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チャリオット  作者: さだきち
第十章:凍てつく要塞と牙を研ぐ少年たち

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第46話:響く呼び出し音、未知なるシャシーの噂


険しい山脈の急勾配を抜けると、そこには美しい木々が瑞々しく生い茂り、傍らを清らかな小川がサラサラと流れる、穏やかな自然の街道が広がっていた。


切り替わる窓外の美しい景色を滑らかに映しながら、新生ヴリトラはクリストフたち四人を乗せて、静かに街道を走り抜けていく。


「少し曲がりくねった道が多かったですけど……後ろの座席は大丈夫でしたか、クリストフ?」

運転席のフリントが、バックミラー越しに後方へ声をかけた。


クリストフが座っているのは、運転区画のすぐ後ろに設けられた横向きのベンチシートだ。一般的に進行方向に対して横を向く座席は、加減速やカーブの遠心力など、車体の揺れの影響を最も受けやすい。


「え? ああ……」

クリストフは一瞬きょとんとした後、豪快に笑って自分の座席を叩いた。

「揺れなんか、これっぽっちも気づかなかったぞ! つうか、俺はこれまでの人生で、こんなに揺れねえ乗り物に乗ったこと自体がねえからな」


確かに、この世界で一般的な移動手段である乗り合い馬車や、魔力で動く自動車に比べれば、不滅の魔力で駆動するヴリトラの暴力的なまでのトルク、そして一切の雑音をシャットアウトした圧倒的な静粛性は、比較にする方が愚かと言えるほど異次元の完成度だった。


「そうですか……なら良かったです!」

フリントはホッとしたように表情を緩め、前方の道がなだらかな直線に変わったのを確認すると、アクセルを踏み込んで少しだけヴリトラの速度を上げた。


やがて、大きな街道が十文字に交差する、物流の要衝たる大都市へと辿り着いた。

数多くの馬車が行き交う賑やかな大通りを突き進み、ヴリトラは目的地である「魔法教会連絡所」の重厚な建物の前に、静かに車を停めた。


この世界にも、馬車のほかに魔力駆動で走る自動車が全く存在しないわけではない。しかし、それらは大抵が王侯貴族の豪奢な高級車か、ひ弱な魔導バギーの類だ。これほど重厚な装甲に身を包み、異様な威圧感を放ちながら滑らかに走る鉄の塊など、誰も見たことがない。道行く人々は一様に足を止め、驚愕と好奇の視線をヴリトラへと注いでいた。


ガシャリと音を立てて側面の スライドドアが開き、大剣を背負ったクリストフが降りてくる。


「この妙な目立ち方だ、車を無人で残しておくのは不用心だな。よし、俺が一人で連絡所に行って、ガルテンの賞金の受け取りと手続きを済ませてくる。お前らは車の中で大人しく待ってな」

クリストフはそう言い残すと、素早い足取りで魔法教会の連絡所の中へと入っていった。


「……それにしても、あっという間にここまで来れちゃったね」

助手席のトリスタンが、窓の外の賑やかな街並みを眺めながら、楽しそうにフリントに話しかけた。

「ものすごく快適すぎて、居心地が良くて……これが、あの恐ろしい魔将軍と戦うための『破壊兵器』だなんて、今でもちょっと信じられないよ」


「ははは、そうだね。これで普通の旅に出られたら最高なんだけどな……」

フリントはにこやかに笑いながらも、ふと視線を落とし、微かな不安を口にした。

「でも……今のヴリトラの装備じゃ、残った魔将軍たちを相手にするには、決定的に火力が足りない。あいつらはグライフェン以上に、さらに強大な軍勢を築いているはずだから……」


