せん! だからこそ、奴らが手に入れたチャリオットとやらも、所詮は『ヴリトラ-APC』のたった1台に過ぎんという報告だ」
アイゼンは笑いを収め、不敵に顎を上げた。
「主砲すら付けられない、あの非力な輸送車1台を片付けるために、この私が自ら出向く必要もあるまい。……それで? ヴリトラの魔力信号はすでに検知できているのだろうな」
「あ、はい……! ただいま、最新の追跡報告を……」
高官の隣に控えていた兵士が、震える手で一枚の資料を差し出した。高官はそれを素早く一瞥し、アイゼンへと告げる。
「魔力波形の追跡によると、奴らは現在、旧シュタインベルグ王国領の『ランドリエ』の方向へと向かっているものと思われます」
「ランドリエだと? あそこに何がある」
「軍の調査班の報告によれば、あの地には……未発見の新しいチャリオットのシャシーが埋蔵されている可能性が極めて高いとのことです。……ですが、ご安心を。幸いにもランドリエの近郊および近隣平原には、我が軍のチャリオット部隊がすでに配備されております」
高官は資料を指でなぞりながら、誇らしげに詳細を並べ立てた。
「配備されているのは『バルフィート-BB』が二台、そして最新型の『クイーン・シャーク-BT』が一台、計三台の重装甲駆逐部隊です。バルフィートには、あらゆる装甲を消し飛ばす『95mm魔導榴弾砲』が、そしてクイーン・シャークには、教会の技術を遥かに凌駕する最新鋭の『120mm位相刻印砲』がすでに完全換装されております」
高官が報告を終えると、アイゼンの鋼の奥の眼光が、冷徹にギラリと光った。
「ランドリエに眠る未知のシャシーは少々気になるが……掘り出したばかりの急ごしらえのシャシーと、主砲なきヴリトラ一台。その程度の戦力であれば、我が軍の重装甲部隊の敵ではあるまい」
アイゼンは玉座の肘掛けをトントンと叩き、冷酷な決断を下した。
「よし。ではこれより、その現地部隊に『軍事訓練』の発動を命じる」
「訓練、でございますか? 目的はいかに?」高官が首を傾げる。
「今後、我ら魔将軍が前線に立たぬ一般の軍隊のみで、各地を効率的に制圧・維持するための『戦力調査』だ。魔将軍の力を借りず、チャリオットの純粋な武力のみで敵を完全制圧可能か、その性能テストを行わせる」
高官はアイゼンの意図を察し、深く邪悪な一礼をした。
「御意。それでは現地部隊へ、チャリオットのみでの『武力制圧および排除』の出陣指令を出します。……もし作戦が上手くいきましたら、ランドリエで奴らが見つけた新しいシャシーも、我がブランゼル軍でそのまま回収してしまいましょう」
「ふむ……。不手際のないよう、上手くやれ」
アイゼンがそう告げると、玉座の間は再び静寂に包まれた。
窓の外では、音もなく白い雪がただひたすらに降り積もっていく。その巨大な城塞のなかでは、少年たちの命をただの「性能テストの標的」としか見做さない、凍り付くような冷たい意思が静かに執行されようとしていた。




