第45話:鋼鉄の揺り籠、新生ヴリトラ発進
プラウデンの町にそびえ立つ鋼鉄の要塞に、新しい朝が訪れた。
まだ朝霧が立ち込める早朝、魔法教会の巨大な飛空艇が静かに浮上し、大空へと旅立っていくのを、フリント、トリスタン、クリストフ、ヴァレリアの四人は見送った。
それから数時間。施設内の入念な整理と掃除を終わらせ、新生ヴリトラの最終調整を済ませた四人は、少し遅めの朝食を食堂でとっていた。
白熱球の照明が明るく照らす食堂内は、空調によって実に快適な温度に保たれている。
「いやあ、魔力があるだけで、人間の生活ってのはこんなにも快適になるもんなんだな」
クリストフが大きなパンを器用にちぎり、温かいスープにたっぷりと浸しながら感心したように呟いた。
「そうね。あのバレルが置いていった魔導冷蔵庫のおかげで、あれだけあった食材も全く傷まないし。文明の利器様々だわ」
ヴァレリアは優雅な手つきで、ナイフとフォークを使い目玉焼きとハムを口に運ぶ。
そんな中、フリントの席の皿はすでに空っぽになっていた。
「フリント! もう食べちゃったの?」
トリスタンがスープのカップを片手に、目を丸くして驚く。
「いや、みんなはゆっくり食べてていいよ。僕は一足先に、ヴリトラの最終チェックをやっておくから」
フリントはそう言って椅子から立ち上がり、爽やかに微笑んだ。
「食べ終わったら、みんな中央ホールに来てね」
そう言い残すと、フリントは足早に食堂を出ていった。
やがて、食事を終えて身支度を整えた三人が、広い中央ホールへと入ってくる。そこには、鈍い銀色の輝きを放つ、巨大なスクエア形状の装甲車――ヴリトラ-APCが静かに鎮座していた。
「さて……ヴリトラの調子はどうだい?」
大剣を背負い、旅の装備を万端に整えたクリストフが、頼もしげにフリントに話しかけた。
「あ、みんな。待ってたよ。……いや、実は以前の仕様からだいぶ中身を変えてしまったので、まずはそこを説明させてください」
「変更?」クリストフが眉を上げる。
「はい、まずは……バックドア(後部扉)を完全に埋めました。これで、後ろから物理的に侵入される心配はなくなりました」
フリントがヴリトラの背面にまわり、平手で装甲板を叩いてみせる。確かにその背面は、一枚の強固な金属板が滑らかな曲面を描いており、かつてあったはずの扉の継ぎ目は完全に消失していた。
「おいおい、後ろを完全に潰しちまって、一体どうやって荷物の出し入れや乗り降りをすんだよ……?」
クリストフが顎に手を当てて首を傾げると、フリントは不敵に笑い、車両側面の大きなスライドドアをガラリと全開にした。
「中のレイアウトも、大幅に変えてあるんです」
三人が開かれたスライドドアから中を覗き込む。
驚いたことに、運転席の後ろの空間には、二人乗りの短い横向きベンチシートがポツンと一つ設置されているだけで、そのすぐ背後は分厚い大きな扉によって完全に遮断されていた。まるで、運転区画と後ろの空間を隔てる「2ルーム仕様」のような構造だ。
「フリント、この真ん中の扉はどこに繋がっているんだい?」トリスタンが尋ねる。
「まあ、実際に中に入ってみてください」
フリントに促されるまま、クリストフを先頭に三人はその扉を開け、車両の後部へと足を踏み入れた。
――その瞬間、三人は我が目を疑い、言葉を失った。
外見からは想像もつかないほど、広大で贅沢な空間がそこに広がっていたのだ。
通路の片側には、なんと5つの独立した扉が整然と並んでいる。その扉を開けると、中にはそれぞれ、大人一人がゆったりと横になれる大きなベッドと、ベッドに腰掛けた状態で使える機能的なテーブルが完璧に設置されていた。
さらに共有部となる通路には、無限の魔力によっていつでも冷たい水が使え、排水も完備されたシンク、そして魔導コンロが備え付けられた見事なキッチンカウンターがある。
その横には大容量の冷蔵庫が鎮座し、さらには清潔なトイレルームと、旅の疲れを癒やすためのシャワールームまで独立して設置されていた。
車内の至る所にあるカーエアコンの吹き出し口からは、不滅の魔導回路がもたらす無限の魔力によって、極上の冷気が静かに吹き出している。
「こ……この空間は一体何なのよ!?」
滅多に感情を崩さないヴァレリアが、驚愕に目を見開いて声を震わせた。外から見た車体のサイズと、中の広さが明らかに肉眼の計算と合っていない。
「『霊工技術』によって空間を拡張した、居住スペース(キャビン)です」
フリントは誇らしげに目を細めた。
「バレルさんが、僕の要望を聞いて即席で作ってくれた術式なんですよ。でも、即席の割にはもの凄く良い出来ですよねえ。これなら、前線での長期滞在も余裕です。仕様としては、9人乗車、5人就寝を想定しています」
「信じられん……これじゃあ動く高級ホテルじゃねえか……」
クリストフが唖然として周囲を見回す中、ヴァレリアはうっとりとした目でベッドの感触を確かめ、思わず本音を漏らした。
「何よこれ……最高じゃない。私も一台欲しいわ……」
「ねえ、フリント! 僕、助手席に乗りたいな!」
トリスタンが目を輝かせて前方を指さした。
「おう、いいぞトリスタン。特等席だ、行ってきな」
クリストフが豪快に笑って頷く。
「じゃあ、インターフェースの使いかたを教えるよ」
フリントが手際よく運転席に乗り込み、トリスタンがその隣の助手席に乗り込んだ。フリントは助手席の前にせり出した、無骨なコンソールを指さす。
「トリスタン、そこに専用のレバーとボタンがあるだろ? それを使って、ヴリトラの屋根に新設した『15mm魔導銃』を、座ったまま遠隔で全方位に撃てるんだ。……いざという時の迎撃は頼んだぞ、相棒!」
トリスタンはレバーを両手でしっかりと握りしめ、フリントを見て嬉しそうに微笑んだ。
「うん! 任せて、フリント!」
「よし! それじゃあ野郎ども、出発といくか!」
クリストフがスライドドアから乗り込み、運転席のすぐ後ろにある横向きのベンチシートに腰掛けた。
「俺とヴァレリアは、この席でいいか?」
「嫌よ、私は」
間髪入れずにヴァレリアが拒絶の声を上げた。彼女はすでに、後ろにある扉を開けている。
「私はこの中にいるわ。目的地に着いたら起こして頂戴」
そう言い放つと、バタンと大きな音を立てて扉を閉め、完全にマイルームへと籠もってしまった。
「……ま、あいつらしいか」
クリストフは苦笑いしながらふっと息を吐き、運転席のフリントの背中を叩いた。「じゃ、行ってくれ、フリント」
「わかりました。では、出発します!」
フリントが魔導イグニッションを回すと、不滅の魔導回路が静かに、しかし力強く脈打ち始めた。かつてのレヴァルトのような爆音ではなく、どこまでも滑らかで重厚な駆動音を響かせながら、大きなスクエア形状をしたヴリトラ-APCは、ゆっくりと鋼鉄の要塞のゲートをくぐり抜けた。
失った愛機の魂をその盾に宿し、少年たちは大軍勢の待つ次なる混沌の地へ向けて、確かな一歩を踏み出したのだった。




