第5話:別離の閃光
「逃げるのよ! トリスタン!」
カトリーナの叫びが静寂を切り裂いた。二人は崩壊した村を背に、必死の思いで外へと駆け出す。しかし、村の境界を越えようとしたその時、三人の兵士が立ちふさがった。
「残念だったな。ここからは逃げられないぜ?」
嘲笑う兵士たちに対し、カトリーナは躊躇なく腰のロングソードを抜いた。二人の兵士が挟み撃ちにせんと躍りかかるが、カトリーナの動きは淀みない。流れるような剣筋で一人の攻撃を受け流し、その勢いを利用して兵士のバランスを崩させた。
「うわわっ!」
よろめいた兵士が、背後にいたもう一人に重なるように寄りかかる。その隙をカトリーナは見逃さない。背を向けた形になった兵士の背中を、一閃。
「ぐわあっ!」
鮮血が飛び散り、一人が崩れ落ちる。
だが、死角からもう一人がカトリーナの背後へ迫っていた。兵士が勝ち誇った顔で剣を振り下ろそうとしたその瞬間――。
「でやぁっ!」
14歳のトリスタンが飛び出した。両手で握りしめたショートソードを、兵士の刃に無理やり叩きつける。
「くっそ! なんだこのガキ!」
振り払おうとする兵士に対し、トリスタンは全体重をかけて剣を押し付け、泥を噛むように倒れ込んだ。そして、剣を固定したまま「もう一本の右手」が閃く。隠し持っていたナイフが、兵士の頭部を深々と抉った。
「ぐわぁぁぁ!」
悲鳴が上がる。同時に、カトリーナが残る一人の剣を無駄のない動きで捌き、返す刀でその首を鮮やかに跳ね飛ばした。
すぐさまカトリーナはトリスタンのもとへ駆け寄る。
「大丈夫? ケガはない!?」
トリスタンは肩で息をしながら、母の目をまっすぐ見て力強く頷いた。
「ふふ、偉いわね。助かったわ……」
カトリーナは一瞬だけ慈愛の笑みを浮かべ、息子の肩を掴んだ。「これだけは覚えておいて。何があっても、あなたは私の最高に自慢の息子よ」
「逃がすな!」
追撃の兵士がさらに五人、闇から現れる。カトリーナが立ち上がった瞬間、その手にはいつの間にか弓が引き絞られていた。正確な矢が次々と放たれ、兵士たちの眉間を貫いていく。
しかし、運命はあまりに無慈悲だった。
弓を構え、次の矢を番えようとしたカトリーナの背中に、飛来した巨大な黒剣が突き刺さった。
「きゃあぁぁぁ!」
剣はそのまま彼女の胸を貫通し、大地に縫い止める。カトリーナは糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちた。
「そんな! ダメだ! 母さん! しっかりして! 嫌だあぁぁぁぁ!」
トリスタンの絶叫が荒野に響き渡る。彼は逆流する感情のまま、物言わぬ母の亡骸に縋りついた。
ゆっくりと歩み寄ってきたバロールが、遺体から抜いた剣の血を払う。そこへ、一人の兵士が駆けつけた。
「バロール様、いかがいたしましょう?」
「ふむ。村人どもはどこぞへ隠れたようだな。……深追いは無用だ。城へ戻るぞ」
「こんの野郎ぉぉぉ!」
復讐の鬼と化したトリスタンが、バロールの背後から斬りかかる。だが、魔将軍は振り向きざまに、鬱陶しい羽虫を払うかのようにトリスタンを蹴り飛ばした。少年の体は木の葉のように吹き飛び、岩に叩きつけられて血反吐を吐き、そのまま意識を失った。
バロールがゆっくりと近づき、横たわる少年を見下ろす。
「ふん、まだ息があるのか」
バロールが介錯のために剣を突き立てようとした、その瞬間だった。
「ぐわぁぁっ!?」
トリスタンの体が、突如として眩い黄金の光を放った。その輝きは不可視の衝撃波となり、バロールの剣を強引に弾き飛ばす。
バロールの腕に、激痛が走った。
先ほどの爆発でも、究極呪文「ニュークリアブラスト」の猛火に晒されても、傷ひとつ負わなかった魔将軍の右腕が、今の光によって大火傷を負い、見る影もなく爛れている。
「な、なんだ……これは?」
驚愕に目を見開くバロール。だが、その驚きはやがて、歪んだ歓喜へと変わった。不敵な笑みを浮かべ、彼は爛れた腕を眺めながら呟く。
「面白い。……このガキを連れていくぞ」
気絶したままのトリスタンは兵士たちに担ぎ上げられ、母の遺体を残したまま、魔軍の城へと連れ去られていった。
辺境の村に、真の夜が訪れようとしていた。