「そうだね……。ヴァレリアの言う通り、僕たちの戦術を広げるためにも、どこかで新しいチャリオットのシャシー(車体)を探しに行かなきゃね」

トリスタンが真剣な顔で頷いた、その時だった。


コンソールに置かれていた、携帯型の小型魔導通信機から「ピピピピ、ピピピピ」と鋭い呼び出し音が室内に響き渡った。


「あれ……? バレルさんからかな?」

フリントは驚きながらも、すぐに小型通信機を手に取って回線を開いた。「はい、フリントです!」


『おう、フリントか! そこは今、どこいら辺だ?』

スピーカーから、聞き慣れたバレルの野太い声が弾けるように飛び出してきた。


「え? ああ……プラウデンを出て最初にある、大きな魔法教会の連絡所の前ですが……どうかしたんですか?」


『旧シュタインベルグ王国領の、リングベルがわまで来れるか?』


「リングベル……」フリントは頭の中で大陸地図を思い浮かべる。「ええ、この街からなら、それほど遠くはないですね。遮るもののない平原が続いていますし、ヴリトラを走らせれば、そんなに時間はかからないと思います。……何か、あるんですか?」


フリントが尋ねると、通信機の向こうのバレルが、不敵に笑う気配が伝わってきた。


『新しいチャリオットのシャシーが、そこにあるかもしれない。……どうしてもお前と一緒に、そいつが本物かどうかを確かめたいんだ』


「そ、それって……!!」

フリントは思わず椅子から身を乗り出し、興奮を隠せない声で叫んだ。「す、すぐに向かいます!!」


『おいおい、そんなに急ぐな。実はこっちも、まだ飛空艇で上空を飛んでる最中だからな。安全運転でゆっくり来てくれ。リングベルの広場に着陸するから、そこで落ち合おう』


「わ、わかりました! 絶対に、行きます!」

フリントが力強く答えると、そこでバレルからの通信はパツンと切れた。


興奮の余韻が冷めない運転席に、再びガシャリと音を立ててスライドドアが開く。

両手で抱えるほどの巨大な革袋を肩に担いだクリストフが、満足げな顔で戻ってきた。


「おう、待たせたな! ほら、きっちりガルテンの賞金をぶんどってきたぞ。……んで、これが教会から発行された、グライフェンの正式な『討伐証』だ。一応、誰が持っとく?」

クリストフが、光り輝く金属製のプレートを差し出す。


「それは、クリストフが持っててくれた方がいいよね?」トリスタンがフリントを見る。


「うん、そうだね。クリストフが持っているのが一番安心できるよ」

フリントは大きく頷き、それから目を輝かせて言った。

「それはそうと、クリストフ! さっきバレルさんから緊急の連絡があったんだ。新しいチャリオットのシャシーが見つかったかもしれないって!」


「何、本当か!?」クリストフの目が色めき立つ。「おいおい、賞金を手に入れた途端に最高のご馳走がお出ましじゃねえか。それじゃあ早速出発だな!……あ、その前に、この重てえ金貨の袋を後ろに置かせてくれ」


クリストフは金貨が詰まった大きな革袋を担ぎ直し、車両中央の扉を開けて後部の居住スペースへと入っていった。割り振られた自分の一室のベッド脇に袋を置くと、しみじみと呟く。


「いやぁ、こいつは本当に楽だな。重い荷物を安全に置いておける部屋があるってだけで、旅の労力が半分になるぜ」

クリストフはそう言って部屋を出ると、隣の個室の扉を少しだけ開けて中を覗き込んだ。


「おい、ヴァレリア。またすぐに車を出すからな。……あ、おいフリント、次の目的地はどこだっけ?」

クリストフが前方へ声を張り上げる。


「リングベルの広場です!」

フリントが答えると、個室のフカフカのベッドに寝そべっていたヴァレリアが、面倒くさそうにゆっくりと顔をこちらに向けた。


「うん……んんっ……あ、そう……。着いたら教えて頂戴。それと、用もないのにあんまりこの部屋に入って、私の睡眠を邪魔しないでね」


「……」

「……」

あまりの傍若無人な快適ライフを満喫しているヴァレリアの姿に、クリストフとフリントは顔を見合わせ、完全に唖然とするしかなかった。


「じ、じゃあ……出発しますか、クリストフ」

「……ああ、まあ、そうだな。あいつは放っておこう」


苦笑いを浮かべながら、三人は前方の座席へと戻った。

フリントが魔導イグニッションを入れると、ヴリトラの心臓が力強く脈打ち始める。異様な威圧感を放つ銀色の装甲車は、新シャシーという大いなる希望が待つリングベルの広野へ向けて、再び力強く滑り出した。


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